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35-3 狙われてる

 水本が何か仕掛けてくるって情報を、教えるって言ったのは江藤だ。それを、上沢が俺に持ってきたんだと思った。 「いや。別の3年。水本さんはついでっつーか、それに乗っかる外野だ」 「は……!?」  意味がよくわからない。 「あの動画、桝田(ますだ)ってヤツが撮ったんだと。そいつとつるんでる南海(みなみ)ってのが、お前をターゲットにしてる」 「動画……撮ったヤツの友達、が……?」 「桝田は水本さんとも仲いいらしくてよ。たぶん……一緒にいる時に、杉原がお前と屋上階段上がんの見かけて。弱み握れっかもしんねぇってんで、桝田と追ったんじゃねぇか?」  確かにあの時すぐ。涼弥は、あれを撮ったヤツと水本に会ってる。 「そう……かもな」 「ターゲットっていうのは、將梧(そうご)を……恋愛的な意味で?」  樹生(いつき)の問いに、思いきり眉をひそめる俺。 「何だよそれ。俺をどっかに連れ込む気なのか?」 「そんで、その気にさせる計画な」 「なるわけないじゃん」 「じゃ、ムリヤリ犯すんだろ」  こともなげに言う上沢。 「嫌なら、今日から暫くひとりになるな。南海が捕まえたお前をネタにして、水本さんが杉原を呼び出す」 「な……!?」 「助けたけりゃ言いなりだ。助けられるとも限らねぇが」  見開いた目で上沢と見つめ合う。 「南海の計画知った水本さんが便乗すんのは、杉原憎さか? 男同士のエロ見るの、好きじゃねぇはずだからな」 「涼弥と水本は、派手にやりあったことあって……それ以来、お互い目の敵にしてるんだよ」  水本は樹生と同じ、真性のノンケらしい。浮気症なところも同類。  揉めた発端も、水本に愛想尽かした彼女が涼弥の仲間のひとりとデキたからって聞いた。 「ねぇ。それ、現実に起こらないでしょ。將梧(そうご)がバカじゃない限り」 「まぁな。水本さんが(じゅん)に喋って俺がお前に伝えた時点で、成功しねぇ計画んなったろ」  結都(ゆうと)の意見に、上沢がニヤリとする。 「水本さんがいうにゃ、南海は自信満々だってからよ。自分が誘えば、お前は即落ちって筋書いてあんじゃねぇか」 「俺がチョロく見られてるなら、安心かな」 「だね。警戒するに越したことないけど。力づくで拉致る危ない系じゃないなら、油断しなきゃ捕まらないよ」  ちょっとホッとした俺に樹生が頷くと。 「ただやれりゃいいってだけのヤツなら、かわすのは簡単だろうが……南海は違うらしい」  上沢がもうひとつ警告を重ねる。 「頭脳戦プラス心理戦に気をつけろ。絢からのアドバイスだ」 「わかった。南海って男、悪賢いんだね。江藤が言うほど。杉原はまっすぐ過ぎるし、將梧も……ズルさや汚さに免疫少なそうだし」  結都の言葉に、上沢が笑う。 「だから、ヤツの策に引っかかるってか? どうだ、早瀬」 「それ聞いたら大丈夫。裏の裏までかく相手だって疑って、信用しないようにする」 「狙われてんのはマジだぞ。どうしようもなくなったら頼れ。俺は水本さんに義理立てする必要ねぇからよ」  笑みを残した上沢の瞳は、真剣だ。 「うん。ありがとう」 「来週、選挙の打合せでな」  去る上沢を目で追いながら、溜息を漏らした。  憂鬱な選挙に、俺を狙ってるらしい男……ストレスは減らずに増える一方だ。 「何か嫌な予感したら言って。俺も協力するからさ」 「僕も」 「ん。サンキュー」  樹生と結都のありがたいオファーに微笑み。 「お前の日常、なかなか落ち着かないな」 「委員長仮面外したら、防御力落ちたみたいだね」  続くコメントに、もう一度深い溜息をついた。  帰りのSHR。  これが終わったら。ダッシュで2-Aに行って、補習に向かう前に涼弥を捕まえようとスタンバイした。  今日一日、顔を合わせてない上に。さっき、メールが来たからだ。 『悪い。土日に急用が出来た。夜電話する』  何コレ?  急用はいい。  けど。  夜電話するって何?  そう言うのってさ。電話するまで、電話してくんなって聞こえる……被害妄想入ってるか?  かもな。何故なら。  涼弥の昨日のちょっと不可解な言動から、俺の思考はマイナス寄り。顔見てないから、なおさらに。  夜まで待てない。つーか、話すことあるなら。会えるなら、電話でじゃなく直に言えよ……! 「涼弥!」  SHR終了直後の2-Aの教室に、人はまだ大勢いる。ドアから呼んだ俺の声に、涼弥がこっちを向いて……微笑んだ。  嬉しそうだな、おい。少し困ってる顔してるけども。 「メール見たか?」 「だから来た」 「ごめんな。土日」 「それはいい。急な用事ならしょうがないだろ」 「あとでちゃんと話すつもりだったが……」 「うん。あとでいい。ただ。その『あと』が。何で夜で電話なんだよ」  涼弥が視線を外した。俺から、手元のカバンへ。 「それは……」 「理由もあとでいい。今日、補習だけ?」 「いや……追試もあるから遅くなる」 「ん。じゃあ、部活しながら待ってる。連絡して」  一方的に言う俺に、涼弥が視線を戻す。 「將梧……」 「追試がんばれよ」  何か言いたげな……けど、言わずに頷く涼弥に背を向けた。  自分のカバンを取り、美術室へと向かう道すがら。  最近連絡手段を確立した上沢からの初メールが届いた。 『南海のツラ、知っといたほうがいいだろ』  気のきく上沢に感謝して、画面をスクロールして。そこに現れた男を見て、口の中でアッと声を上げた。  明るめの茶髪に切れ長の目。少し影のあるはかなげな顔立ちは、キレイだけど近寄りがたい感じ。冷たい彫刻みたい。  笑ったら、もっと人間ぽくなるだろうな……って。  今日の朝目が合った時も、そう思った。  昇降口で俺を見てた男が南海だってことに驚きつつ、ちょっと安堵する。  今朝、視線を合わせた約10秒間。恋愛なり性的なりの対象に見られる居心地の悪さは、全然感じなかったからさ。  もちろん。警戒は解かないし、油断もしないけど。向き合った時に、恐怖にかられずに済むってのは大きい。  冷静に対処出来れば、相手のいいようにされる可能性は低くなるじゃん?  なんて、のん気にかまえちゃダメだろ俺。  ズルさと汚さ……確かに免疫少ないからな。

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