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36-2 んなの、俺に効くか……!

 不意を突かれ。避ける動きが1ミリも出来ずにいた俺は、反射的に目を閉じた。  触れると同時に唇の隙間から入り込んだ南海(みなみ)の舌の感触で、キスされてるって認識して。 「んんっ……!?」  目を開けて、頭を後ろに引いた。  特にどこか押さえられてるわけでもなく。南海の舌と唇は、あっさり俺から離れた。 「何すん……」  ただただ驚いて、怒りとか嫌悪感を感じる前の俺の目に映ったのはケータイで。 「いいのが撮れたよ。ほら」  南海が数回タップした画面をこっちに向ける。  やられた……!  自撮りで撮られたそれは、ムリヤリ感なしのキスシーンだ。  首根っこ掴まれたり壁ドンされたりしてない。静止した画じゃ、不意打ちだってのはわからない。  玲史(れいじ)が水本にキスして(かい)が撮ったモノ同様、何かの保険にするもよし。脅しのネタにするもよし……って。  んなの、俺に効くか……!  つーか! 俺、コイツに何もしてないのにさ。ひどいじゃん……!? 「これ、杉原くんに見られたら困る?」  唇をぺろりと舐めて、南海が聞いた。 「困らない。自分で言ったろ? 不可抗力だって」 「そうだね。もし、逆の立場だったら……きみは杉原くんを責める? 隙があるからだとか、油断してるからだとか」 「いや……」  俺は責めない。  だって、今のはしょうがない……よな?  これっぽっちもそんな素振りなかったし。  さっきも今も、南海は俺に欲情したような瞳してないし。  だから、警戒心働かないし恐怖心もないし。  言いわけは数あれど。  だけども。 「彼も、キミを責めないと思う?」  いや。  涼弥は責めるよね。あれだけ心配されてるの、わかってるのにコレだもん。 「責めるだろうな。てか、すげー怒る。で、俺以上に……あんたに怒る」 「それは怖いね」  そう言うも、南海は全然怖がってない顔してる。 「内緒にしておいたほうが身のためかな」 「それ盾にして、俺に何をさせたい?」 「こんなモノでキミを動かせるとは思ってないよ」  眉を寄せた。 「じゃあ……どうして……?」 「キスしたくなったから。撮ったのはなんとなく。もっとしていい?」 「いいわけあるか。何企んでる?」  ふざけたセリフに半ば呆れるも、南海の思惑に見当がつかず。ダイレクトに問うことにする。 「涼弥がほしいっていうのは……好きだってことか?」 「そうだね」  およそ熱量のない調子で肯定し、南海がゆっくり2、3度頷いた。 「彼に、気持ち伝えてもいいかな?」 「……俺が嫌だっつったらやめるのか?」 「許可は要らないんだったね。わかった。今日、少し時間もらうよ」 「え……?」 「補習が終わったら、杉原くんと話す」  知ってるのか。  涼弥が今、補習受けてること。俺が待ってること。  絡めた視線の先で、南海が微笑む。 「心配?」 「あんたが、さっきみたいな行動しないかってのは心配。けど、涼弥があんたにって心配はないよ」 「なら、お願い。杉原くんにメールしてくれる? 俺の話、5分でいいから聞いてあげてって」  片眉を上げる俺に、南海が肩を竦める。 「そうでもしないと、キミが待ってるのに俺につき合ってくれなそうだから」  確かに、その可能性はあるけど……。 「やっぱり嫌? 恋人が告られるのは」  黙ってる俺に向ける南海の瞳が、挑むような色を帯びる。 「キミが知らないだけで、ほかにもいろいろあるんじゃない?」 「メールしとく。あんたと話終わったらここに来いって入れるよ」  気はすすまない。  でもさ。  別の日に、知らないとこで南海に待ち伏せとかされるより……精神的に楽かなと。今日は、そのあとすぐ会えるし。 「ありがとう。あ、よかったら様子窺う?」 「は……?」 「写真部の部室。近いから、そこ使わせてもらうつもりなんだ」  日本史の追試は、2階の多目的教室でやってるはず。その並びに、写真部がある。あるけど、あんまり活動してる気配はなかったような……。 「イベントの時期以外ほとんどの部員来なくて、部長の隼仁(はやと)しかいないから」 「隼仁って、動画の……」 「そう。一緒に暗室にでも隠れてれば? 杉原くんの反応、聞こえるよ」  このオファーに揺れた。  いや。涼弥を信じろ。  もちろん、信じてる。そこは心配じゃない。  むしろ、心配なのは南海と二人きりにさせることだ。  コイツは、油断ならない。  なんか……胸騒ぎ? 第六感のサイン?  たださ。  『行くな』か『行け』なのか……わからないのが難点。 「知るのは怖い? 自分のいないところで、彼がどんな受け答えするのか」 「怖くない。俺もそこにいる。あんたを見張るよ」  俺が向ける険しい目を平然と受け止め、南海が口角を上げる。 「ちょうどよかった。あの動画を淳志(あつし)が利用したこと、隼仁が気にしてて。キミと杉原くんに謝りたいって言ってたから」 「あんたに頼まれて撮ったんだろ」 「隼仁は、理由なく人に害を与えるの嫌いなんだ」 「まともな人間ってこと?」 「どうかな。俺とキミの定義がズレてるかもしれないし。ただ、変わったヤツではあるよ」 「どういうところが?」 「愛とか正義とか信じてない。そのくせ、たまにそれを最優先しちゃうところが」 「信じてるんじゃん」 「そうかもね。まぁ、人の恋愛に無関心だから。万が一俺が襲われても、隼仁は止めてくれないな」 「涼弥があんたを、なんてあり得ない」 「キミが止めてくれるから安心……というより、止められちゃうのは残念、だね」  からかってるのか、挑発したいのか。  コイツの真意はどこにあるのか。  わからないまま、大きく息をつく。 「たぶん、あと30分くらいで終わるはず。涼弥にメールして、先に部室に行ってればいいのか?」 「一緒に行って、隼仁に説明するよ。ちょっと人見知りなんだ」 「わかった」  ケータイを取り出して、涼弥にメッセージを打つ。 「キミがそこにいることは内緒にね。じゃなきゃ、本心で答えてもらえない」  南海の言葉に。もう一度、深く息を吐いた。  読めない男の提案を受け入れたのは、心配と不安に後押しされたから。この不安は、先が見えない……予測不能な未来のせいか。嫌な予感を回避するのに必要な何かを見落としてるせいか。  ちゃんと見ろ。後悔するなよ俺。  決めたのは自分だからな。

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