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37-1 どうしようもねーバカだろ俺……!

 5時25分。  涼弥が補習&追試から解放される……のを、南海(みなみ)が教室の前で待ってる。  終わってすぐに、涼弥が俺のメッセージを読むのが先か。教室を出た涼弥に、南海が声かけるのが先か。  どっちにしろ、二人は俺が今いるここに来る。  写真部の部室は、普通の教室より狭い。奥に暗室があるせいか。  この広くない部屋に、桝田(ますだ)と一緒にいる。俺がここにいるってバレないように、今すでにケータイを切ってるのが不安だ。  不安なのは、桝田をほとんど知らないから。  うちの学園の生徒に、男に襲われる危険性を否定するヤツはいない。見たり聞いたり危ない目にあったり……嫌でも、身近に起こり得る可能性アリって認識になってる。  自分がゲイでもノンケでも。よく知らない男には気をつけようってね。  俺がここにいることを簡潔に説明して、南海が部室を出て行ってから。室内は静かなまま。  部室のドアの向かいに暗室へのドア。左右の壁にパソコンが1台ずつ置かれたデスクが合わせて10。真ん中は空きスペースだ。暗室側の天井に、今は閉じてるプルダウン式のスクリーンが吊ってある。  左奥のデスクに腰を据え、桝田はパソコンを操作してる。逆側のデスクのイスに座り、その後ろ姿を見てる俺。  想像と違って。桝田は体育会系のがっしり体型に、日焼けした野性味ある顔の男だった。黒い短髪で背は高め。雰囲気は紫道(しのみち)に近い。  あの動画を撮った写真部の部長で、南海の友達っていう先入観から。  線の細い、色白で神経質そうなインドアタイプだと思ってたよ。あと、南海と同類の……一癖も二癖もありそうな男だって。  でも、目の前にいる桝田は、無口で他人が苦手っぽい感じ。 『暗室で、お喋りでもして友好を深めてて。俺と杉原くんが入ってきたら静かにね』  南海はそう言ったけど。  まだ暗室に身を隠してもいないし、お喋りもしてない。 「あの、桝田さん。そろそろ隠れないと……」  振り向いた桝田が俺に向ける目が険しくて、たじろいだ。  集中力の要る操作中だったか。そもそも、作業の邪魔になるこの一連の計画が迷惑なのかも。 「そうだね」  溜息まじりに桝田が答える。ワイルドな見た目にそぐわず、ソフトな言葉づかいだ。  腰を上げた桝田が、険しさを増したってより……どこか苦痛な表情で俺を見る。 「こういうことはやりたくないんだけど、仕方ない」  あー……告白シーンの立ち聞きは気がすすまないのか?  でもさ。  俺と涼弥のキスシーン、のぞき見して撮ったじゃん?  そう思いつつ。 「すみません」  謝る俺に、桝田が首を横に振った。 「キミは悪くない」  暗室のドアを開けて灯りをつけた桝田が、俺を先に通すためにドアを支えて立つ。  セーフライトの赤い光じゃなく普通の電球に照らされた部屋は、いろんな器具や機材が棚と流し台に置かれてる。デジタルが主流の今は、あまり暗室として使われてないみたいだ。  「謝るのは俺のほうだよ」  え……!?  桝田を越えて3歩ほど暗室に足を踏み入れたところで。  背後からの桝田の声に1秒遅れて、両手を乱暴に掴み上げられた。 「いッ……何……ぐッ……!?」  口にタオルか何かを押し込まれ。後ろ手に両腕を押さえられたまま後方に引っ張られる。 「おとなしくしといたほうがいいぜ」  この声……桝田じゃない……!  耳元で言いながら、俺の口に素早くダクトテープを貼りつけて男が笑う。 「そうすりゃ何もしねぇよ。今はな」  後ろで、両手の親指をギュッと括られた。たぶん、結束バンドだ。 「ここに……」  視界に現れた桝田が、流し台の脇に脚を固定された四足の木イスを指さした。  始めからこのつもりか……!? 南海の計画か……!?  声は出せないから、瞳に問いを乗せて睨む俺に。 「座って。もう少ししたら話せるから」  桝田がうっすらと微笑む。 「ごめんね。晃大(こうた)はここに来ない。杉原を別の場所に連れてく」  何……だよそれ……俺は質なのか……涼弥に……何する気……。  イスに座らされ。括られた両手の間にくぐらせたPPテープで、両足首をイスの脚に縛りつけられ。  それをした男が目の前に立った。 「安心しろ。俺もそっち行くからよ」  水本……! 「お前の相手はコイツがやる。ここのライブ映像、杉原と見てるぜ」  見開いた目で水本を、そして、桝田を見つめる。  涼弥と……ライブ……って……お前の相手は……って……。 「ごめんね」  桝田がケータイを俺に向けた。  無音だけど、写真を撮ったんだろう。画面をタップしてるってことは、画像を送った……きっと南海に。  それを涼弥に見せて、連れてくのか!? どこに……!? 「杉原の出方次第じゃ、お前は無事かもしんねぇぞ?」 「淳志(あつし)……俺は……」 「隼仁(はやと)。今さら出来ねぇってのはなしだぜ」 「やるよ。必要なら、だ」  水本と桝田の会話を聞きながら、状況を把握しようと気を落ち着かせようとするも……考えれば考えるほど、マズい方向に理解が進み。  どうしようもねーバカだろ俺……!  上沢に、江藤に警告されてたのに。シン先輩にも。  十分警戒してたつもりなのに。  簡単に騙されてんじゃん!  ズルさに免疫少ないからじゃない。経験不足だからじゃない。  甘過ぎなんだよ。ガードが緩いどころじゃない。  自分の身を守る意識がこんな低いくせに。  涼弥に。心配するななんて、よく言えたもんだな……!!?  ゲームの効果音みたいな着信が鳴り、水本がケータイを取り出した。 「ゴーサインだ」  一瞬、桝田がギュッと目をつぶったのを見た。 「ちゃんとやれよ」  桝田の肩を叩いた水本が、視線を俺に移す。 「向こうの様子もライブ配信してやるからな。楽しみにしてろ」  言い置いて、水本が出て行った。  立ち上がろうとして。  イスの背の後ろにある両手と足首が繋がってる状態じゃ、物理的に無理なことがわかった。  口は塞がれてて喋れない。動けない。  桝田が俺に何しようとしても……防げない。  涼弥……!    お前を守るって言ったのに……ごめん……!

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