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37-2 話をしよう
水本が去ってから暫くして……ずいぶん経った気がするけど、たぶん5分ないくらい。
部室のドアに鍵をかけたあと動かなかった桝田 が、ようやくこっちを見た。俺と合わせた目を逸らさずに近づいてくる。
「口のテープ剥がすけど、大声出さないでくれるかな」
頷かない俺の前に、桝田がしゃがみ込む。
「こっちの映像送らないと、晃大 が杉原を犯す」
は……!?
眉を寄せた。
水本の暴力じゃなく?
南海 が涼弥をってのは、無理あるんじゃ……。
「向こうでも同じことを言われてるはずだ。おとなしくしないと、キミが俺に犯される」
な……!?
動かせないイスの上で身体を揺するも、俺を拘束するテープは緩まない。
括られた両手……俺を……レイプする可能性のある男……。
指先がしびれる……嫌だ……!
「剥がすよ。話をしよう」
桝田が俺に手を伸ばす。
思わず顔を背けた。
「大丈夫……」
な……にが大丈夫なんだよ……!? どこが……!?
首を回して後ろに反って逃れようとする俺の頭を押さえ、桝田がビッとテープを剥がした。口の中の布も引き出して放り、一歩退く。
「これ解け……! あいつらどこにいる!? 涼弥に手を出すな……!」
思ったより淀みなく声が出た。
恐怖より怒りが勝ってることに、ホッとする。
「解いてはあげられない。晃大たちのいる場所も教えられない。杉原のことは……キミが選択出来る」
「は……!?」
「そこにカメラがある。今からオンにするけど、音声は届かない」
桝田の示す斜め上方向の棚の上に。防犯カメラみたいな小さなレンズが、こっち向きにセットされてるのが見える。
「オンにって……え? マジでここ……見れるのか……?」
この状況……涼弥に……!?
「やめろ! 見せるな……!」
俺の制止を気にも留めず。
板を渡した流し台に置いたノートパソコンを操作する桝田が、タンッとキーボードを弾いてカメラに目を向ける。
見ると、レンズの根元に赤い光がついてる。
撮ってる……のか。
そして、どこか知らない向こうで、南海がこれをリアルタイムで受信して映してるのか。パソコンか何かの画面に。
それを……涼弥が見る。
見て何を思う?
何を思っても……。
どうか、涼弥が自分を責めて苦しまないように……祈るしかない。
「あっちの映像も見れるけど……嫌なら見なくていいよ」
桝田と見つめ合う。
俺の瞳には怒りがあるはず。
桝田の瞳は、これをおもしろがっても楽しんでもいない。あるのは……苦痛か?
どうして、コイツがつらそうなんだ?
「映せよ。涼弥が無事か……見るに決まってるだろ」
自分のことは見せるなっつったくせに。
涼弥も同じかもしれないのに。
勝手だな俺。
再び、桝田の指がキーボードをカタカタと弾き。もう一脚持ってきたイスにパソコンを置いて、俺に向けた。
画面に映ってるのは、灰色のロッカーと汚れた白い壁。
そして、イスに座る涼弥……両手は後ろ、足首はイスに縛られてる。
涼弥の斜め右上のアングルから撮られるそこに、南海と水本の姿もある。
俺と同様に。
正面のイスの上のノートパソコンの画面を見てる涼弥……きっと、同じ気持ちで……。
次の瞬間、画面の中の涼弥と目が合った。
いや。
涼弥がカメラを見つめてるんだ。俺が自分の映像を見てるのを知って……。
食い入るように。不安に眉を寄せて、悲痛な瞳をした涼弥を見つめる。
パソコンの画面を。
離れた場所で、俺に向けてカメラレンズを見つめる涼弥を。
20秒ほどして、涼弥の視線が画面に戻った。
何を望んでるかわかる。
左上のカメラに目を向けた。
レンズを見つめる。
涼弥……ごめん…………俺は大丈夫だから……ムチャするな……!
ただの電波か電気信号だとしても、姿が見えると伝わる気がする。
画面に目を戻すと、もう一度こっちを見た涼弥が微かに頷いた気がした。
「晃大がどうしてこんなことをするのか、話すよ」
唐突に桝田が言って、パソコン画面を閉じた。
「消すな!」
「大丈夫。あっちも話をしてる。連絡がくるまでは何もされない」
「何……する予定だ?」
それには答えず、桝田が続ける。
「晃大は尚久 が好きだった。秋野 尚久……キミをレイプしようとした男だ」
全身が固まった。
今ここで……何故その名前を聞かなきゃならないのか。
身体の自由が利かない状態で……!
「中学の頃からね。そして、尚久は、親しくなった中3からキミを好きだった。知ってたかな?」
そんなことは知らない……知ってたとしても、俺は……ナオ先輩に同じ感情は持たなかった……。
俺の瞳に答えを見て、桝田が頷いた。
「尚久はあくまで、気のいい先輩として接してたから。キミが気づかなくて当然だ。でも、転校が決まって、あいつは思い詰めて……最低の方法で気持ちを終わりにしようとした」
何も言えない。
「知ってたら止めたよ。俺も晃大も。あの修了式の日、夕方から晃大の部屋に集まることになってて……買い出しに出てたんだ。帰って来たら、尚久は病院に行ったと聞かされた」
無口なはずの桝田が話し続けるのを、ただ聞き続ける。
「キミを犯そうとして、助けにきた1年に殴られた。夜、俺は尚久を怒ったよ。何でそんなバカなコトをってね。晃大は……ケガを心配しただけ。だけど……」
桝田が溜息をついた。
「いろいろ考えたんだろうね。尚久がいない新学期が始まった時、晃大が言った。『俺もそうすればよかったんだな』」
「そう……って。好きなら何してもいいってのか!?」
黙ってられず、声を荒げた。
「俺は! ナオ先輩を信頼してた。先輩として好きだった。同じ気持ちは返せなくても、それでも言ってくれればこんなに……こんなふうに……苦しくならなくて済んだ……何で……!」
「だからだよ」
口を開けた俺を、桝田の視線が射る。
野性的な外見に似合わない、やわらかな話し方と雰囲気を纏ってたこの男の……初めて見せる、鋭く冷えた瞳に身が固まる。
「いい思い出として忘れられるより、憎まれて恨まれて心に残りたかった……苦しみのモトとしてでもね」
「そん……なの……」
「実際に行動に移せば許されないことだけど、気持ちはわかる。キミをどうしようもなく好きだったんだ」
「俺にはわからない。俺は……好きなヤツを苦しめるのは嫌だ。傷つけたくない。大切にしたい」
「自分より大切?」
桝田の瞳から、目を逸らせない。
「杉原が傷つくより、自分が傷つくほうがいい?」
「涼弥を苦しめずに済むなら」
「そうか……」
それきり、桝田は口を閉じた。
この男に聞きたいこと言いたいことが、山ほどある。
結局、南海は何をしたいのか。
本当に涼弥を好きなのか。
どうすれば……これが終わるのか。
何もなく終わることは……あり得ないとしても。
桝田のケータイが鳴った。
電話に出た桝田は、相手の話を黙ったまま聞いて。
わかった、とだけ言って通話を切ってパソコンを開いた。
画面の中で、涼弥と南海が言い合ってる。声は聞こえない。
「これから晃大がキミに言うことは、脅しじゃなく本気だ。それをわかってもらうために、少し我慢してほしい」
「何を……?」
「俺にキスされることを」
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