148 / 246

37-2 話をしよう

 水本が去ってから暫くして……ずいぶん経った気がするけど、たぶん5分ないくらい。  部室のドアに鍵をかけたあと動かなかった桝田(ますだ)が、ようやくこっちを見た。俺と合わせた目を逸らさずに近づいてくる。 「口のテープ剥がすけど、大声出さないでくれるかな」  頷かない俺の前に、桝田がしゃがみ込む。 「こっちの映像送らないと、晃大(こうた)が杉原を犯す」  は……!?  眉を寄せた。  水本の暴力じゃなく?  南海(みなみ)が涼弥をってのは、無理あるんじゃ……。 「向こうでも同じことを言われてるはずだ。おとなしくしないと、キミが俺に犯される」  な……!?  動かせないイスの上で身体を揺するも、俺を拘束するテープは緩まない。  括られた両手……俺を……レイプする可能性のある男……。  指先がしびれる……嫌だ……! 「剥がすよ。話をしよう」  桝田が俺に手を伸ばす。  思わず顔を背けた。 「大丈夫……」  な……にが大丈夫なんだよ……!? どこが……!?  首を回して後ろに反って逃れようとする俺の頭を押さえ、桝田がビッとテープを剥がした。口の中の布も引き出して放り、一歩退く。 「これ解け……! あいつらどこにいる!? 涼弥に手を出すな……!」  思ったより淀みなく声が出た。  恐怖より怒りが勝ってることに、ホッとする。 「解いてはあげられない。晃大たちのいる場所も教えられない。杉原のことは……キミが選択出来る」 「は……!?」 「そこにカメラがある。今からオンにするけど、音声は届かない」  桝田の示す斜め上方向の棚の上に。防犯カメラみたいな小さなレンズが、こっち向きにセットされてるのが見える。 「オンにって……え? マジでここ……見れるのか……?」  この状況……涼弥に……!? 「やめろ! 見せるな……!」  俺の制止を気にも留めず。  板を渡した流し台に置いたノートパソコンを操作する桝田が、タンッとキーボードを弾いてカメラに目を向ける。  見ると、レンズの根元に赤い光がついてる。  撮ってる……のか。  そして、どこか知らない向こうで、南海がこれをリアルタイムで受信して映してるのか。パソコンか何かの画面に。  それを……涼弥が見る。  見て何を思う?  何を思っても……。   どうか、涼弥が自分を責めて苦しまないように……祈るしかない。 「あっちの映像も見れるけど……嫌なら見なくていいよ」  桝田と見つめ合う。  俺の瞳には怒りがあるはず。  桝田の瞳は、これをおもしろがっても楽しんでもいない。あるのは……苦痛か?  どうして、コイツがつらそうなんだ? 「映せよ。涼弥が無事か……見るに決まってるだろ」  自分のことは見せるなっつったくせに。  涼弥も同じかもしれないのに。  勝手だな俺。  再び、桝田の指がキーボードをカタカタと弾き。もう一脚持ってきたイスにパソコンを置いて、俺に向けた。  画面に映ってるのは、灰色のロッカーと汚れた白い壁。  そして、イスに座る涼弥……両手は後ろ、足首はイスに縛られてる。  涼弥の斜め右上のアングルから撮られるそこに、南海と水本の姿もある。  俺と同様に。  正面のイスの上のノートパソコンの画面を見てる涼弥……きっと、同じ気持ちで……。  次の瞬間、画面の中の涼弥と目が合った。  いや。  涼弥がカメラを見つめてるんだ。俺が自分の映像を見てるのを知って……。  食い入るように。不安に眉を寄せて、悲痛な瞳をした涼弥を見つめる。  パソコンの画面を。  離れた場所で、俺に向けてカメラレンズを見つめる涼弥を。  20秒ほどして、涼弥の視線が画面に戻った。  何を望んでるかわかる。  左上のカメラに目を向けた。  レンズを見つめる。  涼弥……ごめん…………俺は大丈夫だから……ムチャするな……!  ただの電波か電気信号だとしても、姿が見えると伝わる気がする。  画面に目を戻すと、もう一度こっちを見た涼弥が微かに頷いた気がした。 「晃大がどうしてこんなことをするのか、話すよ」  唐突に桝田が言って、パソコン画面を閉じた。 「消すな!」 「大丈夫。あっちも話をしてる。連絡がくるまでは何もされない」 「何……する予定だ?」  それには答えず、桝田が続ける。 「晃大は尚久(なおひさ)が好きだった。秋野(あきの)尚久……キミをレイプしようとした男だ」  全身が固まった。  今ここで……何故その名前を聞かなきゃならないのか。  身体の自由が利かない状態で……! 「中学の頃からね。そして、尚久は、親しくなった中3からキミを好きだった。知ってたかな?」  そんなことは知らない……知ってたとしても、俺は……ナオ先輩に同じ感情は持たなかった……。  俺の瞳に答えを見て、桝田が頷いた。 「尚久はあくまで、気のいい先輩として接してたから。キミが気づかなくて当然だ。でも、転校が決まって、あいつは思い詰めて……最低の方法で気持ちを終わりにしようとした」  何も言えない。 「知ってたら止めたよ。俺も晃大も。あの修了式の日、夕方から晃大の部屋に集まることになってて……買い出しに出てたんだ。帰って来たら、尚久は病院に行ったと聞かされた」  無口なはずの桝田が話し続けるのを、ただ聞き続ける。 「キミを犯そうとして、助けにきた1年に殴られた。夜、俺は尚久を怒ったよ。何でそんなバカなコトをってね。晃大は……ケガを心配しただけ。だけど……」  桝田が溜息をついた。 「いろいろ考えたんだろうね。尚久がいない新学期が始まった時、晃大が言った。『俺もそうすればよかったんだな』」 「そう……って。好きなら何してもいいってのか!?」  黙ってられず、声を荒げた。 「俺は! ナオ先輩を信頼してた。先輩として好きだった。同じ気持ちは返せなくても、それでも言ってくれればこんなに……こんなふうに……苦しくならなくて済んだ……何で……!」 「だからだよ」  口を開けた俺を、桝田の視線が射る。  野性的な外見に似合わない、やわらかな話し方と雰囲気を纏ってたこの男の……初めて見せる、鋭く冷えた瞳に身が固まる。 「いい思い出として忘れられるより、憎まれて恨まれて心に残りたかった……苦しみのモトとしてでもね」 「そん……なの……」 「実際に行動に移せば許されないことだけど、気持ちはわかる。キミをどうしようもなく好きだったんだ」 「俺にはわからない。俺は……好きなヤツを苦しめるのは嫌だ。傷つけたくない。大切にしたい」 「自分より大切?」  桝田の瞳から、目を逸らせない。 「杉原が傷つくより、自分が傷つくほうがいい?」 「涼弥を苦しめずに済むなら」 「そうか……」  それきり、桝田は口を閉じた。  この男に聞きたいこと言いたいことが、山ほどある。  結局、南海は何をしたいのか。  本当に涼弥を好きなのか。  どうすれば……これが終わるのか。  何もなく終わることは……あり得ないとしても。  桝田のケータイが鳴った。  電話に出た桝田は、相手の話を黙ったまま聞いて。  わかった、とだけ言って通話を切ってパソコンを開いた。  画面の中で、涼弥と南海が言い合ってる。声は聞こえない。 「これから晃大がキミに言うことは、脅しじゃなく本気だ。それをわかってもらうために、少し我慢してほしい」 「何を……?」 「俺にキスされることを」

ともだちにシェアしよう!