149 / 246

37-3 やめろ……!

 カメラの視界を遮らないように、桝田(ますだ)が俺の前に位置を取る。 「やめろ……」  そう言ったのは5回か6回か……聞き入れられることはなく、桝田の手にうなじを押さえられ。 「ごめんね。好きじゃない男に。うまく出来ないけど」  その言葉に続いて、桝田が唇を重ねてきた。 「や……んっ……」  熱い唇が触れるのを、止める術はない。  音もなく。  俺の唇にそっと押しあてられる桝田のそれは微かに震えて、漏れる息が湿ってる。  南海にいきなりされた一瞬のキスと違い、最初から認識してされるキスは……どう反応していいかわからなかった。  桝田の言った通り、好きじゃない男にされて。  嫌悪感がないわじゃない。逃れられなくて。手も頭も動かせなくて、ちっとも怖くないわけでもない。  ただ……怒りが湧いてこないことに戸惑った。  目は閉じなかった。  開いてなくても、キスの相手が涼弥じゃないことを忘れたりはしないけど。  つぶってた桝田の目が開く。 「將梧(そうご)……」  名前を呼ばれ。  え!?って声を出すために開いた唇に、桝田が舌を差し込んだ。 「っ……やっ……」  嫌だ……涼弥……!  心で呼んで、ハッとする。  涼弥が見てる! 今、これを……!    不可抗力なのが明らかでも、俺にどうすることも出来なくても。  今、涼弥を苦しめてるのは……俺だ。  カメラに向けそうになった目線をなんとか抑え、目を閉じて開ける。  至近距離で合わせた目を、入れ替わりみたいに桝田が閉じて。俺の口内で、遠慮がちに舌が動く。  強引に奥に押し入っては来ず、激しく舐って快感を求めるでもなく。見つけた俺の舌を、控えめにチロチロと舐める。  当然、桝田のキスに応えたりはしない。かといって、抵抗する余地はなく。この時間が終わるのを待つしかない。  ムリヤリなのに落ち着いてられるのは、桝田が攻めてこないのと……瞳に熱さがなかったせいだ。  この男が、性欲に任せて俺にキスしてるんじゃないのがわかるから。  ゆっくりと目を開けて俺から唇を離した桝田が。もう一度触れるだけのキスを落として上体を起こし、息を吐いた。 「ごめんね」 「……謝るなら、するなよ」  俺を見つめ、困った顔で頷く桝田。 「そうだね。でも、また……謝ることになる」  桝田がカメラを一瞥し、パソコンの前に戻る。 「次は杉原だ」 「え? 嫌だ……やめろ……やめさせろ……」  画面を見る。  パソコンの前にいた南海(みなみ)が、涼弥の正面に移動して屈み込む。  最後の数センチの距離を詰める前に、チラリとカメラに視線を投げた。  涼弥……!  好きな男に、ほかのヤツがキスするのを見るのは……ものすごく不快だった。  何より。本人が望んでしてるんじゃないことが、不快さに輪をかける。  そりゃさ、浮気とかで本人がしたくてやってるのもすげー嫌な気分になるだろうけど……それはまた別っていうか、悲しい感が勝つだろ。  今はただ。  南海への怒りがドクドクと湧き上がる。  抗うのを早々に諦めて無反応に徹した俺と違って、涼弥は出来得る抵抗を見せたのか。  南海は両手で涼弥を押さえつけて唇を重ねてる。右手で首筋を、左手で結わえた髪を鷲掴んで……はたで見ててわかるくらい、ムリヤリ激しいキスをしてる。 「やめろ……!」  ここでどんなに叫んでも届かない俺の声に。  まるで応じるかのようなタイミングで、南海がガバッと身体を離した。口元を擦った自分の手に視線を落としてる。  涼弥は……。  南海を睨んで。そして、少し開いた口から血が一筋流れてる。  噛みついたのか……南海に。唇か舌か……切れるほど……。 「さすが……」  桝田が呟いた。 「杉原は手強いね。どうするかな」 「今度は……何する気だ……?」 「晃大(こうた)が話すよ。杉原に言って、そのあとキミに。もう少し待ってて」 「……何で、こんなことする?」  俺の問いに、桝田は深い溜息をついてから口を開く。 「失敗に終わったけど、尚久(なおひさ)がキミにしたこと。それを後悔してないこと。自分がそうしなかったこと。いろいろ考えて、晃大は歪んだ。恋愛に対する思考っていうのかな」 「歪んだ?」 「感情の向きがおかしくなった。尚久がいなくなって、晃大はキミを見るようになったよ」 「は……!?」 「尚久が好きだったキミを求めたんだ。晃大に頼まれて、俺はキミを観察してた」 「え……涼弥じゃないのか? 南海はそう言ったぞ」 「キミだよ。先週、化学の授業から戻る時、物理室から出てくるキミと杉原を見かけて追った。一緒にいた淳志(あつし)と。階段の途中で見てたら、あのシーンで……」 「だから、撮ったのか」 「キミはノンケだと思ってたから……衝撃でね。チャイムと同時に下りたすぐあとに杉原が来て、淳志と揉めたんだ」  桝田が真摯な眼差しを俺に向ける。 「俺がキミを追って撮った動画で、淳志に脅されるハメになったこと。本当にすまなかった」 「それはもういい。俺たちが原因だし。けど……!」  力を込めて、桝田の瞳をまっすぐに見る。 「これは何だよ!? あんたの目的は……!?」  俺から目を逸らさず。でも、桝田は答えない。 「南海が……ナオ先輩のことで俺にってのもわからないけど、今これで何をしたいんだ?」  問いを変えた。  暫しの間。 「晃大の心は俺にもわからない。ただ、欲望の対象が尚久からキミに、キミから杉原にシフトした」 「俺が……涼弥を好きだって知ったから……か?」 「そう」 「で、俺を質にして涼弥を……ムリヤリ? レイプするのか? 逆レイプか?」  桝田がまた無言。  無言は……肯定か。 「ふざけんな! 解けよ今すぐ……!」

ともだちにシェアしよう!