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37-4 ほかの選択肢はない

 ありったけの力で拘束を解こうともがく。  ダメだ……自分じゃこれ解くの不可能……なら……。 「も1回聞く。あんたの目的は? 友達の南海(みなみ)のためだけに協力してるのか?」  この男を……桝田(ますだ)を懐柔するしかない。 「水本みたいに、涼弥が苦しむの見たいってわけじゃないよな?」 「杉原に恨みはないよ」 「……俺には?」  言って気づいた。  ナオ先輩の友達なら、あの件で俺に恨みがあるのかも……逆恨みでも何でも。あ……でも、殴り倒した涼弥にはないって……。 「ない。というより……」  ケータイが鳴る。桝田は手の中で震えるそれを、眉を寄せて数秒見つめてから画面をタップした。 「今代わる」  電話の向こうからの話を聞き短くそう言って。 「晃大(こうた)だ」  桝田がケータイを俺の耳に押しあてる。 「早瀬くん。ごめんね、騙しちゃって」 「涼弥に手を出すな」  精一杯、冷静に言葉を口にする。 「ムリヤリやるって……何でそんな最低なこと出来るんだ?」 「しないよ」 「え……?」 「さっきのキスは俺が勝手にしたけど、この先は同意がなければしないから。安心していい」 「同意なんかするわけないだろ」 「そうかな?」 「あたりまえ……」 「杉原くん。自分の口で言って」  俺を遮った南海の声が遠ざかり……。 「將梧(そうご)……」 「涼弥! 大丈夫か!? ごめんな。俺のせいで……」 「俺が南海とやる」 「は!? 何言っ……」 「お前は絶対にやるんじゃねぇぞ。いいな?」 「何だよ!? やるって……何言われた?」 「俺は、やりたくてやる。だから……」 「涼弥……! おい!」 「ね?」  再び、南海の声。 「やるとしてもムリヤリじゃない。杉原くんの意思だよ」 「あんたが言わせたんだろうが……!」 「じゃあ、キミにも聞くね。そして、キミの選択を優先する。杉原くんの意見を参考にして答えてほしい」  嫌な予感が、胸騒ぎの要因が……集結する。  息が……浅くなる。 「杉原くんが俺とセックスするのと、キミが俺とやるの……どっちがいい?」 「は……!? え……俺?」 「そう。キミか杉原を、俺が犯す」  コイツ、何言ってんの……!? 「自分か愛しの彼氏か。杉原は自分がやるって言ってるけど、キミが自分を選ぶなら……キミにする。選ぶのはキミだ」  本気……で?  俺が、選べるって思うのか!? 「あんたバカか? どっちも選ぶわけないだろ! これ以上、あんたのお遊びにつき合う気はない。終わりにしてくれ」 「そうだね。遊びは終わりにしよう」  冷えた声だった。 「キミが選ばないというなら、それも選択だ。その場合、俺は杉原くんを好きにする。キミは、隼仁(はやと)と楽しんで」 「な……に……」 「キミの相手は隼仁がするって言ってるんだ。わかる? 選択しなければ二人とも犯される。選べばどっちかひとりだけ。ああ、もちろん、自分の意思で俺に抱かれることになるからね」  南海は……この男は、こんなことを本気で……?  頭おかしいだろ……!!?  病んでる。  歪んでるどころじゃない。   まともな思考じゃない。  問題は……。  南海の頭がどうでも。俺に突きつけた選択は、ヤツにとってはリアルなもので……本気で言ってるってこと……。  マジでやる気だ……! 「どうする? 早瀬くん。俺はどっちでもかまわない。キミが好きな杉原くんでも。彼が好きなキミでも」  考えろ……!  二人とも無事な方法がある……はず……。  桝田に目をやった。  俺を見る暗い瞳。悲しい瞳だ。楽しんでない。望んでるのが何か見えない。  けど……。  まともな瞳だ。 「涼弥にも、同じ聞き方したのか? 自分か俺かって」 「一応ね」 「で……自分がやるって言ったんだな」 「どうしても、キミに手を出されたくないらしい」 「あんたが抱くのか?」 「出来る自信があるなら、杉原が俺を抱いてもいいよ。でも、キミが相手なら俺が抱く。尚久(なおひさ)がやりたかったことだからね」 「そう……か」 「そろそろ決めてくれるかな。8時前にはどの部も解散するし、校内の点検も入るし……それまでに終わらなくなる」  涼弥……怒るよね。 「決めたよ」  だけど。  ほかの選択肢はない。  それに、もし、勝機があるなら……こっちだ。 「俺にして」  短い沈黙。 「本当に? 俺とやりたい?」  南海の声の向こう、涼弥の怒声が聞こえる。  大きく息を吸った。 「あんたに抱かれるよ。だから、涼弥に何もするな。水本にも、手出しさせないでくれ」 「杉原くんがうるさいんだけど、代わる?」 「いや……」  声聞いたら揺れる。  あとで……これが終わったら……どんな文句でも聞くから……ごめん。 「あんたがこっち来るの?」 「すぐにね。そうしたら、隼仁をここに来させる。キミもそのほうがいいだろう?」  涼弥が水本と二人きりは、確かに心配だ。  ここに南海と桝田がいるのも、涼弥が見たら心配……あ! 「ひとつ頼みが……」  ダメだ。  南海に今、ノーって言われたらマズい。頼むのは桝田に、だ。 「何かな?」 「え……と、そこがどこか教えてほしい」 「元演劇部の部室だよ」  咄嗟の問いに、南海はもったいつけずに答えた。  俺が今知ったからって、どうなるもんでもないからか。 「もう行くね。気分でも高めて待ってて」  通話が切れた。  パソコンの画面から、南海が消える。  残った水本に、涼弥が怒鳴ってる……声はなくてもわかるくらい、憤ってる。 「本当にいいの?」  桝田が呟くように聞いた。 「ほかに、しようがないだろ」  同じように呟く。 「涼弥もそうした。だから、わかってはくれる……はず」 「杉原は、自分よりキミがやられるほうがつらいと思うよ」 「わかってる! 俺だってそうだ……あいつが南海になんて……嫌だ。あいつが傷つくのは嫌だ。あいつが無事なら……俺は傷つかない」  桝田が俺のすぐ前に立つ。 「本当に杉原が大切なんだね。震えてるのに……」  手が触れた瞬間ビクッとなった俺を、桝田が抱きしめた。 「やめ……」 「キミが本当に杉原を好きだってわかった。口だけじゃないって信じられるよ」  両手が、身体が自由じゃない。  だから、指がしびれてて。  だけど……桝田は怖くない。  俺の意思無視でキスした。  場合によっちゃ、俺をレイプすることになってた男。   「解いてくれ……頼む」  この男に頼る。 「逃がしてほしい」 「……出来ない。ごめんね」  だろうな。 「じゃあ、せめて……ここ、向こうで見れなくしてほしい」 「早瀬……」 「涼弥に見せないでくれ」  これだけは聞いてもらわないと……耐えられない。 「頼む」  桝田が俺に回した腕を外す。 「さっき、言いかけた。俺はキミを恨んじゃいない。むしろ、好意を持ったよ」 「え……!?」 「晃大に協力する理由の半分は、それだ」 「もう……半分は?」 「晃大に借りを返すため」  俺を見つめる瞳が揺れる。桝田の瞳は、どこまでも悲しげだ。 「向こうの画面に、ここが映らないようにしてほしい」  もう一度頼んだ。  カメラに、ずっと視線を向けてない。目を向けたくなっても堪えた。  今の俺も……涼弥に見られたくないと思った。 「お願いだ」  桝田を見つめる。  俺の差し出せるものは、あまりない。 「わかった」  了解を得たのに加え。カメラのレンズに背を向けて、桝田が俺を隠す位置取りをしたことにホッとして。  俺に屈み込む桝田を受け入れるように、目を閉じた。

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