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37-5 嫌だ……!

 親指を括られた両手を握りしめる。 「ん……ふ……ッ」  暗黙の同意のキスは、前と違った。  俺の口内に侵入した桝田(ますだ)の舌は、遠慮なく中を舐る。それでも、どこかぎこちない動きに……ためらいながらも応じる俺。 「っは……んっ……」  涼弥とつき合い始めてから。  ほかの誰かとキスすることがあるなんて、思いもしなかったのに。  絡められた舌を吸われ、吸い返す。  何してんだ俺……! けど、今はこうするのを……選んだ。 「將梧(そうご)……」  ほんの僅かに離れた唇の隙間から、また……桝田が俺の名前を呼ぶ。 「好きだ……」  続けて囁かれ。頭を引こうとして、首を押さえる手に阻まれ。唇が重なる。  好きなんか……言うな……!  歯列をなぞった桝田の舌が奥へと入り、俺の舌裏を舐める。逃げずに絡める舌を強く吸い上げられて……ジンとくる感覚にクラッとする。  嫌悪感じゃなく罪悪感を強く抱きながらも、欲情には繋がらないことに大きく安堵した。 「はっ……あ……」  熱い舌と唇の感触がなくなり、目を開ける。 「ごめんね」 「……だから……謝るなら……するな」  浅く深呼吸しつつ。気マズい感じで桝田と視線を合わせる。 「俺は涼弥が好きだ」 「知ってるよ。そのために、だよね」  わかってくれてる……ならいい。  俺の罪悪感は、涼弥への分だけでもう……満タンだ。 「こういう経験ほとんどないから、気持ち悪くしてたらごめん」 「え……?」 「誰かとつき合ったことがなくてね」 「そんなんで……俺をやる役って……」 「出来ると思った。男とはないけど、女のコとやったことはあるから」  相変わらず欲望の浮かない、悲しげな瞳で俺を見る桝田に。  こんな目にあってる一端は、間違いなくこの男が担ってるのに。 「気持ち、悪くなかったよ。嫌じゃなかった」  何言ってるのか……自分がおかしい。  おかしくなってる。  だって。  おかしくなってなきゃ……この先が……この先のリアルが……見えちまう。 「逃がせなくて……怖い思いさせて、ごめん……」  言うな……!  ガチャガチャ、ガチャリ。  開け放した暗室の向こうで鍵が解かれ、部室の扉が開かれた。 「そんな瞳で睨まないで……仲良くしようよ」  俺の目の前に立って、南海(みなみ)が微笑む。 「やっとこの時がきたんだから」  桝田は部屋を去り、この男と二人きり。俺を犯すつもりの男と……だ。  つい数分前まで保ってた気持ちがガタガタになる。  決めてた覚悟が幻になる。  今、しびれてるのは指だけじゃなく全身……いや、震えてるのか?  自分の腕を握りたい。  髪をかきむしりたい。 「泣いてるの?」  涙を拭いたい……。 「そんなに杉原がいいんだ」  南海が顔を近づけてきた。 「俺に抱かれるって言ったのは、杉原を守るためだとしても。これは強姦じゃない。キミが決めたんだよ」  切れて血のこびりついた唇を舐めて、南海が溜息をつく。 「俺はサドじゃないから、ひどくしないけど。怖がられたら……燃えるよね」 「やめっ……」  思わずつぶった目尻に、熱く湿った舌が這う感触。涙を舐め取られる。頬から顎……反対側の目元まで。 「イスを外さないと」  その言葉に、全神経を集中させる。  もし、勝機が……このまま進む未来を変えるチャンスがあるなら、ここしかない。  犯すなら、イスから俺を下ろす。そのためには、少なくとも……イスに括った足首の拘束は解くはず。  少しでも自由に動かせたら。  蹴り飛ばしてやる……!  息を吐いて吸って。  目を瞬いて、涙を切る。 「ちょっとごめんね」  慎重に、俺の体重を支えながら。南海は、横向きにイスを床に倒した……俺ごと。 「こうすれば、手と足は繋がれたままだからね。どっちも持ち上げられない」  そ……んな……嘘だろ……!?  動揺する俺をよそに。  俺の足首とイスの脚に巻かれたテープから、器用にイスの脚を外した。  そして、横になった俺の腕と背中の間から、イスの背を外す。  イスはなくなっても座った姿勢のまま。後ろに伸びた両手と足首はテープで繋がれ、膝は直角に曲がってる。膝は、後ろにはもっと曲げられるけど、伸ばすことは出来ない。  横向きの身体をなんとか起こし、両膝をついて正座した。  お手上げ……だ。もう……逃げられない。  南海が、俺の腰を持ち上げる。  手をつかない四つん這いの体勢で。尻が下がらないように、南海が俺の両膝を広げて間に膝立ちする。  反射的に南海から離れようとヨタヨタと膝で前に進むも、繋がれたテープを引かれ戻される。  気力を削がれ、体重を支える力が出せず。顔を横に向けて、床に頭をついた。 「バックで抱いてあげる。杉原だと思ってもいいよ。ちょっと物足りないかな」 「南海……嫌だ」  膝が震える。もともと震えてたかもしれないけど、それ以上に。 「何を今さら。大丈夫。気持ちよくなろう?」  俺を覗き込む南海の瞳。  俺にペニスを捻じ込めるくらいには、欲情してるんだろう。  そこに確かに、熱はある。  ただ……どこか冷めてる。その冷めた熱は……どこからくるのか……。 「やめろ! 俺を……好きなわけじゃ、ないだろ?」 「好きだよ。だから、騙して縛って脅して……こうやってキミを犯すんだ」  カチャカチャと音がして、南海が俺のベルトを外した。 「嫌だ……! お願い……やめて……!」  懇願する。  なりふりはかまわない。 「かわいいね。その顔」  ずるりと、ズボンとパンツを腿の途中まで下ろされた。 「南海……嫌だっ……! やめろ……!」 「あー……やっと同じ気持ちになれた。尚久(なおひさ)は、こんな気分だったんだ……」  うっとりしたような声で、南海が呟く。 「あいつには、この先がなかったけど。代わりに俺が……キミを犯すのは、俺と……ナオ先輩だよ」  何言って……壊れてる……のか……!? 「ちゃんとローションもある。キミに痛い思いはさせないからね」 「嫌だ……痛い! もう、痛い……!」  心が……痛い……!  ポケットから取り出したローションを手のひらにトロリと注ぎ、南海が俺に微笑むのが見えた。 「安心して、力抜いて……」 「あ……や……りょ……」  涼弥を呼ぼうとして、唇を噛む。  血液の錆びた塩気が舌に広がる。  ごめん……こんなことになって……ごめん……!  ちょっとくらい骨痛くさせても、痛くさせて俺がつらくても。  涼弥が俺をほしいって思ってくれてるうちに、早く……もっと早く、抱かれとけばよかった……! 涼弥……!!! 「う……あッ……!」  生ぬるいネチョネチョの液体を尻の間に感じて上げた声に、ついさっき聞いた鍵の回る音が重なった。  ベストとは言えずとも。  ギリギリのタイミングで救いが訪れるって、どのくらいの確率の奇跡だ?  どうでもいいか。  幻聴だけじゃなく。幻視も幻覚も、今は大歓迎。このまま、自己防御機能を発動して……リアルの外にトリップしたい……。  南海が俺の体内に入る前に……。

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