154 / 246
38-1 ひとりに出来ない
気マズい……なんてもんじゃない。
写真部の部室から出て。上沢と別れて、二人きりになってから。
涼弥が、うんともすんとも言わない……!
いや。違うか?
返事しないわけじゃない……俺も無言のままだからさ。
なぜなら。
何て言っていいか、わからないんじゃない。
なんか……何も言っちゃダメな雰囲気で。
気のせいじゃないよ?
一瞬、目が合っても即逸らされるし。
何も言うなオーラ……発してる感じ。
口開いたら、何言うかわからないから閉じてる……感じ。
俺を責めて怒鳴っちゃいそうなのか?
当然だな。
だから、涼弥が話したくなるまで待とう……って。
意気地ないね俺。
溜息さえ飲み込みつつ。昇降口、校門と過ぎた。
言葉は交わさず。でも、隣を歩いてる。一緒に、歩いてる……これだけでもホッとする。
気マズさを差し引いても。
涼弥が俺に怒ってても。
今、横にいてくれるなら……来週も来年も、俺たちは一緒に歩いてる。
「ごめんな」
先に限界がきた。
「今日は、ほんとに……ごめん」
普段の帰りより遅い時間のため、そこそこ混んでる電車の中。ガラス扉に映る涼弥の瞳を見て繰り返す。
「俺のせいで、お前まで……」
「將梧 」
涼弥の低い声。
「あとで……もう少し……待ってくれ」
何を? とは聞かず。ガラス面の中で、俺を見つめる涼弥に頷いた。
改札を抜け、住宅街を行く。
それぞれの家への別れ道にある公園……を通り過ぎる。
てっきり、ここで話をすると思ってた俺は。
人気のないベンチを、名残惜し気に視界に残しながら歩く。
「將梧。いったん、うちに寄る」
「え?」
いったん? 寄るって……何? 帰るんじゃなく?
「おい……涼弥!」
腕を引かれ、涼弥の家への道に進みながら。
「俺がお前んち、寄るってことか?」
「いや」
「じゃあ、誰が……?」
「俺だ」
問うてみるも、要領を得ない。
「自分ちだろ。寄るって何だよ。どっか行くのか?」
涼弥が足を止めて俺をまっすぐに見る。
「今夜はお前のところに泊まる」
「は……!?」
え? 泊まる? うちに……!?
「え……何? どういう……」
「お前を!」
いきなりの涼弥の大声が、日の落ちた住宅街に響いた。
「ひとりに出来ねぇだろ、今夜は。お前を……ひとりで眠らせられるか」
声を落として続ける涼弥と見つめ合う。その瞳に映り込む街灯が滲む。
「デカい口叩いといて、お前を守れなかった。ごめん……將梧……ごめんな……瓜生が来なけりゃ……お前……っ」
涼弥……。
俺から背けた顔を右手で覆い、俺を掴む左手を微かに震わせる涼弥は……。
上向いて泣くのか。声もなく……俺のために。
お前のせいじゃないのに……!
カバンを放り、両手を涼弥の首に回してこっちを向かせる。
「見ろよ。俺は大丈夫だ。やられてない」
涼弥の目から、涙がこぼれる。ひとしずく。
「たとえ、もし、助けが間に合わなかったとしても。お前がいれば……俺は大丈夫だ。お前が俺を、好きでいてくれるなら」
自信はなかった。
自分の警戒不足でレイプされたら、俺に愛想尽かすかもしれない。
生理的に、俺に触れたくなくなるかも……。
今だって。
キスしたい。けど、涼弥がしたくなかったら……とか思っちゃって。
南海 にやられてはいないけどキスされたし、桝田 とも……。
「俺が……お前を、好きじゃなくなる日は……来ねぇ……」
濡れた瞳で涼弥が言った。
「そんな日来ねぇぞ……何があってもだ」
堪らず。
涼弥を引き寄せて唇を重ねた。
「好きだ」
少し離した唇の隙間からそれだけ伝え、涼弥の口内に舌を捻じ込んだ。
熱い舌が、俺に応える。
涼弥とのキスは、俺のすべてが喜ぶ行為だ。
ここがどこでも。
誰かに見られてもかまわない……。
リリリリリンッ!
突然のベル音に。
絡ませた舌と唇をバッと放し、音のしたほうを見る俺と涼弥。
何だよ! これからってとこなの……に……あ。
公園脇のこの道を、駅から家に向かってるであろう住民がいた。
一時停止した自転車に、20歳そこそこに見えるジーンズ姿の女。腰に手をあて……俺たちを睨んでる。
何だよ、は……向こうのセリフだ。
公道で。
俺が見られてかまわなくても、目に入る側は……かまうだろ。他人のイチャイチャ、見たくない人も時も場合もある。
男子高校生同士のなら、なおさらか。
「すみません……」
我に返り、ちょっと頭を下げて道を開けた。涼弥も俺に倣う。
女は、明らかにわざと溜息をついてから自転車のペダルを踏んだ。通り過ぎてすぐ、振り返らないまま片手を上げてヒラヒラさせた。
自転車の女が視界から消えるまで見送り、涼弥と顔を見合わせる。
もう、気マズくない。
涼弥の表情も穏やか。俺のも、きっと。
「將梧。やっぱり先にお前を家に送る」
「え……?」
「そのあと、家帰って飯食って。風呂入ってからそっちに行く」
「あ……じゃあ、まっすぐ家帰れよ。俺はひとりでいいだろ」
「そ……」
反論しかけた涼弥に続ける。
「今日のことは本当に反省してる。二度と騙されない」
真剣に伝える。
俺がバカなせいで、苦しませない。
俺がマヌケなせいで、泣かせない。
もう二度と。
「ひとりで家帰るのも心配になるほど、俺……お前の信用失くしたか?」
これはちょっとズルい言い方だって思う……けど。
ここまで心配させたままじゃ、涼弥の神経が参っちゃうだろ……!
「大丈夫だ。心配するな」
「……わかった」
涼弥の瞳から、不安の色がキレイサッパリ消えたわけじゃない。
俺が狂わせた、涼弥の心配の基準……戻さなきゃな。
「10時前には行ける」
「ん。うちの親、今日はたぶん遅くなんないからさ。お前が来るって先に言っとく」
いきなり涼弥が家に来ても、特に問題ないだろうけど。
つき合ってるの知られてるんだから、エロ目的じゃないって言っておかないと……だよね?
「俺も親父さんにキッチリ頼むぞ。やましいことはしない。ひとりにしたくないから、泊まらせてほしいってな」
「お前が一緒に寝てくれるの……安心する」
嘘じゃないよ。
ただ、たぶん……涼弥が思ってるほど俺、ダメージは負ってない。
春のレイプ未遂の時より、全然平気だ。
まぁ、やられそうになってボロボロ泣いたし、今回も未遂で済んだから言えることかもしれないけども。
涼弥が今夜、俺をひとりにしないって思ってくれて。実際に泊まりに来るのは、すごく嬉しい。
そして。
俺が。
今夜、涼弥をひとりで眠らせるなんて出来ない……ほとんど見たことない涙見て、そう思った。
「ありがとな。待ってるよ」
ともだちにシェアしよう!