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38-1 ひとりに出来ない

 気マズい……なんてもんじゃない。  写真部の部室から出て。上沢と別れて、二人きりになってから。  涼弥が、うんともすんとも言わない……!  いや。違うか?  返事しないわけじゃない……俺も無言のままだからさ。  なぜなら。  何て言っていいか、わからないんじゃない。  なんか……何も言っちゃダメな雰囲気で。  気のせいじゃないよ?  一瞬、目が合っても即逸らされるし。  何も言うなオーラ……発してる感じ。  口開いたら、何言うかわからないから閉じてる……感じ。  俺を責めて怒鳴っちゃいそうなのか?  当然だな。  だから、涼弥が話したくなるまで待とう……って。  意気地ないね俺。  溜息さえ飲み込みつつ。昇降口、校門と過ぎた。  言葉は交わさず。でも、隣を歩いてる。一緒に、歩いてる……これだけでもホッとする。  気マズさを差し引いても。  涼弥が俺に怒ってても。  今、横にいてくれるなら……来週も来年も、俺たちは一緒に歩いてる。   「ごめんな」  先に限界がきた。 「今日は、ほんとに……ごめん」  普段の帰りより遅い時間のため、そこそこ混んでる電車の中。ガラス扉に映る涼弥の瞳を見て繰り返す。 「俺のせいで、お前まで……」 「將梧(そうご)」  涼弥の低い声。 「あとで……もう少し……待ってくれ」  何を? とは聞かず。ガラス面の中で、俺を見つめる涼弥に頷いた。  改札を抜け、住宅街を行く。  それぞれの家への別れ道にある公園……を通り過ぎる。  てっきり、ここで話をすると思ってた俺は。  人気のないベンチを、名残惜し気に視界に残しながら歩く。 「將梧。いったん、うちに寄る」 「え?」  いったん? 寄るって……何? 帰るんじゃなく? 「おい……涼弥!」  腕を引かれ、涼弥の家への道に進みながら。 「俺がお前んち、寄るってことか?」 「いや」 「じゃあ、誰が……?」 「俺だ」  問うてみるも、要領を得ない。 「自分ちだろ。寄るって何だよ。どっか行くのか?」  涼弥が足を止めて俺をまっすぐに見る。 「今夜はお前のところに泊まる」 「は……!?」  え? 泊まる? うちに……!? 「え……何? どういう……」 「お前を!」  いきなりの涼弥の大声が、日の落ちた住宅街に響いた。 「ひとりに出来ねぇだろ、今夜は。お前を……ひとりで眠らせられるか」  声を落として続ける涼弥と見つめ合う。その瞳に映り込む街灯が滲む。 「デカい口叩いといて、お前を守れなかった。ごめん……將梧……ごめんな……瓜生が来なけりゃ……お前……っ」  涼弥……。  俺から背けた顔を右手で覆い、俺を掴む左手を微かに震わせる涼弥は……。  上向いて泣くのか。声もなく……俺のために。  お前のせいじゃないのに……!  カバンを放り、両手を涼弥の首に回してこっちを向かせる。 「見ろよ。俺は大丈夫だ。やられてない」  涼弥の目から、涙がこぼれる。ひとしずく。 「たとえ、もし、助けが間に合わなかったとしても。お前がいれば……俺は大丈夫だ。お前が俺を、好きでいてくれるなら」  自信はなかった。  自分の警戒不足でレイプされたら、俺に愛想尽かすかもしれない。  生理的に、俺に触れたくなくなるかも……。  今だって。  キスしたい。けど、涼弥がしたくなかったら……とか思っちゃって。  南海(みなみ)にやられてはいないけどキスされたし、桝田(ますだ)とも……。 「俺が……お前を、好きじゃなくなる日は……来ねぇ……」  濡れた瞳で涼弥が言った。 「そんな日来ねぇぞ……何があってもだ」  堪らず。  涼弥を引き寄せて唇を重ねた。 「好きだ」  少し離した唇の隙間からそれだけ伝え、涼弥の口内に舌を捻じ込んだ。  熱い舌が、俺に応える。  涼弥とのキスは、俺のすべてが喜ぶ行為だ。  ここがどこでも。  誰かに見られてもかまわない……。  リリリリリンッ!  突然のベル音に。  絡ませた舌と唇をバッと放し、音のしたほうを見る俺と涼弥。  何だよ! これからってとこなの……に……あ。  公園脇のこの道を、駅から家に向かってるであろう住民がいた。  一時停止した自転車に、20歳そこそこに見えるジーンズ姿の女。腰に手をあて……俺たちを睨んでる。  何だよ、は……向こうのセリフだ。  公道で。  俺が見られてかまわなくても、目に入る側は……かまうだろ。他人のイチャイチャ、見たくない人も時も場合もある。  男子高校生同士のなら、なおさらか。 「すみません……」  我に返り、ちょっと頭を下げて道を開けた。涼弥も俺に倣う。  女は、明らかにわざと溜息をついてから自転車のペダルを踏んだ。通り過ぎてすぐ、振り返らないまま片手を上げてヒラヒラさせた。  自転車の女が視界から消えるまで見送り、涼弥と顔を見合わせる。  もう、気マズくない。  涼弥の表情も穏やか。俺のも、きっと。 「將梧。やっぱり先にお前を家に送る」 「え……?」 「そのあと、家帰って飯食って。風呂入ってからそっちに行く」 「あ……じゃあ、まっすぐ家帰れよ。俺はひとりでいいだろ」 「そ……」  反論しかけた涼弥に続ける。 「今日のことは本当に反省してる。二度と騙されない」  真剣に伝える。  俺がバカなせいで、苦しませない。  俺がマヌケなせいで、泣かせない。  もう二度と。 「ひとりで家帰るのも心配になるほど、俺……お前の信用失くしたか?」  これはちょっとズルい言い方だって思う……けど。  ここまで心配させたままじゃ、涼弥の神経が参っちゃうだろ……! 「大丈夫だ。心配するな」 「……わかった」  涼弥の瞳から、不安の色がキレイサッパリ消えたわけじゃない。  俺が狂わせた、涼弥の心配の基準……戻さなきゃな。  「10時前には行ける」 「ん。うちの親、今日はたぶん遅くなんないからさ。お前が来るって先に言っとく」  いきなり涼弥が家に来ても、特に問題ないだろうけど。  つき合ってるの知られてるんだから、エロ目的じゃないって言っておかないと……だよね? 「俺も親父さんにキッチリ頼むぞ。やましいことはしない。ひとりにしたくないから、泊まらせてほしいってな」 「お前が一緒に寝てくれるの……安心する」    嘘じゃないよ。  ただ、たぶん……涼弥が思ってるほど俺、ダメージは負ってない。  春のレイプ未遂の時より、全然平気だ。  まぁ、やられそうになってボロボロ泣いたし、今回も未遂で済んだから言えることかもしれないけども。  涼弥が今夜、俺をひとりにしないって思ってくれて。実際に泊まりに来るのは、すごく嬉しい。  そして。   俺が。  今夜、涼弥をひとりで眠らせるなんて出来ない……ほとんど見たことない涙見て、そう思った。 「ありがとな。待ってるよ」

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