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38-2 今夜、泊めてください

 家に帰り、パスタとサラダの夕飯を沙羅と食べた。  食事中、腐仲間の誘いにとりあえずオーケーを出した。  日曜日空いてたら集まらないかって、深音(みお)から連絡が来てるって聞いて。この土日に急用が出来たって、涼弥がメールしてきたのを思い出したから。  いろいろあって忘れてたけど。急用が何か、ちゃんと聞かなきゃね。  勝手な憶測とか誤解とか……特に今はダメだろ。  相手のことわかってるって思い込むのと、本当のところと……信じるのは別だよな。    涼弥が作ってくれた、今夜の時間。  わからないことは聞こう。  知りたいことは聞こう。  そして。  話そう……何でも。 「あのさ。涼弥が今から来る」  リビングで食後のコーヒーを飲みながら、沙羅に言う。 「泊りに」 「え? 泊まるの?」  さすがに、驚いた顔を向ける沙羅。 「お母さんたち、今日は帰ってくるのに? みんないる家ではちょっと……」 「違う。エロはなしで」  首を傾げて俺を見つめる沙羅に、説明するべきか……ざっくりと。 「俺、今日知り合った先輩に……レイプされそうになってさ」 「え……!?」 「助けが来たから、大丈夫だったんだけど……」  痛ましげに眉を寄せる沙羅に、急いで続ける。 「いきなり襲ってきたとかじゃなくて。俺が甘くて騙された感じで、涼弥も巻き込んじゃって……すげー心配させちゃって。てか、今もしてるから……」 「当然でしょ。だから、そばにいたいんだ」 「うん。一緒にいてくれる。俺もそうしたい。涼弥……なんか、俺よりダメージ受けてるっぽくて」 「それだけ將梧(そうご)のこと、大切なのよ」  持ってたマグをテーブルに置いて、沙羅が身を乗り出した。 「大丈夫?」 「大丈夫」  無理にじゃなく唇の端を上げる。  じいっと、俺の瞳を観察するように覗き込んだあと。息をついて、沙羅がソファに座り直す。 「悪いな。嫌な話で」 「ううん。でも、よかった」  どういう経緯でとか状況とか、どう未遂で済んだのかとか。沙羅は詳しく聞いてこなかった。  俺への家族愛と分別が、腐女子の性質に勝ってくれてありがたい。 「レイプなんて、する人間がおかしいし最低だけど。これからは、しっかり気をつけてね」 「ん。そうする」 「涼弥は大丈夫かな」 「大丈夫。俺がいる」  沙羅が目を細めて笑みを浮かべる。 「そうね。うまくいってるみたいで安心」 「お前はいってないのか? 樹生(いつき)と。うまく」 「いってるわよ。明日会うの」 「そうか」 「樹生って……名前で呼ぶほど仲良しになったんだ」 「うん。素の俺でつき合うことにした。樹生、いいヤツだよな。まぁ、女癖は悪いけど」 「そこが問題。だけど、小さな問題にしてくから」  沙羅の力強い口調と瞳に、俺も安心した。 「がんばれ。あ! 俺、風呂入んないと。涼弥は10時前には来るっつってたし……」  時計を見る。9時10分。 「父さんたちに言っとくつもりなんだけど、まだかな」 「そろそろじゃない?」  涼弥と両親が顔合わせる時に、俺がいないのはマズいだろ。 「サッと入ってくる」  急いで着替えを取って風呂場へ向かった。  シャワーで済ました風呂を終えて出ると、楽しげな母親の声が聞こえる。  両親が帰ってることにホッとして。タオルで髪を拭きながら、まずはキッチンで冷蔵庫から水のペットボトルを出して飲んだ。  涼弥が突然うちに泊まる理由は、ちょっとぼかして話すとして……。  エロいことしないってキッチリ言うのは、よけいか……って!  足を進めて視界に入ったリビングに。  もういるじゃん……!  涼弥がいた。 「將梧! 涼弥が来てるわよ」  俺を見つけた母さんが、嬉しそうに呼ぶ。隣で沙羅が小さく肩を竦めた。二人の正面に涼弥。3人とも立ったままだ。 「あ……うん」  来てるね。  俺とつき合うって知ってから初対面でも、普通に歓迎ムードで何より……。  ほんのり不自然な笑みを浮かべて振り向いた涼弥に頷いた。  大丈夫。  でも、ごめん。お前が泊るって言えてないや。 「お帰り。父さんは?」 「車入れてるわ。今帰ったところなの。ちょうど、涼弥がうちの前にいて」  尋ねる俺に、母さんがニコニコ顔で答える。 「將梧がいないうちに、いろいろ聞こうと思ってたのに」 「やめよう、それ」  そこに、父さんが入ってきた。 「お帰りなさい」 「お帰り」 「こんばんは……遅くにすみません」  沙羅と俺が出迎えの挨拶を。涼弥が夜の訪問の挨拶をすると。 「ただいま」  父さんの視線が涼弥に留まる。 「この時間に、どうしました? 何か急用でも?」 「いえ……あ……」  涼弥が一瞬俺を見やり、息を吸う。 「あのさ、今日……」 「今夜。泊めてください」  説明しようとした俺より大きな声で、涼弥が言った。 「どうしても、將梧のそばにいたい……です」  数秒の間。  涼弥は父さんから目を逸らさない。 「理由を聞いてもいいかな」  父さんも、涼弥を見つめたまま。 「言いたくなければ、言わなくていい」 「今日、嫌なことがあって……落ち込んでるから、ひとりにしたくない」 「……將梧?」  父さんが俺を見る。  素早く深呼吸して。 「嫌な目にあったのは自分のせいもあるし、涼弥にすごく心配かけた。だから、ちょっと気が滅入ってる。俺が、一緒にいたいんだ」 「そうですか……」  考えるように顎に手をやる父さんと俺を交互に見やり、涼弥が口を開く。 「何もしない。ただ、一緒に、安心して寝てほしいだけだ。ダメだって言われても帰らない」 「本当に。見られて困ることはしないから」  俺も続ける。 「お願いします」  エロ目的じゃないのを強調する俺たちに、父さんが笑った。 「涼弥くんが泊るのはかまいません。家族が居心地悪くなるような行為はしないというのも信じます」  とりあえずホッとする。 「僕がダメと言う理由はないでしょう」 「けどさ、何か考えてるみたいだったから」 「涼弥くんのほうがしんどそうに見えたのでね。安心が必要なのは彼なんじゃないかと」  そうだ。この人は、人を観察するのが得意だった。 「しっかり安心させなさい。もちろん、きみもね。嫌なことがあっても、それに囚われないように。大切なものにフォーカスしたほうがいい」 「うん。ありがとう」  父さんが微笑んで頷いた。 「涼弥くん」 「はい」 「ぐっすり眠ってください。今日は、いきなりドアを開けたりしません」 「は……い」  返事をした涼弥が、救いを求めるように俺を見る。  大丈夫だって。  そう言う前に、母さんが手を叩いた。 「お布団敷かなきゃ。この前、將梧と一緒にベッドで寝て狭かったでしょ? 男二人じゃ、窮屈よね」 「あ……え……と……」  はい、とも言えない涼弥の様子に、沙羅が笑みをこぼす。 「俺がやる。もう上行くから」  ただでさえいっぱいいっぱいの涼弥を、早く救出しなきゃな。 「もう? みんなでおやつでも食べない?」 「いや……夕飯食べたばっかだし」  夜だし。寝るし。涼弥がキツイし。 「そう。残念だわ。また今度ゆっくり。ね?」 「はい……」  笑顔の母さんに、かろうじて涼弥が微笑み返す。 「じゃあ……お疲れ。おやすみなさい」  向けられる視線の中。  ペコリと頭を下げた涼弥を連れて、ようやくリビングを後にした。

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