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38-3 何でだ?

 2階の自室に入ってドアを閉めた途端。  ボディバッグを落とし、涼弥が頭を抱えてしゃがみ込んだ。  あ……れ? ここは抱きしめてくれる場面じゃないのか……?  学校からこっち、やっとほかに誰もいない。誰も現れないとこに二人きりよ?   「涼弥? どうした?」 「お前の……」  涼弥の正面に膝をついて、俯いた顔に耳を寄せる。 「俺の……?」 「親父さん……苦手だ。最後の……やっぱり先週の……ってより、俺がお前とって……気に食わねぇんじゃ……」 「は? 最後……」 『ぐっすり眠ってください。今日は、いきなりドアを開けたりしません』 「あれ、イヤミじゃなくて普通に言ってるだけ。イヤミなら……今日はノックしてからドアを開けます、開けてマズい状況がないといいですけどね。みたいになるはず」  涼弥が顔を上げた。 「大丈夫。父さんはお前のこと心配してたろ。俺も、心配だ。お前……まだなんか不安か?」 「俺じゃない。お前が心配なんだ」 「だからそれ。俺の心配するお前が心配なの」  あー……言葉じゃダメだ。  涼弥の身体を後ろに押して。床に尻をついた涼弥をぎゅっとする。 「心配させてごめん。こんな心配は、二度とさせない」  俺に回した涼弥の腕に、力がこもる。 「無理だ……」  え……そんな……。 「俺、もう絶対騙されないからさ」 「絶対なんかない」 「最大限に気をつけるよ」 「それでもだ」  信用ねーな俺。 「それだけじゃないぞ」  涼弥が腕を解いて身体を起こし、目線を合わせる。 「あいつ、前の時の野郎の……ダチなんだってな」  南海(みなみ)は、ナオ先輩の……。 「聞いたのか」 「ああ。今日も縛られて、マジでやられるって……怖かっただろ。南海がお前床に下ろしたとこで画面消えて、先は見てないが……」  映像、桝田(ますだ)が見せないでくれたんだ……。 「どこまでされた?」 「……ローションつけた手で触られたけど、指挿れられる前に瓜生(くりゅう)が来た」 「俺が助けたかった……くそッ」 「お前が南海についてったの、俺のせいだろ。俺が捕まってる画見せられて、だからおとなしく?」 「ヘタに動きゃ、お前がどうなるかわかんねぇっつわれて……逆に質にされてりゃ世話ねぇな。騙されたのは俺もだ。ごめん……」  涼弥が手を伸ばして俺の頬に触る。 「平気じゃないだろ? 前の思い出しちまったよな。しかも、やられるってわかって待ってたんだ」 「もう平気だよ。お前がいるから。もう、お前を苦しめないから」 「……何でだ? 何で南海とやるって言った?」  俺から手を離した涼弥が、苦々し気な口調で聞いた。 「俺がヤツとやれば済んだだろ。そっちにいた桝田が何もしない保証はないが……」 「は!? 何が済むんだ? 俺が無事ならいいのか? 全然済まねーよ! バカ言うな」  ちょっと声を荒げた。 「お前がやられなけりゃいい。俺はそんなのどうともない。やってもやられても、あばらのヒビと変わらないぞ」 「んなわけあるか! ムリヤリあんなこと……」 「わかってねぇな。俺ならレイプにゃならねぇ。お前やられるくらいなら、喜んでやってやるっつってんだよ。なのにお前が……」 「なんっで! 俺も同じだって思わねーの!?」  だいぶ、声を荒げた。 「喜んではやれないけど。レイプされてる気にはなるだろうけど。実際、やめろっつったし、怖くて震えたけど!」  眉を寄せる涼弥に、わかってほしくて。 「俺だって、お前がやられるのは嫌だ。俺が選べるなら、お前を傷つけないほうにする。お前守れるなら、俺につく傷なんてない」 「お前がつらいほうがつらいんだよ!」  涼弥も怒鳴る。 「いい加減わかれ!」  コンコンと、ノックの音。 「声大き過ぎ。お父さんたちは今お風呂だけど、もう少し静かに話したほうがいいわよ」  沙羅がドア越しに忠告する。  エキサイトして……かなり大声出しちゃってたか……。 「言いたいこと言い合ったら、ちゃんと仲直りしてね。おやすみ」 「うん……ありがと。おやすみ」  中断されて、ちょっと冷静になった。 「わかってるよ。俺も同じ。だから……自分が選べる立場だから、そうした。これが逆でお前が選んでたら、俺が何言っても変えないだろ。お前も」  涼弥の瞳を見て。言おう。 「甘い計算もしてた。お前のとこには水本もいて隙がないけど、こっちは南海だけならなんとかなるかもって。やるなら、足は解くはず。逃げるチャンスはあるはず……ってさ」 「……なかっただろ」  涼弥も俺の瞳を見つめる。 「やられてたら、お前に触れなかったかも知んねぇな」 「それ……考えて怖かった。お前に嫌がられたら俺……」  さすがにつら過ぎる……あ。ヤバ……女々しく泣きそ……。 「おい! 何勘違いしてんだ!?」  つい視線を落とした俺に、涼弥の大声が降る。 「声、下げろ。外に聞こえる」  見ると、涼弥の怒り顔。 「何……?」 「將梧(そうご)。俺がお前を嫌になるわけねぇって、何べん言やわかる?」 「いや、だって今……俺にさわ……」 「触れないだろ。お前、人に触られんのも怖がるかもしれねぇ……思い出しちまってよ」  あ……そういう……意味で……。 「お前とやりたい俺といちゃ、お前がつらいかもしんねぇ。俺は……たとえお前がウリ専やってても、触りたい」  ウリ専って……男娼!? 「待て。お前、それ許せるのか?」 「許すと思うか?」 「……思わない」 「俺が言いたいのは……たとえ、もし、誰に何されようが……俺にとってのお前の価値が下がるなんてあり得ねぇ。そんなの考えるなってことだ」  涼弥の瞳が強く俺を映す。  何を……怖がってたんだ俺は……! 「俺さ。南海から逃げられないってなった時、レイプされるのもだけど……これがお前を苦しめる、お前は俺を許さないって思って怖かった。すごく」 「俺が苦しいのは、お前が苦しいからだ」 「うん」 「今日許せねぇのは、あいつだ」 「うん。あと……お前、怒るかもしれないけど……」  息を吸う。 「俺……お前とセックスしとけばよかったって思った。お前が胸痛くても何でも。ほかのヤツにやられるなら、お前に……お前とやればよかった。お前がいい……って、遅いよな。タラレバだ」 「……俺のはもっとひどいぞ」  涼弥が再び、俺の顔に手を伸ばす。頬に触れる手が熱い。 「何でやっちまわなかったんだ。ダメだなんだ言っても、お前が本気で嫌がるわけない。どうせお前の意思じゃないなら、俺にやられたほうがマシだ」  何か言おうと口を開けた。 「怒っていい。マジで思ったからな」  その言葉に、開けた口の端が上げる。 「涼弥。お前も同じこと考えててよかった」  俺の頬から首筋をなぞってた指先が止まる。 「やろう。来週」 「やる……って……」 「セックス。お前に抱かれたい。骨に響かないように、無理はさせないからさ」  眉間にちょっと皺を寄せた涼弥が、見開いた目で俺を凝視する。 「あんな思いは……二度としない。お前にもさせない」  視線を絡めたまま、涼弥にキスしようと顔を近づける。  唇が重なる前に、首からうなじに回った熱い手に引き寄せられた。

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