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38-4 キスした、ごめん
しょっぱなから。
俺たちは舌を絡め合い、深いキスを交わした。
ただ、今求めるのは快感じゃなくて安心感っていうか……照れずに言えば、愛情。
もちろん、気持ちはいい。ペニスもジンとくるんだけど……そこに意識を集中してない感じ。
「んッ……ふ……はぁっ……ん……りょう、や……もう……」
上顎を舐める涼弥の舌を強く吸って、唇の隙間から声を出す。
「ん……やめない、と……」
「は……そうだ、な……んっ」
俺の口内をぐるっと舌でなぞり、涼弥が唇を離した。
「つらくなるか……?」
「大丈夫、だけど。お前は?」
ほんのり熱い瞳で、涼弥がちょっと気まり悪そうな顔をする。
「家で抜いてきた」
「え……?」
さっきか? だから、やっぱり飯食って風呂入ってから行く……にしたのか?
「ずるいじゃん!」
ひとりだけスッキリしてきてさ!
そりゃ、いつ抜くのも自由だし、オナるペースは人それぞれだし。今日する予定だったのかもしれないし、毎日かもしれないし。
それに……。
「今夜、ここでは出来ないからだ」
「まぁそう、だよな……ん。なら、よかった」
「けど、お前とこうすりゃいくらでも勃っちまう。何もしないって親父さんに言ったのにな」
「ちょっとくらい、キスはいいだろ」
いったん離した手を、涼弥の首に回す。
「見られて困ることじゃない。うちの親、子どもの前でもキスするからさ。大丈夫……出したくならない程度に、な」
もう一度。
がっつかず興奮せず、好きを確認するようなキスをして。俺たちはやっと落ち着いて話せる状態まで、お互いを安心させた。
キッチンで淹れたコーヒーを手に部屋に戻り、あらためて涼弥と向かい合い。
最初に、そもそもの経緯 を話すと。南海 が涼弥に嘘なく教えたらしく、行き違いはなかった。
どうしてあんなことをしたかの理由……俺が桝田 に聞いた内容は、南海に聞かされてなかった涼弥に簡単に話した。
知らない男と部室という密室で、涼弥に告る南海を見張るって決めたことと。その理由が美術室での不意打ちのキスに、不快感を示す涼弥。
「何でそんなぼうっとしてんだ。気をつけてりゃよけれるだろ」
「……ごめん」
謝る。警戒してればよけれたもんな。
「何で俺がよけれないって思う」
俺がよけれなかったから……。
「ごめん」
謝る。
「南海に告られて、俺が何かするとでも思ったのか」
「それはない」
否定する。
「ただ……どんな反応するか、気になった」
「断るだけだろ」
「でもさ。気になっちゃったんだよ……ごめん」
謝る。
涼弥が息をついた。天を仰いで俺を見る。その瞳に、不快の代わりに悲痛の色が差す。
「写真部で、桝田と二人だと思ったら……水本がいたんだな」
「うん……」
「あいつがお前を縛りつけて、そのあと俺のほうに来たのか」
「そう……」
「なら、そっからは俺のせいだ」
「何で……」
「桝田ひとりなら、逃げられる可能性あったろ。水本がいなけりゃ、こんな計画うまくいかなかったはずだ」
「……南海に騙されたのは俺だよ」
「俺もまんまと騙されちまった」
その言葉に眉を寄せた。
「お前が捕まってるだけなら、南海に場所吐かせりゃいい。狙いが俺でもお前でも、南海と桝田二人ならどうにでもなるが……」
険しい表情で、涼弥が拳を握りしめる。
「水本に俺を連れてくるように頼まれたって言ったんだ。そのために、お前を捕らえてあるってな」
「南海が? で、行ったら……」
「誰もいない。おとなしくイスに括られりゃ、お前には何もしないっつわれて……そうした」
「しょうがないだろ。水本がやってることだって思ったらさ」
「アッサリそう思わされた俺がバカだ」
「水本が来て、俺の映像見せられて……南海の思惑知ったのか」
涼弥が合わせてた目を少しずらした。向かい合う俺との間の空を見るみたいに。
「もともと、お前をやるための計画だったってほざきやがった。水本は、俺が何も出来ねぇで悔しがるとこを見物するのに手を貸しただと……死ぬほど後悔した」
「涼弥……」
「水本がやるなら、ただの暴力だ。お前が痛めつけられんのはそりゃ嫌だが……耐えられる」
涼弥が視界の焦点を俺に戻す。
「南海がお前をレイプする。それを見てろって……無理だ。狂っちまう」
俺も、耐えられないと思った。
逃げるチャンスがなくなって、どうしようもなくなった時……涼弥に見られるのは、涼弥を苦しめるのは。
「南海に俺でもかまわねぇって言われて助かった。なのに、お前が……」
「さっき言ったろ。俺も同じ気持ちで、俺に選択権があったから……でも、ごめん」
自分の選択が間違ってたとは思わない。
ただ、涼弥を思いっきり苦しめた。
「もういっこ、謝ることがある」
この話の流れで、言うのがいい。
「桝田とキスした。ごめん」
涼弥が薄く作り笑い。
「俺もした。南海と」
「それじゃない。南海がそっち出てってからのやつ。桝田が、カメラに背向けてくれたから見えてないと思う」
「何で謝る」
「頼み聞いてほしくてしたんだ。一方的にされたんじゃなく」
空いた間に、涼弥が考えたことはわからない。
「何を?」
「……お前のほう行ったら、こっちの映像……見えないようにしてくれ。そう言ったら、わかったって……キスした」
見つめる涼弥の瞳が、笑った……?
「責める気は……」
「ない。俺もした」
「え……?」
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