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38-5 早くやりたいな
「南海 と……?」
少なからず驚く俺に、涼弥が軽く頷く。
「やるのは俺でもいいって言った時。俺にしろって何度言っても、お前に決めさせるっつうからよ。その前に話させてくれって……俺も頼んだ」
「電話でちょっと話した……あのためか?」
「噛みつかねぇで気持ちいいキスしてくれたらって言われりゃ、するだろ。水本の野郎……プライド捨てて媚びる真似なんざ、お前にゃ出来っこねぇって鼻で笑ったが……」
涼弥が言葉を切った。
「お前のために、俺に出来ねぇことなんかねぇぞ。やれって言や、水本のちんぽでもしゃぶってやる」
そ……こまで……!?
でも。
きっと俺もする。守れるなら、屈辱なんかどうでもいい。
「うん……俺も」
「何言ってる。お前はダメだ」
口を半開く俺に。
「そんなことさせられるか」
真顔でのたまう涼弥。
「勝手だな」
笑った。
「悪いか?」
「いや。俺も勝手にする」
「將梧 ……」
ちょっと焦った感じの涼弥に、意地悪な問いをひとつ。
「したのか。気持ちのいいキス。南海と」
「……お前と話せたくらいには」
「あ……そう……」
聞いといてなんだけど……。
「妬けるか?」
「うん……て。嬉しそうにするな」
笑みを浮かべつつ、涼弥が深い息を吐く。
「お前も、桝田 と……」
「あの時、俺に出来ることはしたかったんだ。せめて、桝田に映像切ってもらいたかった」
「わかっちゃいるがムカつく」
「うん」
「まぁ、おかげで水本はもうお前をマトにしない」
「そういや和解って……」
「一応な。あいつとやり合うのはもうコリゴリだ。今日のことで満足したらしい」
首を傾げる俺に、溜息まじりに答える涼弥。
「実際にゃやられなかったが、お前を助けられねぇ俺を見て……十分楽しんで気が済んだんだろ」
「お前が苦しむの見て?」
「ああ。キレて叫んで、しまいにゃお願いした。水本と二人の間、何でもするから自由にしてくれって……頭下げてな」
「……ムダだったのか」
「桝田が来る前に、お前の居場所は聞けた。そのあとすぐ、上沢だ。なかなかテープ切らねぇで、先に和解しろだ」
「じゃなきゃお前、水本と桝田に殴りかかったろ」
「どっちにしろ一発ずつだ。時間が惜しい。お前のとこに瓜生 が来たの知らなかったからよ」
「和解の条件は?」
「二度とお前に手出ししない」
「こっちは?」
「今日の報復はしない」
う……フェアなのかそうでないのか……。
「よく同意したな」
「とにかく早くそっち行くためだ。お前がやられてたら、3人ともただじゃおかねぇ。和解なんか知るか」
だよね。
最低なヤツとの約束事、守る義理も価値もなくていい。
「マジでよかった……瓜生が気づいて……間に合って……」
涼弥が再び悲痛げな瞳を俺に向ける。
「ん……よかった」
何度でもそう言って、不安だった記憶が薄まればいい。安心してほしい。
「桝田が……南海はいきなり突っ込んだりしない。だから、間に合うっつったけどよ。んなの、信じられねぇ。お前見るまで生きた心地しなかった」
桝田は、瓜生に俺の救助を頼んであったから……このこと、涼弥にも言っていいよな?
「瓜生が来たのは偶然じゃない」
「な……じゃ、何だ……?」
「桝田が電話したんだ。急いで写真部に行ってくれって。瓜生に聞いた」
目を瞬いて、涼弥が眉を寄せる。
「何でだ? 南海とつるんでお前をハメたヤツが……?」
「逃がしてはくれなかった。でも、南海と入れ替わりに出てってすぐ、助けが来るように……誰にもにバレずにさ。俺に教えたのは瓜生の善意だ」
「何で助けたんだ?」
ナオ先輩のことで、南海が歪んでるのを知ってるから。
俺が涼弥を思ってるのを知ってるから。
俺に同情してくれたから。
ギリギリで正義感が勝ったから。
どれもあるけど……。
「俺に好意を持ってくれてるから」
涼弥を見つめる。
嘘は、俺たちの距離を離す……今はなしだ。
「だと思う」
涼弥も俺を見つめる。
「將梧……こっち来い」
間に挟んだテーブルの向こうに行く。
横向きになって広げた涼弥の両手の中に入る。
「ムカつくが、桝田に感謝だ。お前は絶対渡さねぇけどよ」
「行かない。ここにいる……ずっとな」
涼弥の背に腕を回す。
「お前もいろよ。ここに」
笑みを浮かべた涼弥が、俺の額に自分のをつける。
あったかい。
おでこをくっつけて、ゆるく抱きしめ合う。今は、これで十分……。
「抱きたい」
おい……。
安心感に包まれる俺に、涼弥のその言葉。
「お前に突っ込みたい」
なぁ。
俺が、じんわりほっこり気分に浸ってるというのに……んな生々しい直なセリフってさぁ……。
額を離して涼弥の瞳を覗く。
熱い。
俺をほしがってる。
けど……欲情してるんじゃない。
エロ全開には程遠い。
あー……そうか……。
今、そう言えるくらい……俺が自分のモノだって、安心してるのか。
安心……したなら嬉しい。
「ん。早くやりたいな」
ほんとに。今が一番そう思ってる。性欲的にってより、精神的に。
で、そういう時は、すぐに実行出来ないのもデフォか。
涼弥の隣に座り直す。
「お前、明日あさっては急用なんだろ?」
尋ねると、明るかった涼弥の顔が曇った。
「ああ……」
続きを待つ。
これは聞かないと。
土日に急用が出来た、夜電話するってメールが来て。会って話せよって思って……今に至ってる。
涼弥がサクッと言わない理由、知らなきゃな。
「中学の頃、武術習ってたろ。同好会ってか、半分遊びみたいなもんだが」
「うん。それ聞いて、俺も学園で空手ちょっとやったんだ」
「二人いた師範のうち、ひとりが悠のじいさんだった」
「へぇ……悠の……」
言いにくいのは、だからか。
「そのじいさんの家に道場があった。そこが、あさって取り壊される」
「そうか……残念だな」
「それ知ったの昨夜遅くで、世話になったヤツらで何かしようってなって……明日、みんなで掃除して、最後に一晩泊まろうってことになった。そのまま、解体すんの見守る。去年死んだじいさんの代わりにな。あと、墓参りだ」
涼弥が息をつく。
「あの頃もうけっこう歳いってたが、おもしろいじいさんでよ。死ぬ前にお前らにケンカの仕方教えてやるって、俺たちに容赦なく技かけやがるんだ」
「いい思い出か?」
「まぁな」
「最後、みんなと楽しく……じいさんの話とかしてさ。そこでのこと、笑って思い出してあげたら、きっと喜ぶ」
その時間を知らない俺に、言えるのはこれくらい。
「悠も、淋しい気分になるだろうから……励ましてやれよ」
あとはこれ。
悠は、涼弥にとって大切な友達のはず。じゃなきゃ……どんな事情があってもセックスはしないと思うから。
「そうだな。將梧……」
微妙な表情の涼弥に。
何でも言えよってふうに、ニッと笑みを見せて励ました。
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