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38-6 安心して眠れ

「お前が気にすると思って、ハッキリ言わなかった」  近い距離で話す涼弥の瞳は、揺れてない。 「集まる仲間は9人だ。俺と悠が二人きりになることはない。なっても、何もない。ジムの時も何もなかった」 「そっか」 「……気にしないのか?」 「するよ。お前とやった男だろ。この前会った時もお前、誘われてたし」  ズバリ言う。 「明日も、慰めてほしいかもな」 「あいつがどうでも、俺は何もしない。そりゃ、友達として元気づけたいって思うが……それで、やるってのはない。絶対だ」 「うん。だから、気にはするけど。そういう心配はしてない」  涼弥が肩の力を抜いたのがわかった。 「心配されるから、面と向かって話したくなかったのか?」 「そうだ。嘘つくつもりはないが、心配するなって言えば言うほど……お前が心配しそうでよ」 「それ。お前がそうなの? 俺が心配するなっつうと、よけい心配してたのか?」  バツの悪い顔をした涼弥が。手で顔を覆い、あーって声を上げる。 「心が狭い。俺……」 「そんなことないだろ」  たまにヤンデレっぽくなるけど、ヤンデレじゃない。まともだ。 「俺がどんなでも嫌いになんないって、広いじゃん」 「いや、狭い。俺の心配が現実になる可能性があるから、するなって言われてる気がしてくる。それに……」  涼弥の瞳がちょっとためらう。 「いざ、お前が心配しないってなると、気に入らない」 「は!? 心配してほしいのか?」 「してほしい……んだろうな、たぶん」 「何だよそれ。お前を信じてるから、心配しないのに……」 「わかってる。けど、俺が心配するくらい、お前にもされたいっつーか……」  子どもみたいにスネた感じの涼弥が……。 「かわいいな、お前」 「は……!?」  笑う俺に、涼弥が不可解そうに眉を寄せる。 「どこがだ。みっともねぇ」 「いいんだ。俺だけが知ってれば。お前の心が狭かろうが広かろうが、それもいい。あ……そうだ」  日曜のこと。 「俺、日曜に深音(みお)と会う。前から行ってる趣味の集まりで。沙羅ともうひとり、夕希(ゆうき)って男と4人のやつ」  涼弥の眉がピクリと動く。 「そういや、そんなのあったな。そいつ……ゲイだったか?」 「でも、夕希は受け……ネコだから」  さっきよりさらに微妙な顔で、涼弥が目を眇める。 「お前、男抱けるだろ」  う……そうだけど……さ。 「だとしても、お前とつき合っててそれはない。あいつは信用出来るし……あ! 俺がやったの、夕希じゃないからな」  じゃあ誰だって聞かれたら困る……っていうか、今その話は……。 「お前のそれと、悠の話はあとだ。まだ、聞きたくない」 「うん……」  涼弥が大きく溜息をついた。 「わかってんだ。お前は浮気なんかしない。あるとすりゃ、今日みたいなどうしようもねぇのだけだって」 「そんなのもなしにするよ」 「お前のことは信じてる。だが……気をつけてくれ」 「ん。お前もな」  作られた涼弥の笑みに、微笑み返す。 「安心、出来たか?」 「ああ……なんとか」 「俺も安心。お前がいる。お前がいい」  涼弥の瞳が熱を帯びる。 「来週、土曜か日曜か……」 「待てねぇ」 「じゃあ、お前の補習全部終わったら。その次の日」 「水曜の追試で終わりだ」 「なら、木曜な。場所は……」 「ここがいい。お前が楽だろ」  そ……れは。精神的に? じゃなく、やったあと俺が移動しなくて済むからか……? 「あ……うん。沙羅に家空けてもらうようにしとく」 「悪いな」 「大丈夫。沙羅は応援してくれてるから。うちはみんな、お前のこと歓迎してたろ」 「おふくろさんの……」 「あれもイヤミはゼロ。素で言ってる。実際、狭いじゃん? お前身体デカいし、俺もちっちゃいわけじゃないしさ。布団敷くか?」 「そっちに一緒に寝ることになるぞ」  真顔で言う涼弥。 「だな。あーでも、床ならはみ出しても落ちないから……少しは広いかも」 「いい。どうせ抱えて寝る」 「ん……もう、寝るか?」  時計を見ると、11時を回ってる。  伸びをして。 「疲れてるだろ。今日は特に……」 「將梧(そうご)。もうひうとつ、謝りたい」  立ち上がろうとして、動きを止めた。  何……まだ、なんかあるの……!?  身構える俺。  安心はした。してるけど……これ以上はキャパが足りないかも……。 「今日、俺……瓜生(くりゅう)に食ってかかったろ。そのせいで風紀になれなかったら、ごめんな」  安堵に目を閉じて開ける。 「脅かすなよ……そんなの、かまわない」 「近くにいたい。役員にはおかしなヤツらが寄ってくるしよ」 「平気だ。つーかさ、まだなるって決まってない。もし、役員になっても。俺には江藤みたいに取り巻きとか来ないし、風紀には玲史と紫道もいるし。あと、上沢が役員になるはず」 「だから、大丈夫ってか?」 「え……うん」 「俺がいなくてもか?」  涼弥が俺を見据える。 「そりゃさ。お前がいたほうが心強いけど! もしもの話でスネるな」 「上沢は俺より強い。頼りになるだろ」 「涼弥。何で上沢をライバル視するんだ? あいつ、江藤しか見てないって」 「ライバルにはならない。お前は俺だけだ」 「わかってんじゃん」 「お前はそうでも、油断ならねぇのはいるぞ」 「ほかに?」 「江藤」 「は……!?」 「今日、お前のこと気にして上沢を寄越したんだってな」 「それは、(かい)の一件の詫びでさ」 「あと……その凱だ」  一瞬。声を出すのが遅れた。 「前に言ったろ。凱は気の合う大切な友達で、恋愛感情はない。あいつも」  涼弥の瞳が一呼吸分、遠くなった……気がした。 「そうだったな」 「凱には感謝してる。会わなかったら俺……お前に好きだって言えないままだったかもしれない。こんなにお前がほしいって、気づかなかったよ。だから……」  おもむろに、涼弥が腰を上げる。 「着替えるから待ってろ。寝るぞ」 「急に……どうした?」 「眠る。起きてる時間少なくすりゃ、早く日が経つ」  言いながら、素早くカーゴパンツとパーカーを脱ぎ。バッグから出したスウェットを穿き。髪を結わえたゴムを外し、笑みを浮かべる涼弥。 「今日は上も着たままだ」 「父さんは来ないよ」 「それでもだ」  立ち上がり、涼弥の胸に手をあてる。 「痛まないか」 「全然平気だ」 「まだ一週間だろ」 「全力で治してるからな」 「ん……ありがとな」  俺たちはベッドに上がった。  毛布の下で。涼弥とくっついて横になり、触れる身体から体温を共有する。 「將梧。安心して眠れ」 「お前も」  涼弥のほうに身体を向ける。 「1分だけ。起きてる時間、増やしていいか?」 「何する時間だ?」 「エロくないキスしたい」 「出来ないだろ、そんなの」 「出来ないことないって言ったじゃん」 「……言ったな」  こっち向きになった涼弥が、俺の首の下に腕を差し込んだ。 「協力しろよ」 「ん……」  重ねた唇を閉じたままじゃいられなかったけど。  出来る限りエロくないキスを、ほんのちょっとだけ交わし。涼弥に後ろから抱えられるようにして目を閉じた。  嫌な出来事があった今日も、明日に変わる前にあったか気分で眠りにつく俺。  悪い日じゃない、いい日になった……よな。

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