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42-2 手出しするヤツは容赦しねぇぞ

 5分くらい歩くうちに、腰の痛みに慣れてきた。  涼弥の腕や肩に掴まってれば、ほぼ通常の速度で歩ける。ゆっくりなら、ひとりでも前屈みにならずヨタヨタしないで進める。  とりあえず、傍から見て『要付き添い状態』から脱したことにホッとした。  電車に乗って降りて。難関のホームから改札口への階段は、いつもは使わないエスカレーターで上って下りた。 「大丈夫か?」 「ん。平気」  今日、もう何度めかのやり取り。 「学校ん中じゃ、そばにいられないが……」 「甘やかすなよ。歩けるし、問題ない」  答えながら、ふと視線を感じて横を見ると。1年らしき3人組と目が合って、逸らされて……何やら楽しげに話しながらチラ見され。  そうだ。  今の俺、隣の男に激しくやられました感アリアリなんだった。  駅から学園への道のりは、うちの生徒たち多数が登校中。 「なぁ……お前、俺とつき合ってるのオープンにしていいんだよな?」 「ああ」  今さら何だって顔の涼弥に確認。 「じゃあ、聞かれたら……お前とやったって言うよ。お前もそうして」 「誰が聞くんだ?」 「今日バレる。俺がこんなだと」  暫し考えた涼弥が笑みを浮かべた。得意げに。 「いいぞ。お前をこうしたのは俺だ。ほかのヤツとは思わせねぇ」  そこ。  嬉しいとこなのか。 「今。俺たち見れば、みんな……お前だって思うから」 「おはよう」  朝の挨拶が聞こえ、声の主が視界に入る。 「まだつらそうだね」  樹生だ。一緒に佐野もいる。 「おはよ……大丈夫。楽になってる」 「將梧(そうご)。お前、こないだ女とやってたのに杉原とって……マジでか?」  本気で驚き顔の佐野に、微笑んだ。 「うん。涼弥とつき合ってる」 「やったのか?」  声。デカいんだよね……佐野は。もう、いいけどさ。 「うん」 「そんな腰いくほど? ガツガツしねぇでやさしくしてやれよ」 「これからはそうする」  佐野の言葉にムッとするかと思いきや、涼弥の機嫌はよいままだ。 「しっかし、お前らがゲイにって……どうなるかわかんねぇな」 「お前もイケるかもしれないぞ」 「じゃあ、將梧と試させてくれ」 「想像するのもダメだ。許さねぇ」 「冗談だろ。心が狭いな」 「狭いかどうか知らないが、將梧でいっぱいだ」  涼弥に向けた佐野の目が、未知の生物を見たふうになってる。 「俺のだ。誰にもやらねぇぞ」 「杉原がこれじゃ……ヤバ。マジで新しい世界行きたくなるわ」 「正親(まさちか)が男好きになるって、想像つかない」  樹生が笑って間に入る。 「俺は女がいい。お前も、今は海咲(みさき)ちゃん一筋だろ?」 「そうそう、海咲。長いこと一筋だ。学祭でキメねぇと」 「がんばれよ」  応援した。  遊び人の一筋の定義にツッコミたくなっても、今日の俺は心が広い……涼弥でいっぱいでも。 「じゃあ、先行くよ。邪魔しちゃ悪いしね」  樹生が佐野を促して、足を速めた。  すでに、校門が見えるところだ。 「佐野のヤツ……」 「俺よりお前のほうが意外みたいだな」  ゲイなのもだけど、硬派っぽいのに独占欲強いデレってのは……ギャップあるね、うん。 「こんな感じで人にバレてくと思うからさ。からかわれても、うまくかわせよ」 「ああ。任せとけ」  まだまだ不機嫌からは遠い涼弥が微笑んだ。  腰が痛かろうが何だろうが、今日の俺たちは満たされてハッピーオーラに包まれてる。  右手を涼弥の左肩にのせて体重をかけさせてもらい、地面に足を着く際に痛む腰をかばいながら歩く俺。その俺の腰に手を回したり必要以上にベタベタしたりせず、肩を貸してる涼弥。  純粋な友達同士のように、それだけなのに。  昨日の事情を知ってる樹生以外の目にも、俺たちの関係が透けて見えるのは……。  ハッピーオーラ含む、恋人同士が纏う雰囲気のせいか。  涼弥が俺を見る瞳が甘いのか。  腰を痛める、イコール、盛り過ぎって発想がデフォなうちの学園の校風のせいか。  プラス。  昇降口を入ってすぐにある掲示板……その前の人だかりが見てるモノのせい。  生徒会役員選挙候補者情報ってまんまタイトルのそれには、俺を含む候補者12人の写真と情報がズラッと並んでる。  まさか今日、選挙の告示が貼られるとは思わなかった。てっきり月曜かと……タイミング、どんぴしゃ。 「早瀬。お前、いつからバイなの?」  靴を履き替えてるところで。声をかけてきたのは、A組の高野だった。 「あ、おはよ。え……と。あ、いっツ!」  片足で取ってたバランスが崩れ、ズキンと痛む腰に手をやった。同時に、隣にいた涼弥が自然な動きで俺の身体を支える。 「大丈夫か」 「ん。平気」  さっきの佐野と同じ表情をした高野が、俺と涼弥を交互に見やる。 「涼弥……え? 早瀬と? デキてるってこと……?」 「そうだ。將梧に手出すなよ」 「いや……俺、今彼女いるし……ていうか。お前ゲイだったの? 男は断ってたから、てっきりノンケかと思ってたよ」 「ほかの男に興味ないだけだ」 「へー……」  高野の視線が俺に留まる。 「涼弥にやられたのソレ?」 「うん……」 「委員長! やられたの!? 誰に!?」  ひときわデカく高めの声とともに、視界に現れたのは新庄……周りにいたヤツらの注目を引き連れて。  俺の脇に手を差し込んで身体を支える涼弥を見て、新庄が目を細める。 「杉原ってノンケじゃなかったの? もしかして、ムラムラッときて強引に……?」 「んなわけないだろ。俺と涼弥は……」 「早瀬! バイなの公表して男デビューか? 次は俺に抱かれろよ。いい思いさせるぜ」  俺に気づいて寄ってきた岸岡が言い放つ。コイツまでここで出てくるとは……ヤメテ。涼弥が……。 「断るよ。俺は……」 「委員長はやられて痛いんだから。今キミの出る幕はないの」  俺を遮り、新庄が岸岡を邪険に追い払う仕草をする。 「ね? バイならタチも出来るでしょ? 今フリーだから僕とどう?」  そして。  艶のある声で俺にそう言ったかと思えば……。 「でも。やっぱり杉原がいいかな。男抱くテクニック、実践で教えてあげようか」  瞳をキラキラさせて涼弥を誘う新庄。  何があったか知らないけど、小悪魔ってよりビッチっぽくなってるよ。 「じゃ、早瀬は俺がもらうから、そっちよろしくな」  新庄と岸岡の勝手なセリフに。無言でいた涼弥が、大きく息を吸って吐いた。 「涼弥。落ち着け……わっ」  もともと支えてた腕を俺の腰に回した涼弥が、自分の身体に密着するように俺を後ろから引き寄せた。 「將梧を抱くのは俺だけだ」  口を開きかけた新庄にか、周りの不特定多数に向けてか。 「手出しするヤツは容赦しねぇぞ」   凄みを利かせる涼弥に、場が静まった。  集まる視線がイタイ。 「派手なアピールだね」  おもしろがるような声が、しんとした空間に響く……江藤!  会長のお出まし……って。

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