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42-3 お前だけって、知ってるだろ

 人ごみを割って目の前に来た江藤がニッコリする。 「さっそく選挙運動?」 「……違います」  知ってるくせに言うか? 「強面の彼氏がいるのは、プラスマイナス両方かな」  そう……なの? プラマイゼロならいい……か。 「杉原くんと順調で何より。身体は大事にね」  これは嫌味じゃないのが、江藤の瞳でわかる。 「この前は、ありがとうございます」  出し抜けに礼を言うと。 「無事でよかったよ。これから身の回りが騒がしくなるだろうから、気をつけて」  南海の件だとわかった江藤が、慈愛の表情で俺に忠告。  さらに。 「みんなも。学祭で浮かれるこの時期、強制性交の被害者にならないよう自衛して。加害者にならないためには、恋愛することをすすめるよ」  俺に背を向け、江藤がそこに集う生徒たちに語る。 「もし、誰か襲いたくなったら、実行前に覚悟するといい。たとえ未遂でも、レイプが発覚したら……俺が、二度とそんな気起こさなくしてあげるから」  は……!? 「1週間後の選挙投票までに、候補者をよく吟味してくださいね」  自分の言葉にざわめく中、江藤はそう締めくくり……颯爽と歩き去っていく。   「今のって、レイプ宣言?」 「違うでしょ。会長はレイプするヤツを成敗する側じゃん」 「あいつ、マジで強姦魔じゃね?」 「あの身体でどうやって男ねじ伏せんだよ。ヤバいもんでも使ってんのか?」 「雰囲気あるよね。なんか魔性的な」 「会長になら、抱かれてもいい」 「男に困ってねぇだろ。取り巻きいっぱいいんじゃん」  好き勝手に飛び交うコメントとともに、人ごみも散る。  江藤の登場で注目から逃れた俺と涼弥は、新たに人が群れる前にそこを脱出。新庄と岸岡の姿は消え、高野だけが一緒だ。 「階段、きついか? どんな具合だ?」 「ん……腰、腿の上っていうか尻の中に響く感じ。でも、昨夜よりずっとマシになったから」  涼弥に答えると、前を行く高野が振り向いた。 「今日1日の辛抱だな。明日には治ってるよ」 「あ……なら、よかった」  うん……よかった。明日は痛くないなら……うん。 「何でわかるんだ? お前、彼女がいるって……」 「今はね。中学の頃は男ばっかりだったけど」  そうだった。高野はバイで……数少ないリバだったはず。 「はじめてやられた時は、俺もつらかったから」 「……どっちも出来るのか。お前も」 「男も女もってこと? タチもネコも?」 「両方だ」 「そうだよ。だから、恋愛対象には困らない」  高野が俺を見る。 「早瀬も?」 「俺は……でも、そんなに経験ないから……」 「そっか。ま、驚いたけど、二人お似合いだな。末永くお幸せに」 「ありがとう」 「涼弥も。最初のうちはやさしくやらないと。なんか、お前のセックスって激しそう」 「言われなくても、次はやさしくする」 「じゃあね」  階段を駆け上がる高野の後ろ姿を、暫し見つめた。 「そういう話あんまりしたことなかったが、あいつがどっちもイケるとはな」 「仲いいほうじゃないのか?」 「高野は誰にでもあんなふうだ」 「確かに」  フレンドリーで人懐っこいけど、一定の距離感を保ってる感じ……淋しがりやなのかもしれない。 「將梧(そうご)。何でバイにした?」  高野の姿が見えなくなり、何人かに追い越され。やっと2階だと息をついて。再び歩き出すと、不意に涼弥が聞いてきた。 「選挙の情報。実際、女ともやれるからか?」 「あ……ていうより、ゲイにしたほうが票入れられそちゃいうだなって。かといってさ、お前とつき合ってるのにノンケじゃおかしいだろ」 「上沢はゲイにしてたぞ。あいつも、江藤の前はずっと女らしいからバイだ」  涼弥の瞳が。ちょっと責めてる……拗ねてる? 「ゲイにしてほしかったのか?」 「そう……だな。俺だけなら……」  目を逸らす涼弥。  やっかいなほど、かわいいこと言うじゃん……!? 「こっち向けよ」 「……何だ」 「お前だけって、知ってるだろ」  踊り場で、ゆっくりでも動いてた足が止まる。  涼弥の肩にのせて体重をかけてた手を腰に回し、ぎゅっとする。  見つめ合う瞳。俺たちが求めるのは、お互いだけだ。 「公共の場で朝からイチャついてんじゃねぇ」  いきなりの背後からの声に、思わずバッと振り返り……。 「ぅあ、いって……!」  痛みに顔をしかめて腰をさする俺を見て、ニヤリとするのは上沢だ。 「おっ。無事に抱けたみてぇだな。早瀬はいい味だったか?」 「ああ。最高だ」  卑俗な問いに、笑顔で答える涼弥。  仲良しだね。上沢と。セックス相談に親身にのってもらったからか? 「ふうん……」 「分け前はねぇぞ」 「間に合ってるよ。俺は腹いっぱい食ってるからな」  江藤とうまくいってるようで何より……。 「早瀬。好き放題許してコイツに壊されんなよ」 「大丈夫。お前が変なオモチャすすめなきゃな」 「そりゃ俺のせいじゃねぇだろ。杉原に聞かれて答えてるだけだ」 「あ……そう……」  なのか……じゃあ、今ソレはいいとして。 「話変わるけどさ。さっき、昇降口で江藤がなんか不穏なこと言ってたんだけど。レイプするヤツは俺が逆にやってやる、みたいな……」 「知ってるっつーか、俺が言わせたんだ」 「は!? 何で自分からレイプ魔に思われるようなこと……?」 「寮で教えただろ。そう思われたほうがいいってよ。新しい噂は立てらんねぇんだから、またおかしなのに狙われねぇようにな。牽制ってやつだ」  レイプされないようにレイプする側に見せるってのに、効果があるのかないのかわからないけど……。 「注目集めて、よけい狙われたりしないのか?」 「生徒会長だぜ。目立つのは避けらんねぇ。うまく利用すんだよ」 「お前とつき合ってるって、宣言すれば?」  そう言うと。唇の端を上げて、上沢が目を細める。 「俺がネコに見えるか?」 「あー……」 「(じゅん)が抱かれてるってなりゃ、それこそ狙われんだろ。おまけに俺じゃ、とばっちりも食っちまう」 「お前の敵にか?」 「ああ。杉原にとっての水本さんみたいなヤツがな」 「バレてねぇのか?」  涼弥が尋ねる。 「お前と江藤……隠してるようにゃ見えねぇが」 「役員連中と、(じゅん)の親しいヤツ何人か。お前ら。あと、早瀬が喋ってりゃそいつらか。ほかは知らねぇはずだ」 「ごめん。何人か……友達に言った」 「口が軽いのがいなけりゃいい」 「どこでやってるんだ? 寮じゃないのか?」 「絢の部屋じゃ滅多にやらねぇよ。廊下に聞こえる声出すからな。そん時出入りすんの見られりゃ、さすがにバレる」  また……こんなとこでプライベートな問いを。今度は涼弥だけど。上沢も普通に答えてるけど。 「俺んとこか、天野さんちだ。いろいろ事情があってよ」 「そうか……」 「何だ? やる場所に困ってんのか? 早瀬もよく啼きそうだもんな」 「ちょっやめろ!」  マジでそういうこと言うのヤメテ。  ほら。通りすがるC組のヤツら、今の聞こえてた顔してるから! 「照れるこたねぇぞ。杉原はお前よがんの見て喜ぶタイプだろ」  涼弥を見ると、合った目をちょっと逸らされた。  そうなんだ……? いいけどさ。そんな感じだったしさ。いいんだけど……。 「今度、ボールギャグで口塞いでやってみろよ。アレ、声抑えられるし、エロくていいぜ」  それは嫌だ……! ヤメ……! アレって口枷……SMグッズじゃん!? 「上沢」  落ち着いて、却下しよう。 「ハードなもんすすめるのやめろ。涼弥をSの道に引き込むな」 「全然ソフトだろ。俺はサドじゃねぇし。絢のためにいろいろ試してるとこだ。情報共有して損はねぇぞ。なぁ?」  上沢と視線を合わせて、涼弥が笑む。 「ああ。いろいろ教えてくれ」  あーあ……乗り気だね? 涼弥。エロ相談&トークするオトモダチ出来てよかったなー……って。     頼む、上沢……!  恨まないからさ。お前が江藤とやってること、あんま涼弥に教えないで? 超初心者レベルの俺の身……きっともたない!  念を込めた俺の眼差しに気づき、上沢が悪げな瞳で口角を上げた。 「これからお前たちも、たっぷり楽しめるな」  俺の腰を、涼弥の指が撫でた。

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