173 / 246
42-3 お前だけって、知ってるだろ
人ごみを割って目の前に来た江藤がニッコリする。
「さっそく選挙運動?」
「……違います」
知ってるくせに言うか?
「強面の彼氏がいるのは、プラスマイナス両方かな」
そう……なの? プラマイゼロならいい……か。
「杉原くんと順調で何より。身体は大事にね」
これは嫌味じゃないのが、江藤の瞳でわかる。
「この前は、ありがとうございます」
出し抜けに礼を言うと。
「無事でよかったよ。これから身の回りが騒がしくなるだろうから、気をつけて」
南海の件だとわかった江藤が、慈愛の表情で俺に忠告。
さらに。
「みんなも。学祭で浮かれるこの時期、強制性交の被害者にならないよう自衛して。加害者にならないためには、恋愛することをすすめるよ」
俺に背を向け、江藤がそこに集う生徒たちに語る。
「もし、誰か襲いたくなったら、実行前に覚悟するといい。たとえ未遂でも、レイプが発覚したら……俺が、二度とそんな気起こさなくしてあげるから」
は……!?
「1週間後の選挙投票までに、候補者をよく吟味してくださいね」
自分の言葉にざわめく中、江藤はそう締めくくり……颯爽と歩き去っていく。
「今のって、レイプ宣言?」
「違うでしょ。会長はレイプするヤツを成敗する側じゃん」
「あいつ、マジで強姦魔じゃね?」
「あの身体でどうやって男ねじ伏せんだよ。ヤバいもんでも使ってんのか?」
「雰囲気あるよね。なんか魔性的な」
「会長になら、抱かれてもいい」
「男に困ってねぇだろ。取り巻きいっぱいいんじゃん」
好き勝手に飛び交うコメントとともに、人ごみも散る。
江藤の登場で注目から逃れた俺と涼弥は、新たに人が群れる前にそこを脱出。新庄と岸岡の姿は消え、高野だけが一緒だ。
「階段、きついか? どんな具合だ?」
「ん……腰、腿の上っていうか尻の中に響く感じ。でも、昨夜よりずっとマシになったから」
涼弥に答えると、前を行く高野が振り向いた。
「今日1日の辛抱だな。明日には治ってるよ」
「あ……なら、よかった」
うん……よかった。明日は痛くないなら……うん。
「何でわかるんだ? お前、彼女がいるって……」
「今はね。中学の頃は男ばっかりだったけど」
そうだった。高野はバイで……数少ないリバだったはず。
「はじめてやられた時は、俺もつらかったから」
「……どっちも出来るのか。お前も」
「男も女もってこと? タチもネコも?」
「両方だ」
「そうだよ。だから、恋愛対象には困らない」
高野が俺を見る。
「早瀬も?」
「俺は……でも、そんなに経験ないから……」
「そっか。ま、驚いたけど、二人お似合いだな。末永くお幸せに」
「ありがとう」
「涼弥も。最初のうちはやさしくやらないと。なんか、お前のセックスって激しそう」
「言われなくても、次はやさしくする」
「じゃあね」
階段を駆け上がる高野の後ろ姿を、暫し見つめた。
「そういう話あんまりしたことなかったが、あいつがどっちもイケるとはな」
「仲いいほうじゃないのか?」
「高野は誰にでもあんなふうだ」
「確かに」
フレンドリーで人懐っこいけど、一定の距離感を保ってる感じ……淋しがりやなのかもしれない。
「將梧 。何でバイにした?」
高野の姿が見えなくなり、何人かに追い越され。やっと2階だと息をついて。再び歩き出すと、不意に涼弥が聞いてきた。
「選挙の情報。実際、女ともやれるからか?」
「あ……ていうより、ゲイにしたほうが票入れられそちゃいうだなって。かといってさ、お前とつき合ってるのにノンケじゃおかしいだろ」
「上沢はゲイにしてたぞ。あいつも、江藤の前はずっと女らしいからバイだ」
涼弥の瞳が。ちょっと責めてる……拗ねてる?
「ゲイにしてほしかったのか?」
「そう……だな。俺だけなら……」
目を逸らす涼弥。
やっかいなほど、かわいいこと言うじゃん……!?
「こっち向けよ」
「……何だ」
「お前だけって、知ってるだろ」
踊り場で、ゆっくりでも動いてた足が止まる。
涼弥の肩にのせて体重をかけてた手を腰に回し、ぎゅっとする。
見つめ合う瞳。俺たちが求めるのは、お互いだけだ。
「公共の場で朝からイチャついてんじゃねぇ」
いきなりの背後からの声に、思わずバッと振り返り……。
「ぅあ、いって……!」
痛みに顔をしかめて腰をさする俺を見て、ニヤリとするのは上沢だ。
「おっ。無事に抱けたみてぇだな。早瀬はいい味だったか?」
「ああ。最高だ」
卑俗な問いに、笑顔で答える涼弥。
仲良しだね。上沢と。セックス相談に親身にのってもらったからか?
「ふうん……」
「分け前はねぇぞ」
「間に合ってるよ。俺は腹いっぱい食ってるからな」
江藤とうまくいってるようで何より……。
「早瀬。好き放題許してコイツに壊されんなよ」
「大丈夫。お前が変なオモチャすすめなきゃな」
「そりゃ俺のせいじゃねぇだろ。杉原に聞かれて答えてるだけだ」
「あ……そう……」
なのか……じゃあ、今ソレはいいとして。
「話変わるけどさ。さっき、昇降口で江藤がなんか不穏なこと言ってたんだけど。レイプするヤツは俺が逆にやってやる、みたいな……」
「知ってるっつーか、俺が言わせたんだ」
「は!? 何で自分からレイプ魔に思われるようなこと……?」
「寮で教えただろ。そう思われたほうがいいってよ。新しい噂は立てらんねぇんだから、またおかしなのに狙われねぇようにな。牽制ってやつだ」
レイプされないようにレイプする側に見せるってのに、効果があるのかないのかわからないけど……。
「注目集めて、よけい狙われたりしないのか?」
「生徒会長だぜ。目立つのは避けらんねぇ。うまく利用すんだよ」
「お前とつき合ってるって、宣言すれば?」
そう言うと。唇の端を上げて、上沢が目を細める。
「俺がネコに見えるか?」
「あー……」
「絢 が抱かれてるってなりゃ、それこそ狙われんだろ。おまけに俺じゃ、とばっちりも食っちまう」
「お前の敵にか?」
「ああ。杉原にとっての水本さんみたいなヤツがな」
「バレてねぇのか?」
涼弥が尋ねる。
「お前と江藤……隠してるようにゃ見えねぇが」
「役員連中と、絢 の親しいヤツ何人か。お前ら。あと、早瀬が喋ってりゃそいつらか。ほかは知らねぇはずだ」
「ごめん。何人か……友達に言った」
「口が軽いのがいなけりゃいい」
「どこでやってるんだ? 寮じゃないのか?」
「絢の部屋じゃ滅多にやらねぇよ。廊下に聞こえる声出すからな。そん時出入りすんの見られりゃ、さすがにバレる」
また……こんなとこでプライベートな問いを。今度は涼弥だけど。上沢も普通に答えてるけど。
「俺んとこか、天野さんちだ。いろいろ事情があってよ」
「そうか……」
「何だ? やる場所に困ってんのか? 早瀬もよく啼きそうだもんな」
「ちょっやめろ!」
マジでそういうこと言うのヤメテ。
ほら。通りすがるC組のヤツら、今の聞こえてた顔してるから!
「照れるこたねぇぞ。杉原はお前よがんの見て喜ぶタイプだろ」
涼弥を見ると、合った目をちょっと逸らされた。
そうなんだ……? いいけどさ。そんな感じだったしさ。いいんだけど……。
「今度、ボールギャグで口塞いでやってみろよ。アレ、声抑えられるし、エロくていいぜ」
それは嫌だ……! ヤメ……! アレって口枷……SMグッズじゃん!?
「上沢」
落ち着いて、却下しよう。
「ハードなもんすすめるのやめろ。涼弥をSの道に引き込むな」
「全然ソフトだろ。俺はサドじゃねぇし。絢のためにいろいろ試してるとこだ。情報共有して損はねぇぞ。なぁ?」
上沢と視線を合わせて、涼弥が笑む。
「ああ。いろいろ教えてくれ」
あーあ……乗り気だね? 涼弥。エロ相談&トークするオトモダチ出来てよかったなー……って。
頼む、上沢……!
恨まないからさ。お前が江藤とやってること、あんま涼弥に教えないで? 超初心者レベルの俺の身……きっともたない!
念を込めた俺の眼差しに気づき、上沢が悪げな瞳で口角を上げた。
「これからお前たちも、たっぷり楽しめるな」
俺の腰を、涼弥の指が撫でた。
ともだちにシェアしよう!