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42-6 笑え、幸せだぞって顔で

 放課後になり。  涼弥と一緒に階段を下りる。  あー、だいぶっていうか……かなり楽だわ、腰。  今晩寝たら、すっかり治るなーこれ。 「今日、つらくなかったか?」 「うん。階段使わないで済んだし、そんなに歩かなかったしさ」  隠す理由、ないよね。 「もう、あんまり痛まない」  涼弥の肩に置いた手を下ろす。 「階段もひとりで平気だ……」  つ……ちょっとだけ、まだ痛いか。でも、鈍い。 「無理するな」  微笑んで、涼弥が寄り添うように俺の腕を取る。 「支えさせろ」 「人に見られるの、慣れちゃったか?」 「まぁな」  今朝のと。今も、追い越してく同学年のヤツらに横目で見られまくってる。  うちの学園でゲイカップルは珍しくないけど。新たな二人だと、へーあいつらがねーって目は向けられるから。  加えて。俺同様、クラスでいろいろ噂されたり直で聞くヤツもいたはず。  なのに。 「機嫌いいじゃん。嫌なコトなかったか?」 「お前とつき合ってるのか。やったのかって、聞かれたくらいだ」  涼弥の笑みが深くなる。 「ああ、そうだって答えられるんだぞ。ちょっと前まで、誰にも……お前が好きだなんて言えなかったのによ。気分いいに決まってるだろ」 「ん……よかった」  内緒にしなくてよくて。一緒にいてよくて、恋人同士って知られて……やっぱ安心。てか、照れるけど嬉しい。俺も。  無事に学校を終えたリラックスモードで昇降口まで行くと、数人が掲示板の前にいた。  ご丁寧に。『ご自由にお取りください』って書かれたスタンドに、選挙告示を丸ごと載せたらしい広報誌が置かれてる。  それを手にしたうちのひとりが、こっちを向いた。  南海……。  隣にいる涼弥が、1階に着いて放した俺の腕をまた掴む。  俺を見て。涼弥を見て、視線を俺に戻す南海。  そして……。  南海が笑った。静かに。ただ、笑顔を見せた。  最初の印象と違う。  俺を襲った時とも違う。  ちゃんと人間らしく。冷たく熱い感じじゃなく、平熱の体温のある笑みだ。  南海の中で、何か変わった部分があるんだろう。終わったのか、始まったのか。捨てたのか、得たのか。  何だとしても。前に進むものならいいなと思う。  もう……俺には関係ない。  だから。 「涼弥。笑え……幸せだぞって顔で」  返事はないけど、涼弥の顔見て確認はしない。南海を睨みたきゃ、それでかまわない。 『俺は幸せだ。こんなに。涼弥がいて。涼弥を好きな俺で』    テレパシーでそう言って、笑った。  伝わらなくていい。ただの自己満足。  忘れるって言ったよな。記憶に残してやらない……って。  脳は覚えてるけど、思い出しはない。それが忘れるってことだ。  もう俺にとって、あんたは顔見知りの一先輩ってだけ。  微かに頷いたように見えた南海が、背を向けた。 「將梧(そうご)」  見ると、涼弥は……。 「ちゃんと笑ってやったぞ。あいつがしたことは許せねぇが、忘れるんだろ」  険のない声と顔で言う。 「大丈夫だな?」 「ん。もちろん」  笑みを交わして、俺たちは昇降口を抜けた。   「將梧!」  駅前の広場をのんびり横切ってたら、横から呼ばれて。そっちを向くと、深音(みお)がベンチから立ち上がって手を振ってる。  来て来てって振り方で。 「いいか? ちょっと……」  やましさゼロパーでも、弱気なふうに尋ねる俺。  一応、元カノってやつだからさ。涼弥にすればおもしろくないよな。 「ああ……」  渋々ってより寛大ってより、なんかやさしげに目を細める涼弥。  その理由って……。  深音と一緒にいる、和沙じゃないよね……!?  なんてな。  不機嫌でなくて何より。 「おめでと!」  うあっ……と。  深音に抱きつかれた。  ハグだハグ。  友達でもするだろ。問題な……し!?  そばに来た涼弥を見て、深音の背中に軽く回した手を止める。  その瞳……鋭い。睨んでる? 俺を? 深音を……?  しかも。  涼弥の隣に立った和沙が……いや。和沙も……。  睨んでる! ハッキリ俺を! 何故……!? 「涼弥くんと結ばれたんでしょ? よかったね!」  俺の胸から上げた深音は、満面の笑みで。 「あ……うん。ありがと……」  涼弥、そこで険しい瞳で見てるけど。  結ばれたって……セックスしたって意味だよね?  誰に……沙羅か。 「私もね、報告あるの」 「深音。もう離れて」  勢い込んで話そうとした深音に、和沙がピシャリと言う。 「別れた男とベタベタするのは嫌だな」  は……!?  困惑気味の俺から腕を解き、深音が身体を離した。 「先輩とは別れたの。將梧にはいろいろ協力してもらったのに……ごめんね。うまくいかなかった」 「そうか……」  笑顔のまま告げる深音に、さらに戸惑う。  あんなに好きだった相手と、やっとつき合えて……まだ2週間とかそのくらいなのに。  別れた……のか。  何て慰めれば……って。  あんま傷心ぽくないな。  一気に熱が冷めるほどの何かがあったのか? 相手に心残りがないならいい……けど。  にしても。  何か……そのウキウキ感が……謎。 「でね。和沙とつき合うことになったの」 「は!? え……!?」  何ソレ!? 「よかったな」  涼弥の言葉は和沙に……? え? 「お前、知ってたのか? 何で……」 「あとで説明する」  いったい……? 「將梧。深音は私が大事にするから、安心して」  和沙がまっすぐに俺を見る。強くてブレない瞳。 「深音が自分で選んだことなら、応援するよ」 「大丈夫。投げやりとか、流されてじゃないから」  そう言って和沙と微笑み合う深音を見て、自然に口元がほころんだ。  二人、同じ空気だ。 「ん。安心した」 「じゃあ、またね。今日は初デートだから……」 「わかった。邪魔しない。またな」  俺と深音の会話を受け、和沙に頷いた涼弥が片手を上げてバイバイを表して。俺たちはその場を後にした。

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