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42-7 変わらないこと

「お前のとこ泊まりに行った時、藤宮の彼氏のフリしたのは……俺にもメリットがあったって言っただろ」  電車に乗ってすぐ、涼弥が話し出す。 「それがアレだ」 「は?」  それってどれ? アレってドレ?  察しない俺に、涼弥が溜息をついた……って。  わかんねーって! 「お前に……卑怯な男だって思われたくないが……」 「思わないから。言えよ」 「……藤宮が、お前の彼女を好きだって聞いてよ」 「いきなり? 女子部での時か?」 「ああ。俺がお前をっての、気づいたって言われたあとにな」 「それで?」 「俺と同じ……お前と彼女が、試しでつき合ってるって知らなかった。仲良くなったのはこの夏だってからか……」  深音も、学園内ではレズなの隠してて……夏にはすでにしてた俺との交際が偽装だって、打ち明けてないのも仕方ないか。 「だが、絶対ノンケじゃないはず。あの女……」 「あの女じゃなくて、深音(みお)」 「……深音もだが、將梧(そうご)もだ……っつって」 「え!? 俺もって……?」  涼弥が気マズそうな顔をする。 「マジでか、俺をのせるためかわからねぇが……將梧もバイだ。おまけに、気がある瞳であんたを見てる。そういいやがった」 「のせるって何だよ? 彼氏のフリに、俺関係ないじゃん」 「あんたは將梧を、自分は深音を……手に入れたい。共同戦線だ。お互い、ほしいもんのために協力出来るだろってな」  半開きの口で、涼弥を見つめる。  涼弥は俺がほしい。  和沙は深音がほしい。  目的は同じところにある……ってか。  確かにメリットだね。  俺と深音のつき合いは偽装だったし。二人とも、何か汚い真似して俺たちの仲を裂こうとしたわけじゃない。  いわば、ただの同志なだけ。  けど。  涼弥も和沙も、チャンスがあったら……自分の欲のために動いたかもしれないってことか。 「お前を傷つけるようなこと、する気はなかったが……」  涼弥が大きく息を吐いた。 「藤宮があの女……深音を奪やいいって思ってた。うわべじゃ親友面してよ、腹ん中じゃお前らが別れんの願ってたんだ……汚ねぇだろ」 「いいよ。恋愛ってそういうとこあるって……今は知ってる」  汚い感情も、ドロドロな部分もある。  ないほうがキレイだけど、強い思いはキレイなだけじゃない。 「お前も知ってるだろ? どんなでも、俺はお前が好きだ」  涼弥が俺を見つめる瞳が緩む。 「あーでもさ。今の、懺悔に入ってなかったじゃん?」  ふと思い出して聞いた。 「藤宮に……うまくいくまで、秘密にしてくれって言われてたからな」 「そうか……」  それ。  ちょっとおもしろくない。 「もうないか? 秘密」  口にしてハッとする。  あるのは俺だ。  明日話す予定の……(かい)とのこと。    引き延ばしたいんじゃなくて。  言うなら。  完全に二人きり。かつ、その後どんな展開になってもかまわないところがいい。  だから、明日。涼弥の部屋でだ。  今はやめようって思いが通じたのか。 「あとひとつ……悠のことは、明日ちゃんと話す」  揺れない瞳で、涼弥が答える。 「お前のも……明日聞かせてくれ」 「ん。明日な」  電車を降りて、帰路につく。  いいって言ったのに、涼弥は俺を送るって聞かず。家に帰って着替えたら、今夜は街に出るらしい。 「そういえばさ。風紀はどうだった?」  南海(みなみ)を殴った時のことがもとで、風紀を外されたら……涼弥は落ち込むだろうって、ちょっと心配してたんだった。 「昼、玲史と紫道(しのみち)も行ったから……お前だけ呼び出されたんじゃないよな?」 「ああ。全員だ。今の候補者で委員決定だ。正式発表は来週だが」 「早く言えよ。よかったな」 「悪い。忘れてた」  嬉しそうな涼弥にホッとした……。 「それと今日は、生徒会のほうの選挙結果で委員長を決めるって話で……」  のも束の間。 「お前が会長になったら俺がなるって言ったが……ダメだった。ごめんな」 「え……俺がって、ちょっと待て。ならないだろ?」 「なるぞ。票次第で。だから、もしお前が会長なら、接触が多い風紀委員長には俺がなりたかった」  言葉の出ない俺に、涼弥が続ける。 「会長と風紀の委員長が親し過ぎるのは、仕事に支障が出る。公平な立場が保てるのは、そこそこ仲がいい程度のヤツがいいってことだった。敵対するヤツもダメだ」  足を止めた。 「どうした?」 「俺、マジで役員に?」 「……たぶんな」  溜息をついた。 「で……もし。俺が会長だと、誰が委員長になる?」 「紫道だ」  なるほど。  敵対してない。親し過ぎない。仲はいい。 「お前がなるのは?」 「上沢が会長なら俺だ」  うーん、まぁアリか。 「玲史は?」 「加賀谷だ。D組の」  え……その組み合わせは、危なくない?  学校仕切るツートップがサディストになるよ? 「毎年、生徒会のヤツらに目光らせながら風紀の仕事こなせる人間ってのを委員に選んで、委員長は会長に合わせてるみたいだな」 「まぁ、両方がうまく機能しないと、いろいろ問題だろ」 「瓜生(くりゅう)と江藤は顔見知り程度だったが……天野が頼んだらしい。一番腕のいいヤツを委員長にしてくれって」 「そっか。頭も切れそうだし適任か。素行の悪い水本の仲間が風紀委員長やってるのが、なんかおかしな感じだけどさ」 「瓜生は水本の仲間じゃねぇぞ」 「え? だっていたじゃん。あの店に……」  俺たちの関係が動いたあの日。 「ありゃ、水本見張るのに江藤が寄越したんだ。水本に邪魔するなって言われて、そう答えてた」 「へー江藤が……水本がお前のこと、やり過ぎないようにか」 「つっても、正義のミカタってわけでもねぇだろ。斉木が鈴屋をモノにしようって時は、手貸してたしよ」  そうだ。  あの時。 「天文部行ったのは……お前、鈴屋を助けたかったのか? それとも(かい)?」  また、涼弥が恥じ入るような顔をした。 「ヤバい目に会いそうだって聞いて、二人とも助ける気で追っかけたが……もし、凱がやられることになりゃマズいと思った」 「マズい?」  意味不明だ。 「レイプはマズい。てか、許されないけど。何で凱?」 「前の日、女子部でお前と凱見て……嫌な予感がした。お前がなついてる、コイツはヤバい……ってな」 「なついてって。俺、そんなだったか?」 「そう見えた。そんなヤツ、今までいなかったしよ」  なつくって表現はともかく。  今までは……凱に会うまでは俺、学園ではうっすらバリア張ってたみたいだしな。涼弥以外に対しては。 「で……どうマズいんだ?」 「もし、凱がノンケで、男にやられちまったら……ヤケんなってお前襲うかもしんねぇ。お前が……慰めてやりたくなるかもしれねぇ」 「そ……んなことあるわけないだろ。考え過ぎ……」 「怖かったんだ。お前を……目の前で持ってかれそうでよ。俺は……お前の親友ってとっから先にゃいけねぇって思ってたからな」 「涼弥」  家までもう少し。  今、言っとかなきゃ。何遍でも。 「一番の親友はお前だ。これはずっと変わらない。プラス、恋人はお前で、これもずっと変わらない。恋愛感情で好きなのも、ほしいのもだ」 「將梧。俺を煽るな」  眉尻を下げた涼弥に頷いて笑った。 「煽ってない。ここじゃ……どこでも、今日はちょっと」 「そうだな」 「ずっと一緒だろ?」 「ああ。今ある大事なもんが変わらなけりゃいい」  涼弥が真剣な眼差しを俺に向ける。 「將梧。お前が役員になってもならなくても俺がいる。そこは同じだ。何も変わらない」 「うん……わかってる」  涼弥がいる。  それが変わらないなら、ほかの何が変わっても大丈夫……確かに、そう言いきれる俺。  単純だな。

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