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45-3 お前しか要らない

 留めた視線の先で、涼弥が短く息を吐いた。 「そういうことか」 「うん……」 「不安だったのか」 「うん……」 「お前が、自分から頼んで」 「うん、そう……」  涼弥が静かだ。  俺が(かい)とセックスしたって事実に対するリアクションが……薄い? おとなしい?  なんか……想定外というか。  驚きがない。  何だそりゃ!?  よりによってあいつと!?  心配した通りじゃねぇか!  みたいな反応、覚悟してたんだけど。  身構えてたのに、肩透かしで……違和感。  もともと凱を警戒してたからか。  俺が凱に気があるかもって、疑ってたからか。  周り見て、ほかにあり得そうな男がいないせいか。  いや。違うだろ。 「お前……知ってたのか。相手が凱だって」  俺を見つめたまま、口元に微かな笑みを浮かべる涼弥。 「ああ。知ってた」 「え……と。きっとそうだって予想してたとか、じゃなく?」 「本人に確認した」 「は!? 凱に……!?」 「そうだ」 「いつ!?」  いつから知ってたんだ?  いつから……知ってるのに黙って……。 「ジムに行かねぇで、お前んちで待ってた日。補習のあとで、凱に聞いた。將悟(そうご)とやったのはお前か……ってな」  あの日……。  涼弥は変だった。  ジムに来る予定が、今日は行けないってメール寄越して。  電話も出なくて、家の前にいて。  何もない、会いたかった、不安になっただけだ……そう言われても、何かあったんだろうって思った。  言いたくないなら、言ってくれるの待とうって。  ごめんって、何度も謝るのは何故か……って。 「あの日、お前……様子おかしかったから、何かあったんじゃって思ってたけど……」 「……ちょっと、気が動転しててよ」 「ごめんって、何で? 俺に聞かないで、凱に聞いたからか?」  涼弥が目を伏せて、すぐに上げる。 「凱を殴った。痣になってただろ? 次の日」  なってた……ね。  朝、結都(ゆうと)に殴られた痕あって、凱もか……って。  けど、あいつ、修哉さんに殴られたって言った。  ほんとかって疑ったのは、水本にやられたんじゃないかと思ったからだ。  やっぱりアレ、嘘で……涼弥だったのか。  凱……嘘つくの上手過ぎだろ……!?  いや、今ソレはいい。 「あいつ、家の人にやられたって言ったんだ。まさか……お前だとは思わなかった。口止めしたのか?」 「凱がな。お前に絶対内緒にしとけって、念押された」 「何で……」 「やるまで聞きたくねぇっつったのに、俺が知ってりゃ……お前が気に病むからってよ」  絡める視線。  涼弥の瞳に、責めや憂いはない。 「凱から、ほかに何か聞いたか?」 「いや。あいつ以外いねぇと思って聞いたが、軽くうんって返されてカッとなって……殴っちまった。のんびり話はしてない」 「殴る相手、俺だろ? 凱は……俺の頼みを聞いただけだ」 「……悪かった」 「俺に頼まれたって、聞いてなかったのか?」  涼弥がフッと笑みをこぼす。 「『將悟に誘われたからのっちゃった、ごめんね』……それだけだ。お前が今話した理由も、何も言わねぇが……内緒にしろってののほかに、ひとつ忠告された」  無言で問う。 「俺のこと警戒するのはやめろ。すればするほど、將悟は気が重くなって言うのキツくなる……その通りか?」 「うん……これ知ったら、お前がよけい心配すると思った」 「後悔してないんだろ、お前も」 「してない。凱には感謝してる」 「……あいつにした理由、最初から気が合って信頼出来るからってだけか?」  それを涼弥が問うのは当然だ。ごまかす必要も、はぐらかす気もないけど……ハッキリ言葉で表すのは難しい。 「うん。それが大きい……かな。プラス、タイミングと凱の気質っていうのか……ほんと俺、あいつに気づかされたこといっぱいあってさ。甘えちゃったんだよ」 「甘えられる友達……か」 「う……ん。天文部に行った昼飯の時、結都(ゆうと)に男も平気かって聞かれて。試したことないから何とも言えないって言ったら、凱が……試したくなったら相手するぜって」 「で、頼んだのか?」 「そのあと、うち来た時に。やったのは、テスト終わった……お前との動画撮られた前の日。だから、お前に自信持って告れた」 「……やってなかったら、どうしたんだ?」 「たぶん、お前に……一緒にホテル入ったの和沙かって、聞かなかったと思う。だから、あのキスもなくて。水本との揉めゴトもなくて……今こうしてなかったかもな」  涼弥に笑みを向ける。 「そんなの嫌だからさ。試してよかった。凱だから俺、頼めたんだ」 「妬けるな。お前がそこまで……」 「けど! 恋愛感情はマジでない」 「やったのにか?」  ソレ……お前が言うの!? 「お前も。やったろ、悠と。じゃあ、お前にはあるんだって思っとく」  わざと平らな声で言うと。 「悪かった。信じる。俺も悠は友達としか思ってねぇ……信じてくれ」  焦る涼弥に頷いた。 「凱はさ。経験豊富で、なんか別次元の感覚持ってるんだよ。お前とのこと相談した時、お前が俺を好きだって……わからせてくれた。俺、どっかで否定してたから」 「否定ってなんだ」 「俺がお前を好きで。お前も俺を好きだって認めたら、その先考えて不安だったって言ったろ。そのせいでずっと、気づかないようにしてたの……見透かされて。 お前の気持ちも……」 「俺の?」 「お前の気持ち知らない涼弥のほうがつらい、気持ち抑えてるのはしんどいはずだ……って」  微妙な表情をする涼弥。 「俺が男とセックス出来るか試したい理由も、ちゃんとわかった上で相手してくれた。いざやろうとしてダメだったら、お前を傷つける……傷つけて失くしたくないからってことをだ」 「……わかった。十分な」  ホッと一息ついたところで。  涼弥が目を眇める。 「凱はよかったか?」 「え……」  聞くの……!? 俺は遠慮したのに……!?  涼弥のプライベートだから……ってより。聞いて、へこんだりムカついたりしたくなかったからだけどさ! 「よかったよ」  聞くなら答える。率直に。 「嫉妬するか?」 「ああ、ものすごくな」 「じゃあ、お前もやれば?」 「は? 何をだ?」 「凱と。セックス」  涼弥が思いっきり眉を寄せた。 「凱が、お前ごねるなら……やってもいいって」 「ごねてねぇだろ」  眉間の皺が消えた涼弥の、目つきが鋭くなる。 「お前はいいのか。俺が凱とやっても」 「嫌だ」  迷う余地はなし。 「凱とも。ほかの誰とでも……嫌だ」  キッパリ嫌がる俺を見て、涼弥の目元が緩む。 「お前しか要らない。お前も、俺しか要らないようにしてやる」 「とっくにそうだろ」 「この先もだ」 「ん…ずっとな」  話が無事済んで。  心は晴れやか。不安は消えた。 「でもお前、よく黙ってられたな。隠しゴト苦手だろ」 「やるまで聞きたくないって言ったのは俺だ。なのに、気になって勝手に確かめちまってよ」  涼弥が溜息をつく。 「その相手に、お前の気持ち考えて黙ってろって言われたんだぞ。これ以上、情けなくなれるか」 「あ。じゃあ、昨日の朝、凱に『まだだ』って言ったのは……」 「ああ、話してないって意味だ。うまくほかの話に持ってけるのは、感心するが……あいつは得体が知れねぇ」 「知りたいのか?」 「俺が知りたいのはお前だけだ」 「知ってるじゃん。全部」  一気に。  涼弥の瞳に熱が入る。 「まだあるだろ……見せてくれ」 「ないよ。もし、あったとしても……俺も知らない」 「なら、俺が見つける」  涼弥にうなじを掴まれ、引き寄せられる。  秘密はなくなり。  あるのは思う心と求める身体と、それをつなぐ何かだけ。  触れられた肌から広がる熱に、浮かされたいと望む俺。  休憩は終わりだ……な。

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