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47-1 ムリヤリやられたんじゃないです
俺に視線を戻した弥生さんと、目を合わせる。
沈黙はダメだろ。
怯えた態度もダメ。
ハッキリ言わなきゃ……。
「俺……」
「將悟 ……大丈夫!? ごめんなさい! あの子、とうとう……待ってて。今、涼弥とっちめてくるから」
「え!?」
は? え? とうとうって……え!?
強張った表情で。思いやるように不自然な笑みを作る弥生さん。
「いいの。何も言わなくて」
「弥生さん!」
俺に背を向けて部屋を出ていこうとした弥生さんを、呼び止める。
「待って……ください。何か、勘違いして……」
「勘違い?」
足を止めて振り返り。俺を押しのけて部屋の真ん中まで来た弥生さんが、指さした……ベッドを。
「涼弥があなたを……強姦したんでしょ」
「は!??」
厳しい声音と疑問形じゃない言い方で、とんでもない誤解を口にする弥生さんに。
「違います! 涼弥がそんなことするわけないじゃん!」
俺の言葉遣いも丁寧じゃなくなった。
「自分の息子、信用してないのか!?」
「してるわよ。でも、相手があなたなら……あり得ると思って」
「どうして……」
弥生さんが、苦しげな瞳で俺を見つめる。
「あの子にとって、あなたは特別だから」
「……俺たち、つき合ってるんです。この前、涼弥がケガしたくらいから」
目を見開く弥生さんに、ハッキリ言う。
「ムリヤリ……やられたんじゃない……です」
束の間。
静止したこの空間を、破ったのは別の人間。
「どうしたの? あ……將悟くん」
現れたのは、妹の実花ちゃんだ。
何故か俺を見て……含み笑い?
「あんたはあっち行ってなさい。今、大事な話してるんだから」
「子ども扱いしないでよ。ねぇ、お兄ちゃんとつき合ってるの?」
「え!?」
実花ちゃんの問いに驚く俺……と、弥生さん。
「何でそんなこと、あんたが……」
「だって。お兄ちゃん、最近ご機嫌だもん」
先に口を開いた弥生さんに軽く言って、実花ちゃんが俺を見る……楽しそうだ。
「將悟くん、オッケーしたんでしょ?」
「あ……うん。そう……え……と、だから……俺は大丈夫…」
大丈夫って変か? 何て言うべき?
「実花。涼弥呼んできて」
「えーそのうち来るのに……」
「いいから。早く」
弥生さんに語気強めに言われ、実花ちゃんが渋々部屋を出ていった。
「將悟。ほんとなの?」
「はい」
「涼弥をかばってるんじゃない?」
「はい」
「でも、目が赤い……泣いてたんじゃないの?」
俺の目、充血してるのか?
それって……。
セックスで興奮して熱くなってたせい……!?
だとしても、言えない。
「いえ。泣いてないし、泣くようなことないし……ほんとに」
「そう……じゃあ、涼弥とあなた……望んで、こういう関係に……」
弥生さんにしては歯切れ悪いけど。ベッドをチラ見したから……それは仕方ないだろうことで。
うーまだか、涼弥。
そろそろキツい。気マズ過ぎる……。
いや。
そう思うな、シャンとしろ!
「弥生さん」
しっかりと。弥生さんの瞳を見つめる。
「留守中にこんなこと、すみませんでした」
頭を下げ。上げて見たのは、弥生さんの……今日初の微笑み。
「それはいいわ。私たちがいる時じゃないほうが。いろいろ……不都合があるでしょ」
「俺、涼弥が好きです」
これを伝えなきゃ。
「誰に反対されても、変わらない。だけど……涼弥の家族が認めてくれるなら、嬉しいです」
「反対なんて意味のないこと、しないわよ」
それ聞いて、とりあえず。ちょっとホッとして、息をついてすぐ。
「將悟」
涼弥が登場。
俺と弥生さんを素早く見やり。向き合ったのは、弥生さんにだ。
「悪いことは何もしちゃいねぇぞ」
「その頭……」
「願かけて伸ばしてたからな」
目を瞬いた弥生さんが、あーっと声を出して息を吐く。
表情から見て、緊張が解けて安堵した様子。
涼弥の態度で、100パーセント納得したのか。髪切ったのがインパクトあったのか。
何にせよ。
「大切にしなさいよ」
「やっと手に入れたんだ。当然だろ」
弥生さんと涼弥の間に、変な空気はない。
「ケンカしたら、言いたいことちゃんと言うのよ」
「ああ。いい手本、見てるしな」
「最近はお父さんとケンカなんか、全然してないでしょ」
いつもの調子を取り戻した弥生さん。
息子がゲイで。
小さい頃からの友達が好きで、セックスしたって事実…すんなり受け入れてくれることに、感謝しきりだ。
和やかムードになった場で、あらためて。
「弥生さん。これからも、よろしくお願いします」
再び下げた頭を上げると、弥生さんが頷いた。
「びっくりはしたけど、応援するわ」
「私も!」
ドアの向こうから、実花ちゃんが顔を出す。
ダメって言われてるのか、部屋の中には入らず。
「お兄ちゃんがホモなんて、げーっだけど。相手が將悟くんなら許してあげる」
妹のリアルな意見に、涼弥が笑う。
「そりゃありがたいが、將悟は俺のだ。やんねぇぞ」
「うわっ、束縛系。独占欲強いと逃げられるから」
「逃がさねぇ。絶対な」
実花ちゃんが、目を細めて俺を見る。
「將悟くん。夜逃げの時は手を貸すね」
「あ……ありがと……」
礼儀として。
お礼、言うだろ?
彼氏の妹の善意だしさ。
なのに。
マジに捉えた涼弥が、バッと俺に向く。
怒ってるんでなく、不安げな顔で。
かわいいよな、こういうとこ!
「こら。やめなさい。実花」
「はーい。じゃあ、またね」
弥生さんにたしなめられ、実花ちゃんが退場。
「さて。私も行くわ。夕飯食べてく? お父さんも今夜は遅くならない予定だし」
「いえ……今日は帰ります。もう……」
これ以上の緊張は、心身によくないので!
「そお? お父さんも喜ぶわよ」
喜ぶ……の? 言いきれる?
「また……次の機会に、お父さんには挨拶……します」
「遠慮しなくていいのに……」
「弥生さん。飯の前に、將悟送ってくる」
涼弥の助け舟。
部屋のドアを大きく開け、通り道を空ける涼弥に。
「わかった。邪魔者は消えるわ」
苦笑して背を向けた弥生さんは、ドアを閉める前に振り返り。俺に笑顔で手を振った。
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