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51-4 かわいいじゃん!

 出口の横に置かれたイスに、ゾンビが腰を下ろしてる。肉が噛みちぎられて骨剥き出しの顔……もちろん、作り物だ。 『俺の好物はどーれだ?』  胸に、こう書かれたボードがのせてあり。  ゾンビの前にあるテーブルには5コのフェイクフルーツが並べられ、それぞれの前にスイッチボタンが置かれてる。  りんご、メロン、ぶどう、桃、レモン。  ヒントカードにはアルファベットが1枚に1文字ずつ描いてあって、5つの文字からなる単語が答えだ。 「E、P、H、A……ピーチで合ってるかな」 「うん。それだよ」  カードを手に、深音(みお)と和沙が答えを決めた。  ヒントは1字足りないけど、難なくわかった。  こういうのの謎解きは、簡単じゃないとね。やっぱり。  まぁ、ヒントが3文字しかなくて、A、E、Pの場合だけは……りんごかぶどうか桃か、あてずっぽうで選ぶことになっちゃうけどさ。 「押すね」  深音が桃のボタンを押すと。テーブルと出口の上で緑のライトが点灯し、ドアが自動で開いた。  廊下の眩しさに目を瞬く二人とともに、外の世界に無事生還。 「お疲れ」  特に。和沙に向けて言った。  苦手なのに、深音のために耐えたんだもんな。 「おもしろかった。ありがとね……和沙も」  俺から和沙に視線を移し、深音が続ける。 「嫌いなのに……一緒に入ってくれて」 「いいの。私がそうしたかったから」 「じゃあ、ほかもいろいろ楽しんでけよ」  微笑み合う二人に声をかけ、入口に向かった。  行列は10人そこそこになってて。さっきより進みが速い。  多少は中で客同士が接近してもいいくらいのペースで、入場させることにしたらしい。  10時ジャスト。  エスコート役は3人待機中だ。 「悪い。今ちょっと外していいか? 5、6分」  あまり活用しなかったペンライトを受付に返し、岸岡に言った。 「後シフトとの入れ替え、最後までいるからさ」 「いいぜ。まぁ、みんな交替でトイレ休憩くらい入れねぇと。ゾンビが外歩くのは目立つけどな」  確かに……でも。 「宣伝になるじゃん」 「ああ、今も繁盛してて気分よしだ」  岸岡が笑う。 「すぐ戻れよ」 「サンキュ……」  行列の横を抜け、階段へとダッシュする。  2-Aのメイドカフェは、3階の第5多目的教室だ。  おかしい。  階段を上ってる時も。  端にあるカフェに小走りしてる今も。  なんか、人に見られてる気がするんだけど……!?  ギャルソンの格好はしてるよ?  でも。こんくらい、そんな変じゃないじゃん?  とすると……。  アレか?  3-Bのカジノのポスターのせいか?  それじっくり見た人間に、この顔が認識されてるのか?  たまたま、俺の顔写真見た人ばっかなのか?  でも。  一般客だけじゃなく、うちの生徒にも見られてるような……選挙で見慣れた顔、今さら見たからどうもないだろうに。  わからん。  気のせいなら、それでいいけどさ。  メイドカフェに到着。  客として入る時間的余裕はないから……。   店の入口の呼び込みの、バトラー服でキメてるヤツに頼もう。 「杉原、呼んでもらえるかな? 急用があって……」 「早瀬か。いい格好してるな」  名前わからないこの執事……あ、名札つけてる。竹内にそう言うと、笑顔で了解してくれた。  スタッフオンリーの後ろのドアから、竹内に続いて中に入る。  飲み物食べ物をプラカップや紙皿に入れて出すための、客席とは仕切られた調理場みたいな場所だ。  ひとりのメイドっていうか……メイド姿の男がカップにコーヒーを注ぎ、皿にクッキーっぽいのをのせて。俺をチラッ、チラッと二度見して出ていった。 「呼んでくるから待ってろよ」  竹内も、衝立で仕切られたこの調理場モドキから出ていった。  今のヤツ、思わずじっと見ちゃったよ。  うちの新庄のメイド姿と違って似合ってるとかじゃないけど、似合わないメイド姿ってのも新鮮で……悪くない。  そう思ってたら。  ろくに待たないうちに……。  涼弥が心配した顔で勢いよく現れた。 「どうした、將悟(そうご)……何か……」 「かわいいじゃん!」  思わず。  ほんと、思わず口から出た。  涼弥が言い終わる前に。  思いっきり口角を上げて。  だってさ。  想像してたのより、断然イケてる……!  似合わな過ぎて。  飛び抜けてて、いい!  黒い長袖ワンピース。ロング丈。白い襟。白いボタン。  そこに白いフリフリエプロン。  どこかレトロな風情。  そして。  極めつけは……頭!  フリルの布つけてんの!  コレ、何ていうか知らないけど。  一気にギャグっぽくなるやつ……男がつけるとな!  おまけに。  名札つけてる……ひらがなで『りょう』って……。  やるな、2-A!  涼弥が眉を寄せる。 「急用だっていうからよ……何かあったんじゃねぇのか?」 「いや、何もない。お前のこと見に来ただけ……」  うわ……眉間の皺、深くなった。 「ごめん。焦らせて。でもさ……けっこうかわいいのな」 「……見るな。コレは俺じゃねぇ」  憮然とした顔の涼弥に。 「クラスのヤツらも客も見てるじゃん」  声出して笑いはしない。堪えてもない。  ただ、微笑ましくあたたかく……そんな笑みを浮かべてるはずの俺。 「いいよ。ほんとに。見れて満足」 「お前は、その格好なのか」 「うん。わりと普通だろ」 「普通……?」 「涼弥。早瀬」  不意に呼ばれ。二人ともそっちを向いた。  カシャッ……。 「いい()撮れたかな」 「高野……」  なんか分厚いカメラを下ろしたのは、メイド服姿の高野だ。 「なんのつもりだ」 「記念に1枚、サービス」  涼弥の険しい声に肩を竦め、高野がニッコリ。  どっちかといえば華奢なほう……でも。うーん、メイド服が似合うかは微妙。 「お前、客と撮るのNGにしてるけど。早瀬ならいいだろ」    客と?  ここ、そんな商売もやってるのか? 「はい。あげる」  カメラから出てきた写真を受け取った。  まだ白っぽい。  ポラロイド……インスタントカメラか。 「ありがとう……」 「じゃ、また」  高野が衝立の向こうに消えた。 「あいつ、写真撮るのにわざわざ来たのか」 「嬉しいよ。いいのもらっちゃっ……た……な」  どんどん色づく写真には、メイド服にフリフリつけた涼弥と……。  猫耳つけっぱじゃん俺……!  見て思い出したら。にわかに、頭に何かのっけてる感が。  急いでてウッカリとか……あり得ん。マヌケだ。  ここ来る時チラ見されてたの、このせいか。  無言で。  猫耳を外した。 「何で取っちまうんだ?」 「……取るの忘れてたから。残念そうに言うな」  俺の手元のカチューシャから視線をあげた涼弥と、目を合わせる。 「ん……と。もう戻る。お前、11時から風紀だろ?」 「ああ……」 「無理しないでがんばれよ。メイドも」 「1時までにはそっちに行く」 「待ってる。あー少し待たせるかも。急がなくていいや」 「將悟……」  見つめる瞳に。  応えるのは、午後……いや。夜になってからだ。 「気をつけろ」 「ん。あとでな」  もう二度とないだろうメイド服姿の涼弥に頷いて、外に出た。

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