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51-6 ゾンビ屋敷を行く2

「すごい。よく出来てるね」  最初の仕掛けのゾンビ登場に歓声を上げた(れつ)が、頭を斧でカチ割られたゾンビの前で足を止めた。  気に入ったのはリアルさか。  客を感知して光る眼球のライトか。  血と崩れ落ちた肉でグロい顔や身体を触ったり、上方に備えたセンサーをわざと反応させて遊んでる。 「全然怖がらなくて、ごめんなさい」  少し先に行ったところで足を止め。ゾンビをいじってる烈と(かい)を見ながら、(せき)が言った。 「大丈夫。烈は楽しんでるみたいだし」 「私も楽しいわ」  今、俺の声は凱たちに聞こえなそうだ。 「あの……聞いていいかな」 「さっきのキス?」  控えめに尋ねる俺に、汐が笑いを含んだ瞳を向ける。 「あれで納得すると思って」 「本当は、彼女じゃないんだよね?」 「凱は家族と同じ。遠い親戚なの」 「お兄ちゃんみたいな?」  俺の自然な発想に、汐が笑う。 「兄っていうより弟よ。烈と一緒」  弟……って。  この子、中3のはず……大人っぽいけどさ。 「なのに、キスとか……」 「弟であり、友達でもあるわ。彼女のフリしてくれって頼まれたから」  微かに眉を寄せた俺に。 「あなたもしたんでしょ? 友達なのに」  言葉に詰まるひと言。  知ってるのか。  俺と凱がしたって……キスどころでなく。 「友達だから、かな。あの子、ああ見えて心のガードが固いの。あなたにはかなり開いてるって聞いたから、どんな子か会ってみたかった」 「……こんな子です。特別どうってところはないけど、凱は……はじめから、俺のガードも解いてくれて。大事な友達だ」 「ありがとう。安心したわ」  姉だな。ほんとに。   満足した烈と凱が来るのを待ち、俺たちは次の仕掛けへと進んだ。  ブラブラ歩くゾンビと、烈が喜んで握手して。  3つ目の仕掛けの、ちょっとブヨブヨする床部分を歩く。  ビックリマークが描かれた壁の下には、無残な死体。その内臓を漁るゾンビたちの手元にヒントカードがある。  ここでも臆せずゾンビの間に入り込み、一緒に内臓に見立てたスライム風船みたいな物体をいじくる烈。  呆れたように振り返ったゾンビに、凱が笑って首を傾げて見せた。  烈はゾンビが好きなのか。  こういった特殊メイクに興味があるのか。  闇にもグロさにも、恐怖心は微塵も感じてないっぽい。不安感を煽るっていう右回りのルート設定も、全く効果ないようだし。  メインのゾンビや仕掛けの突然の動きに、驚くこともない……不思議だ。  凱は、ここの仕掛けは全部知ってるし。動くゾンビはクラスメイトだから、怖いも何もない。  もちろん、俺も。  でも。  汐は初見で、女のコで。  なのに、一度も『きゃッ』とか声を上げることもなく。ずっとニコニコ、烈と凱とゾンビを見ながら……散歩な感じ。  時々、俺と他愛もない会話をしたりもして。  子どもと女のコと一緒のお化け屋敷…らしくなく。今回は、すごくほのぼのムードでのエスコートだ。  そして、4つ目のヒントがあるテーブル製ベッドが見えてきたら……。 「う……あッ……は……や、め……ッ……」  紫道(しのみち)の声。  なんか……。  なんかさ。  リアル音声じゃないのコレ……!?  演技でなく。  苦しげではあるけど……喘ぎ入ってる、みたいな……。  何やってんだ!? 玲史……!  一応、客が近づいて来るのがわかるように、ゾンビたちの待機場所には鏡がある。道路のカーブミラーっぽく。  それで気づいたのか。  ベッドに乗り上げて紫道に覆いかぶさってた玲史が、顔を上げてこっちを向いた。  玲史っていうか。ゾンビが。 「あの人、ゾンビなの? 吸血鬼?」 「人食う悪魔かもねー」  ある意味間違ってもいない答えを烈に返す凱と、俺を見て。ゾンビが唇の端を上げる。 「何楽しんでんの。俺にも食わして」  凱の言葉に、ゾンビは無言で首を横に振り。  そして。  今一度、横たわる人間に襲いかかる。 「ん……いッ……つ、あッくッ……!」  思わず身体がビクッとするほどの音量で、襲われた人間が呻いた。  コレもリアルに痛がってそうな声なんだけど……!? 「あいつ、ほんとに咬んでるぜ」 「え!? 何で!?」 「ゾンビ役プレイなんじゃねぇの?」 「そんなのあるか」 「子どもも見てるから、そこまで。楽しむより仕事してねー」  凱に言われ、再び。ゾンビが上体を起こす。。  今度はベッドを下りてこっちへ。 「逃げろ、烈。捕まんなよ」  苦笑を浮かべながらも。凱の言うことを聞いて、烈が汐と一緒に後退する。それをフラフラと追うゾンビ。  歩き方はちゃんとゾンビだ。  ベッドを見やる。 「大丈夫かな。ちょっと見てくる」  起き上がらない紫道が気になって行こうとすると、凱に腕を掴まれた。 「括られてる。お前は見ねぇほうがいーんじゃん?」 「え……」  あらためて見る。  ほんとだ……両手、頭の上で縛られてる。  でも……。 「大丈夫だ。玲史はレイプしようとしたわけじゃないし」 「そー?」 「プレイなんだろ? 恋人同士の」  ニヤッとして見せる俺を、方眉を上げて見つめる凱。 「いつまでも気にしてらんないしさ」  この程度のトラウマなんて、大層なもんじゃない。  自分じゃない人間が縛られてるだけで怯えてちゃダメだ。 「そーね。涼弥、拘束プレイ好きかもしんねぇからな」 「それは別の話。てか、嫌だ」 「見てきた? あいつのメイド姿」  急に話を変える凱。 「え……うん」 「俺も見に行ったけどさー。期待通り、似合わねぇよな」 「そこがかわいくて、いいんだよ」  凱が笑って俺の腕を放した。 「んじゃ、あいつら救出してくんねー」  凱は烈たちのほうへ。  俺は紫道のところへ。 「大丈夫……か? 今解く」 「悪い。玲史のヤツ、調子にのっちまって……」  うーわ……!  首、血滲んでんじゃん!  赤紫になってるとこ。これ、メイクじゃなくてキスマークだよな。  ほん……っとにさ。  学校で何やってんだ玲史は!?  紫道の手首を括ってた制服のネクタイは、長テーブルの脚に通されてて。固くなった結び目を解き、息をつく。 「ありがとな……」  身体を起こした紫道が、手首をさすりながら俺をじっと見る。 「平気か?」 「うん」  実際、平気だった。  震えず。手もしびれてない。 「ムリヤリじゃないから……かな? 遊びでってわかってるから」 「悪フザケが過ぎるだろ」 「何でここでもオーケーした? 縛るの」 「……予行練習だ」  何ソレ。 「反省してる。玲史がやりたがること、出来ればやらせたいが……時と場合はもっとよく考えないとな」 「嫌ならちゃんと断れよ」 「……嫌じゃない。それが問題だ」  溜息まじりに言って、紫道がベッドから下りた。

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