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51-7 エスコート役の仕事を終え

 5つ目の仕掛けのジャンケンは、ゾンビが勝った。  でも。  (せき)がもう1回ってお願いしたら、ノンケのゾンビ役は快くオーケーで。ヒント5のカードをゲット。  最後の答え合わせでは。  カード5枚揃ってて、正解は桃ってわかってるのに……(かい)が、わざとレモンのボタンを(れつ)に押させた。  不正解の赤いランプが点滅する。 「このほーが楽しーじゃん」  俺と合わせた視線をゾンビに向ける凱。 「腹ん中。ドア開けるヒモあるから引っ張って」 「うん」  烈がゾンビの着てるシャツを左右に開く。  お腹に拳2コ分ほどの穴。中が見えないよう、口には細く切ったゴムがのれんみたいに垂れ下がってる。  ためらいなく手を入れた烈が振り返った。 「どうした?」  知ってるけど、知らない体で聞く。 「捕まえちゃった。ゾンビ出てくるかな?」 「あーそれは……」  口ごもる俺。期待を裏切って申し訳ないけど……裏にいるのはエスコート役だ。 「んー引いてみれば? 思いっきり」  凱がおもしろそうに言い。 「うん!」  烈が引っ張る……。 「よせ! 放させろ、凱!」  出口当番のエスコート役が叫ぶ。  その声におとなしく従い、烈が穴から手を抜いた。  暫しの沈黙ののち。  ゾンビのお腹の穴から、スルスルとロープが出てきて。 「中の人、困らせちゃダメでしょ」  咎める視線を凱に投げてから、烈がロープを引いた。  出口を抜けて、ホッと一息……っつっても。  今回は恐怖感も危機感も皆無な客だったため、逆に物足りなかったんじゃないかって思う俺をよそに。 「午後、ゾンビ変わるんだよね? あとでまた入ろうかな」  烈は満足した模様。  気に入ったなら、まぁ……作った側としても満足だ。  なんか、狙った意図と違うポイントが好評だったみたいだけども。 「エスコートおつかれさま」  礼を言う汐に、軽く首を振る。 「何も役に立つとこなくて。二人とも全然平気そうだったからさ」 「楽しかった。来てよかったわ。凱がまともに学校生活送ってるのもわかったし」  汐が微笑んだ。 「ここに来るようになってからあの子、明るくなったの。これで安心」  安心……綾さんも言ってたけど。凱は、そんな危うそうには見えない。  俺よりずっと大人な気がするのに。  心配する必要があるにせよ、なしにせよ。  気にかけてくれる……愛情を持った家族がいることに、俺も安心。 「あなた、恋人がいるんでしょ?」 「え? あ……うん」  いきなりの問いに、戸惑いつつ肯定する俺に。 「愛してる?」  さらに踏み込んだ質問……!    だけど。  誰かに言ったことないけど。  涼弥にも言ったことないけど。  照れるけど。  イエス以外、ないだろ。 「うん」 「どのくらい?」 「すごく……だよ」  汐が目を細める。 「あなたみたいに愛に素直な友達がいれば、凱もきっと……思い出してくれるわ」 「え……?」 「愛するのはステキだってこと」  慈悲深い微笑みを浮かべる汐は、2つ年下の女のコにはとても見えず。  何を言われても納得させらちゃう感じ。 「將悟(そうご)くんの恋人って、あの人かな」  汐の強くてやわらかい瞳に。彫刻的なやさしい笑みに。つい見入ってた俺は、現実に引き戻され。  汐の視線を追った先に、凱と烈と……涼弥がいる。  その向こう。受付の前には、佐野と海咲ちゃんと沙羅も。  時計を見ると、1時5分前だ。 「私を睨んでた」  からかいを含んだ視線を俺に向ける汐。   「かわいいわね」  苦笑して。凱たちのもとへ。  汐が合流すると、後シフトの凱はバックヤードに急いだ。 「お疲れ。風紀も無事終わったか?」 「ああ。大した問題もなくな」 「もうちょっと、シフト交替完了するまで待ってて」 「わかった。そのへんにいる」 「委員長! シフト入れ替え終わるまで、受付お願い」  新庄に呼ばれ、涼弥を残して受付に入った。  客足は順調で。途切れず、かといって廊下を埋め尽くすほどの行列になることもなく。  10分か15分か、そのくらいの間。  サクサクと受付をこなした。  ひとりで待たせて悪いな、と思ってた涼弥は。  並ぶ列から少し離れたところで、1年の誰かと……何やら真剣な顔で話してる。  もちろん、絡まれてるふうじゃなく。  告られてるとか、そういうふうでもなく。  相手は知り合いっぽい……でもって。  なんか、涼弥っぽい!  ガタイがよくて。  短髪で、強面で。  何よりも、纏ってる雰囲気が同種な感じ。言葉でうまく表せないけども。  あ……この子か?  涼弥が言ってた……ファンっての?  風紀で一緒に見回りするって……そのあと、ここにずっといたのか?  確かに。『俺とかぶる』って言った通り。  かぶるかもな。  でもさ。  ちょっとだよ。ちょっと!  似てるとこあっても、同じ種類でも系統でも。  俺にとっては、涼弥以外はその他大勢と変わらない。 「あれ? まだいんの?」  ほとんど入れ替わったエスコート役に凱が加わった。これで、こっちは全員後シフトだ。 「仕掛けのほう、あと玲史たちで最後。それ終わったら上がるよ」 「烈がさー、涼弥のことかわいいって」 「……汐ちゃんにも言われた」  客から入場料を受け取り、手引書を渡す。  案内役がほしいかどうかは、並んでる間にエスコート役たちが確認して手配済み。 「実際、かわいいとこあんだろ」 「まぁ、そう……だな」 「楽しんで来いよ」 「ん。楽しむ」 「俺、沙羅ちゃんたちのエスコート行くねー」  次は沙羅と深咲ちゃんと佐野だった。 「樹生のゾンビ見に来たわ。で……」  沙羅が俺を見る視線が上に。 「將悟たちは猫なのね」  また。  忘れるとこだった……もう取ろう。  ほかのエスコートが耳つけてるの見慣れたせいで、視覚的な違和感がすでになくなってたよ。 「男女どっちへのサービス?」 「どっちでもない。実用アイテムだ。お前、猫耳つけた男見て嬉しいのか?」 「そうね。みんな、かわいさアップしてるから……いいかも」 「いってらっしゃい!」  笑う沙羅に、手を振った。  あ。そうだ。ライブ……あとで会場行って聞くか。  佐野のためにってだけじゃなく。  おもしろいのやってるかもしれないしな。 「早瀬。ゾンビ交替オッケーだぞ」  後シフトのエスコート役と受付を替わり、やっと。  お役御免だ。 「じゃあねー將悟」 「お疲れ……」  シフトを終え、元気そうな玲史と……紫道(しのみち)は、ちょっとゲンナリしてる。  ゾンビ役プラス、玲史になんかされてたからな。 「お疲れ」  まぁ、仲良くしてるならいい……のか?  ベッタリ腕組んで歩み去る二人によけいなことは言わず、涼弥のところに向かった。  学祭も後半。  エスコート役の仕事を終え、浮足立つ俺。  お楽しみは、まだ先だけどな。

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