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52-1 後輩へのアドバイス

「終わった。待たせたな」 「ああ。將悟(そうご)……」  はれて恋人と一緒に過ごせる自由時間……なんだけど。  俺を待ってたのは、涼弥だけでなく。  「お疲れさまです。早瀬さん、ちょっと時間もらえますか?」  さっきから涼弥と話し込んでた1年が言った。  涼弥とちょっとだけかぶる、この男。名前……何だっけ。 「え……と?」 「木谷(きたに)だ。お前に聞きたいことがあるらしい」 「俺に……何?」 「向こう、杉原さんに聞こえないとこで」  階段のほうを示す木谷。 「そ……れは……」  いいのか?  涼弥を見ると。 「かまわない。行ってやれ」 「じゃあ……」  すでに歩き出した木谷と、階段前の空きスペースへ。 「俺、津田が好きなんです」  足を止めて振り返り。唐突に、木谷が切り出した。 「中学から一緒で一番の親友で。俺がそういう目で見てるなんて、あいつは夢にも思ってないはずです」 「そう……か」 「俺は彼女いたことあったし。あいつにゲイの素振りは全然なかったし。嫌われるのが怖くて、必死で下心隠して。そのくせ、頭の中ではヤバい妄想ばっかしてるって……ダメですよね」  何て答えていいかわからず。無言でいると、すぐ。  「似てるでしょ? つき合う前の、あなたと杉原さんの関係に」  まぁ、ザックリ見れば……。 「そ……うかも……」 「相談したんです。もう限界近いし、俺はどうしたらいいか。杉原さんは、どうやってうまくいったのか」 「俺たちは……」  いろいろあって。  きっかけがきっかけを呼ぶ感じで。  ただ。  今こうなれたのは、お互いにずっと……思ってたからだ。 『お前が好きだ』って。 「きっかけはあったけど、それで突然その気になったわけじゃない。うまくいくために何かしたとかじゃなくてさ」  木谷はじっと俺を見てる。 「涼弥は? 何て言ってた?」 「『俺はろくなことしちゃいない。將悟が俺を好きだっての知って、信じただけだ。奇跡だろ』って。あの人、ほんとにあなたが好きなんですね」 「うん……」  照れる。人に言われると。 「あなたは? ほんとに杉原さんを好き? 流されたんじゃなく?」 「そんなわけあるか」 「親友だから。失くしたくないから、なんとか応えようとしたんじゃなく?」 「……そんなんでつき合ったら、お互いつらくなるだけだ」  感情を抑えた声で言った。  ちょっとムカつき。  ちょっと呆れ。  ちょっと、コイツの真意が見えたから。 「すみません。嫌な聞き方しました」 「わかったろ。ほんとだって」  木谷が苦笑する。 「はい。これで津田にハッキリ言い切れる。早瀬さんたちは本物だから、心配するなって」 「心配? してるのか? 津田が……俺を?」 「あいつ、早瀬さんに憧れてるんですよ。ここで同じ部活入って、何かと面倒みてもらって」 「俺、あんまり特徴ないほうだと思うけど……」 「自分じゃわからないんですね」  方眉を上げる俺に。 「自分をシッカリ持ってて、それを表に出さないでもいられる。絵を描いてる時は以外は、マジメなクラス委員長の自分を徹底させてるみたいだ……」  木谷の言葉に軽く驚いた。  ほとんど部活でしか会ってないのに。津田は、俺の委員長仮面に気づいてたのか。 「ここでうまくやってくお手本にしたかったって。あいつも、弱い面見せちゃったら嗜虐心を刺激するタイプだからね。あと、劣情をそそる系。あなたと同じ」 「え……俺はそんなんじゃないぞ」 「そうかな? 今まで襲われたこと一度もない?」 「……ある、けどさ」  木谷が口角を上げる。 「実際、津田もうまくやってたよ。目立たない弱者じゃなくて、簡単に手出しされないバリア張る感じで。俺もいるし。で……選挙も立候補した」 「そっ……か……」 「なのに、いきなり。杉原さんとつき合い出したから。あいつ、動揺しちゃって。彼女もいたはずなのに、どうして友達と!?」  彼女は偽装で。  次々といろいろあって。  展開は確かに早かったけど。 「ずっと好きだったんだよ。ハッキリ自覚したのがひと月前なだけでさ。涼弥の気持ち知ったのも」  俺がそう答えると、木谷が溜息をついた。 「杉原さんの押しに負けて、とか。さっき俺が言ったようなこと、津田に聞いて。俺は違う心配しました。あなたを好きなんじゃないか……」 「それはないだろ」 「はい。否定された上、エロい目で見るなって怒られた。でも、杉原さんとの仲は半信半疑で。だから、俺が聞こうかなと。ちょうど、風紀で一緒だし」 「津田とそういう話あんまりしてないけど……聞かれればちゃんと答えたよ。お前が教えてあげて」 「そのつもりです」  木谷の視線が俺の後ろへ。  つられて振り向くと、腕組みした涼弥が俺たちを見てる。 「今の話、涼弥がいても話せただろ?」  視線を戻して木谷に言うと。 「無理してつき合ってた場合、本当のこと言えないでしょ。友達としての気持ちしかないけど傷つけたくないから……とか」  なるほど。  でも……。 「よく、涼弥がオーケーしたな」 「ああそれ。俺と二人で話すの心配するってことは、あなたを信用してないんだなって言ったから」  木谷が笑う。 「俺、人の弱み見抜くのけっこう得意で。杉原さん、自信たっぷりに見えてそうじゃないとこ……かわいいですよね」 「お前が言うな」  このあざとい感じ。  外見の雰囲気は涼弥と同種でも、中身は全然似てないじゃん。 「あなたを落とした杉原さんに興味湧いて、近づいて。はじめは警戒されちゃったけど、津田のこと相談したら……思いのほか親身になってくれたんですよね」  涼弥が警戒解いたの、コイツが狙ってるのが俺じゃなく津田だってわかったからだな。 「で、今日。選挙の発表のあとぶっちゃけることにしたから、津田を知ってる早瀬さんにアドバイスもらいたい。取り次いでほしいって頼みました」  急に、シリアスな瞳で俺を見つめる木谷。 「選挙の結果が悪かったとして。気落ちしてるとこつけ込んで告るのって卑怯ですか?」 「つけ込むくらいでうまくいくなら、ほかの時でもオーケーすると思うから……いいんじゃないか」 「そうかな。弱ってる時って、ガード緩くなるでしょ。だから、受け入れてもらいやすい気がして……」 「それ、投げやりになってるみたいじゃん。その気がなきゃ、津田はちゃんとノーって言えるヤツだと思うよ」 「あ……やっぱり?」  木谷がニッとする。 「早瀬さんは? 落ち込んでる時にやさしくされたら……普段ならダメっていうようなことでも、いいよってなっちゃいませんか?」 「ならない……はず」  はずって何だ。  言い切れないのか俺。 「もし、なるなら。普段でもいいよって言えることだろ」 「そっかぁ……うん。そうですね」 「木谷」  長くかかった話も終わりそうになったから。 「津田もお前が好きって可能性、自分でどれくらいだと思ってる?」  聞いた。  残酷かもしれないけど。 「うーん……49パーセントくらい?」 「なら。返事もらう前に手は出すな」  反応なんか人に依る。  俺の知る津田は、ほんの一部だろうし。  この二人がどれくらいお互いを大事に思ってるかも知らないし。  だけど。  だから。 「津田にその気がなかったら傷つける。お前も傷つく。失くす覚悟がないなら、一か八かはやめろ」  出来るアドバイスはこれだけだ。  木谷が俺を見つめて頷いた。 「わかりました。ありがとうございます」 「津田、当選するといいな」 「そしたら、一緒に喜んで……ドサクサにまぎれて告ります」 「ん。がんばれ」 「はい」  素直な笑みを浮かべる木谷に微笑みを返し。 「じゃあ、津田によろしく」  待ちくたびれてるだろう涼弥のもとへ戻った。

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