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52-2 ネタ?
ようやく。やっと。
クラスの出し物、お化け屋敷のエスコート役の当番を終え。
後輩へのアドバイスも終え。
自由時間だ!
「腹減っただろ。まずは何か食おう」
階段を下りながら、涼弥が提案。
「うん。お前、今日寝過ごして……朝飯ちゃんと食って来たか?」
「朝はパンだけだが、ここでうちの店の菓子と非常食は食った」
非常食は、クラスごとに学園から配布された食料だ。
学祭用で。当番で忙しくて食事を取れない時に、空腹で倒れないためのもの。栄養バーとか栄養ビスケットとか、その類のやつ。
「俺も合間に食ったけど、腹にたまんないよな。味気ないっていうか」
「うまいもん、食うぞ」
いつもと違って制服姿じゃない人混みを抜け、昇降口を出た。
校門から校舎までの広くはないスペースに、飲食系の屋台がコの字型に並んでる。
毎年、屋台を出すのは1年のクラスが多い。準備が少なくて済む飲食物の販売は、暗黙の了解で1年が優先だから。
あとは、うちの学園教師たちの店で……常に人気だ。
キャリアがあるせいか。味に関しては文句なしのものを提供してる。
「何にする?」
食い物のいい匂い漂う中。
すでに、足を角の屋台へと向けてる涼弥に、一応尋ねた。
「焼きそばと……」
「タコ焼きな」
祭りの王道だ。
「大繁盛じゃん」
先生たちの屋台は3店あり、どこも人だかりが出来てる。
焼きそば、焼き鳥。そして、カレーライス。目新しさは何もない。
でも、マジでうまいんだよね。安いし。
ひとつの店に売り子が数人いるおかげで、さほど待たず。
「焼きそば3つください」
「はいよッ、600円!」
威勢よく言ったのは、現国の鷲尾 で。
金を払って、焼きそばの入った袋を受け取ろうとしたら。
「早瀬……雰囲気変わったな。お前らデキてんのか?」
唐突に聞かれた。
先生だからって、プライベートな質問に答える義務はないし。
特に、鷲尾はセクハラまがいのこと言ってくるし。
まぁ、つき合ってるのオープンにしてるから、肯定するのに抵抗はないんだけども。
「そうです」
ほんの少し間が空いた隙に、涼弥が先に答えた。
「ほう……」
鷲尾が俺と涼弥を見る。
交互に。
熱心に。
全身を、舐めるように……それはもう、とっくりと。
「ジロジロ見るな。狙ってんのか?」
「涼弥、よせ……」
「ふん。生徒に手を出すほどバカに見えるか。ただネタに……」
「何だと!?」
失言とばかりに口をつぐんだ鷲尾に、涼弥が憤る。
「將悟 で抜きやがったら……」
「そんな心配は不要だ。妄想なんぞ役に立たねぇからな。ほら、どけ。次の客の邪魔になる」
涼弥の憶測を余裕の笑みで否定し、俺たちを追いやるように手を振る鷲尾。
「行くぞ」
まだ何か言いそうな涼弥の腕を引っ張り、店から離れた。
「あのヤロー、ネタっつったぞ? お前を……」
「たぶん、違う。鷲尾はバイって噂だけど。本人の言う通り、うちの生徒の妄想でってのはないと思う」
「何でだ?」
「あいつが俺見る目、エロくないから」
「今だけじゃねぇ。ほかのヤツのことも、たまにすげーじっくり見てやがるぞ」
涼弥が眉をひそめる。
「知ってる。でも、狙う感じのエロい目つきじゃない。観察してるっていうか……」
たこ焼き屋を目指して中央のマップまで歩いたその時。
「焼きそば屋の。やっぱりイーグル先生だよ。この学園の教師だっての、ガセじゃなかったね」
「毎日ホモ見てるからネタに困らないんじゃん」
「あんな男くさいナリしてあの甘い絵描いてるって萌える」
「まんま鷲尾とは思わなかった。ネットの写真なくても名前が大ヒント」
女子高生らしき二人の会話が耳に留まった。
イーグル先生?
教師……毎日ホモ……甘い絵……。
鷲尾……。
イーグルテイル!?
「突然ごめん」
耐えられず、声をかけた。
「今の、鷲尾先生のことだよね? あそこで焼きそば売ってる、背の高い……」
「え……あーそう。その人……」
驚くも、ボブカットの子が答えてくれる。もう一方の長いかみをアップにした子も、隣で頷いてる。
ナンパノリじゃないし。
ここの制服着てるし。
エロい目で見てないし。
でも。
「イーグルテイルは、BL作家の」
続けた言葉に。
ちょっと引かれるかなーと思ったけど。
「知ってるの? もしかして、腐……?」
「うそーじゃあ、リアルも?」
食いついてこられ。
二人の視線が俺から涼弥へ。
「え? 彼氏?」
「この人と……!?」
涼弥を見る。
俺を見て、女のコたちをチラ見して。俺に戻した瞳が困った感……。
あれ? さっき鷲尾に言ったみたいに堂々と肯定しないの?
「うん。そう……」
「やだーいいじゃん!」
「ナマモノ素材、今日3組目!」
認めるや否や……ウケた。
「あ……じゃあ、ありがとう。楽しんでってください」
リアルな質問とかされないうちに。涼弥を連れ、そそくさとその場を後にした。
人混みにまぎれ、タコ焼きの屋台に向かう。
「あの女たち、知り合いじゃないんだろ?」
「全然。ただちょっと……どうしても気になることあってさ。ごめん。嫌だったよな」
「嫌じゃないが、妙なノリで……よくわからなくてよ。鷲尾がどうしたんだ?」
そうだ。
鷲尾が……イーグルテイル。
マジか……!?
あの子たちの話の信憑性はともかく。
鷲尾がBL作家だとすると、納得出来ることがいくつかある。
さっきの『ネタ』は創作のネタ。
舐めるような視線は、男子生徒をガチで観察するため。
転校生総受けって言葉……知ってるはずだよね。
腐男子ってより、腐を提供する側だったらさ。
本当かどうかハッキリさせるには、本人に聞くしかないけど。
そうすると、俺がヤツの薄い本読んだことあるってバレる……のは嫌だな。
イーグルテイルのふんわり甘い画風、好みじゃないしな!
「鷲尾が……」
説明はザックリでいいか。
部屋にある本、何だって聞かれて一度見せた時。
エロくないシーンの絵だけ見て、女が読むもんだろって。
涼弥はBL好きじゃない……ってか、興味なさげだったから。
その頃は。
自分も涼弥も、ゲイだなんて思ってなかったし。
「趣味でマンガ描いてるらしくてさ。あの子たち、その本知ってて……どっかでこの学園の教師だって情報見て、きっと鷲尾だって言ってたから。気になって確認しただけ」
「マンガってのは、男同士のエロのやつか?」
一瞬、固まった。
「え……何で……知ってる?」
タコ焼き屋の手前で足を止め、涼弥が俺を見つめる。
「お前の家で……はじめてやった時、帰り際に沙羅が一冊寄越した」
「は? 沙羅が?」
「こういうの読めるなら、將悟もいっぱい持ってるから。プレイの参考に……っつって」
沙羅……。
BLワールドとリアルは別モノだって知ってんのに……!
「女みたいな顔の男の絵は正直苦手だが……ためになる部分はあったぞ」
「そ……っか」
何系の本だ?
沙羅のヤツ。自分には害がないと思って……エグいのあげてないだろうな……!?
「今度、お前が好きなの見せてくれ。知らねぇこと……まだまだあるからよ」
「けどさ……あの世界はファンタジーで、現実的じゃないの多いから。あんまり参考にならないっていうか……したらマズいっていうか……」
涼弥の瞳に熱がこもる。
「大丈夫だ。試して無理なことはしない」
「……ん。じゃあ……今度な」
出来ればノーって意味で今度って言いたい、待ち遠しくない『今度』が……ひとつ増えた。
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