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52-4 タピオカバニラ

 今。  けったいな見た目のデザートを手に、再び中庭のベンチに座ってる。 「なんか気味悪いが……女たちに好評ってことは、これはこれでシャレてるもんなんだろうな」 「それはない……と思う」  涼弥のジャッジをやんわりと否定する。 「たぶん、シャレてないのが逆にウケてるだけだ」  何故なら。  どう贔屓目に見ても、オシャレなスイーツって感じじゃないから。  コレはタピオカバニラだ。  焼きそばとタコ焼きを食い終えた俺たちは、木谷のクラスがやってる屋台に行った。  ぜひ来てくださいって涼弥が言われてたのと、デザートに甘い物もいいなって思ったのと。人気のタピオカだっていうからさ。  タピオカって聞いて、一般的なの想像してたんだよね。  ミルクティーに沈んでるやつ。一回飲んだことあるしさ。  ほかの飲み物に入ってるのも知ってる。  黒い粒じゃないのがあるのも知ってる。  商品名のタピオカバニラから、バニラ味の飲み物にタピオカか……と。  で。買って去ってく人たちの見て、まず……何アレってなった。  で。買って手元にきて、ナニコレ……ってなった。  しかも。  木谷にすすめられ、カップル用倍カップのやつを1個買った俺たち。 「あれに似てるぞ……かき氷の。抹茶で小豆のってる……」 「宇治金時。確かにな」  涼弥の意見に同意。  タピオカバニラは、カップに盛りつけたバニラアイスにタピオカがのったスイーツだ。  カップル用のコレは。  うどんとかに使う、どんぶりサイズのプラカップ。コーンにのせる普通サイズの倍の大きさのアイスクリーム。  そこに、タピオカが山盛りでのっかってる。  いや。  のってるってよりも。半球型のバニラアイスの表面に、びっしりと隙なく貼りつけられてる。  黒いツブツブが。  濡れてテラテラして。  アイスが見えないくらい。  変な未知の生物みたいに。 「食おう。うまそうだ」  涼弥が、アイスの根元に刺さってる2本のスプーンの片方を取った。色は濃いピンクの。  あー(つの)いっこ取れた。  ピンクの角が生えた謎生物みたいだったタピオカバニラ。  俺もスプーンを取り。  ベンチに置いたどんぶりを二人で押さえてすくい、いざ……。  うん。タピオカ味。  うす甘で、ブヨっとしてて……ニチャッとしてる。  タピオカしかすくえなかったからな。  うまそうって言った涼弥の反応は。 「やわらかい……甘い……」  あ。  ちゃんとアイスもすくえたようだ。 「思い出すな……お前んとこで食ったやつ」 「うん……」  俺も思い出してた。  うちで食ったアイス……泊まった時の。  もうひとすくい。タピオカバニラを口に入れる。  甘くて。モチっとやわらかなのは、アイスにまみれた唇と舌の感触に似てる……気がする。 「アイス食ったの、あれ以来だ」  涼弥の瞳が遠くなる。 「俺も……」  だけど。  思い出して腰が疼いちゃマズいだろ。 「これ、けっこううまいじゃん。見た目グロいけど」  リアルに戻って、今を健全に楽しもう。  バニラアイスとタピオカを同量ずつ食べるとベストだ。淡白な粒と濃厚なアイスクリームが絶妙にマッチして……。 「お前の口から食いたい」  ダイレクトに欲望を言葉にする涼弥。 「今は無理だろ。夜な」 「タピオカのったアイスはないぞ」 「いいだろ。アイスだけで」 「嫌だ」  軽く口を開けて涼弥を見つめる。 「このタピオカがいい」  いい……って。  何駄々こねてんだ……!?  おかしい。  おかし過ぎる……! 「禁欲はどうした。あと半日のとこでリタイアか?」  堪えてた笑みを口元に浮かべた。 「褒美はなしだな」 「降参してるお前がしてくれりゃ……」 「しない。こんな人いるとこで、アイスとタピオカでキスとか……ない」 「校舎の裏行けば人いねぇ」  一瞬より長く。その提案に惹かれた。  でも、踏ん張る。 「ダメだ。人いないとこじゃ、理性効かなくなる」 「俺は効くぞ。暴走はしねぇ」  理性効く人は、ハナから学校でキスしたいってゴネません。 「じゃあ、待てよ。待てるだろ、夜まで」  涼弥は反論せず。大きくすくったタピオカバニラを口に運ぶ。 「ていうかさ。どうした? 何で急にしたがるんだよ? 嫌なことでもあったか? 悲しいこととか」 「……急にじゃねぇ。ずっとだ」  天を仰ぎ、諦め顔で涼弥が俺を見る。 「お前、猫んなって来たろ」 「……耳つけてただけじゃん」 「(かい)の連れの女と一緒にいたろ」 「あれは、お前のこと恋人かって聞かれてたんだよ」 「木谷と仲良く喋ってたろ」 「あいつの恋愛相談。お前の口利きで」 「鷲尾にガン見されてたろ」 「……マンガ描くネタとしての観察だって」  今さら不安になる要素とかないよね? 「マジでどうした?」 「悲しいんじゃねぇ。嫉妬もしてねぇ。嬉しいんだ」 「え……?」  俺を見つめる涼弥の瞳は、確かにネガティブな翳りはなく。 「お前、かわいくてよ。俺のもんだってのが……嬉しくて仕方ねぇ。触りたくなるだろ」 「それは俺も嬉しい」  ベンチについた涼弥の手に触れる。 「俺も触りたいってなる……けどさ」 「わかってる。ここが学校だってのはな」  涼弥が俺の手を握る。 「これじゃ足りねぇのが俺だけじゃなけりゃ、我慢出来るぞ」 「うん。足りない。一緒に我慢だ」  微笑み。 「なぁ……お前、よく俺のことかわいいって言うけど。お前もかなりかわいいとこあるよ」  異を唱えられる前に。 「今日、何人もに言われた。お前のこと、かわいい……ってさ」 「は……メイドの格好がか? ありゃギャグだ」 「違くて。見た目じゃなく、中身」  理解出来ないってふうに眉間に皺を寄せる涼弥。 「言うこととか態度とか。たまにやられる……何でもしてやりたくなる」 「そう……か」 「今、ここでキスはダメだ。校舎裏もな」 「……ああ、わかってる」 「客も多いし。誰に見られるかわかんないじゃん。風紀も……あ。どうだった? 見回るのって、やっぱり人気のない場所か?」 「悪さしてんのがいねぇかってな」 「いたか?」 「ケンカや人襲ってんのは、なかった。イチャついてんのが4組いた」 「そういう時って、注意するのか? 見てみぬフリ?」 「笛吹いてやめさせる」  え……マジで?  目を瞠る俺を見て、涼弥がニヤリ。 「おもしろいぞ。夢中になってて俺らに気づいてないからな」  それ。  あの時の俺たちと同じ……で。  盛り上がってるとこ、いきなりホイッスルで強制ストップ……不憫だ。 「かわいそうに……まぁ、学校で盛るのが間違いだからしょうがないか」 「3組はやめたが、ひと組は続けたぞ。笛でこっち気づいてから……わざと見せつけるみたいによ」 「それはまた……」  やる気満々、てか。  見られてるの知ってて……よくやれるよね? キスだけ、としてもさ。  見せたいのか。  見られて興奮するとか。  そういう性癖ってあるらしいからな。 「さすがに諦めて立ち去ったのか?」 「いや。やめないなら記録するって警告したら、どうぞっつーから……あとで坂口に報告した。3階の空き教室で、1年二人だった」 「そっか。涼弥……」  少なくなってきたタピオカバニラをすくうのに、カップをシッカリ支えるため。まだ重ねたままの涼弥の手をぎゅっと握り返してから、離した。 「お前、自分がエロいことしてるとこ人に見られるのって……どう? 俺は嫌だ」  涼弥が訝しげに俺を見つめる。 「けど、お前……公園とか道で……」 「キスしたけどさ。公園は城ん中だし。道では軽くだろ。人前でガッツリは恥ずかしいよな? それに、見られてちゃ気になって出来なくない?」 「恥ずかしいってのはない。自分が見られるのも別にだが……」  え……まさか、見られたい願望があるとか……言うなよ。 「お前見られんのはダメだ。人には見せねぇ」  よかった。  安心。 「うん。だから、二人きりになってからな」  タピオカとバニラアイスをすくい。タコ焼きの時みたいに、スプーンを涼弥の口元に持ってってスマイル。 「これ食って、遊んで。夜は……思いっきり甘やかしてやる」   「……たまんねぇな」  アイスをパクっと口に入れた涼弥が、もう一度俺の手を握りしめ。俺たちは指先を絡めた。

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