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53-1 俺にはお前がいるじゃん?
俺は涼弥が好きだ。
どこがっていうんじゃく、涼弥が。
今、間近で見てる顔も好きだし。
俺の上腕を掴んでる手も好きだ。
短くなった髪の毛も。
俺を見つめるまっすぐな瞳も。
「將悟 」
俺を呼ぶ低い声も。
「將悟……!」
俺の好きな涼弥の声に不安がまじる。
何だよ。一緒にいるんだ。心配要らないだろ?
「好きだ」
当然の事実をあえて今口にする俺に、涼弥が目を細める。
「何……どうした?」
「どうって……お前がだ。大丈夫か……?」
「大丈夫に決まってるじゃん」
信じてないのか、涼弥の表情は晴れない。
「一緒にいるんだからさ」
「……今の、聞いてたか?」
「うん。俺が生徒会長なんだろ」
「ああ……」
「よりによって会長って……はーっ……」
大きく深く、息を吐いた。
「誰だ……俺なんかに票入れたのは……」
「俺は入れてねぇぞ」
睨んだ俺に、狼狽える涼弥。
「269人だ。ヤツらが……」
「そっか、うん。来年の学園がどうなっても知らん。選んだヤツのせい」
「將悟……」
「冗談だよ」
笑みを浮かべて見せる。
「涼弥。マジで大丈夫だから俺。おかしくなってないし、こうなったらもう……やるしかないし」
俺の腕を掴む涼弥の手を解く。
「何でもやれる。俺にはお前がいるじゃん?」
まだリラックスから程遠い様子の涼弥を引き寄せて、抱きついた。
「サンキュ。もし、時間経って落ちたら……慰めてくれ」
「……もうやめろってくらい、な」
強く抱きしめられて安心感と癒やしを得て……ほかのモノが欲しくなる前に、身体を離す。
不安の消えた涼弥の瞳に、今度は熱がこもってる。
「人いなくてもここはダメだ。ホイッスル鳴らされるのは嫌だろ」
確率は低いかもだけど、風紀の見回りに見つかりたくない。
「今、誰の当番?」
「こっち側は確か……高畑と1年の岡部」
見回りが玲史なら。
イチャついてるの見ても見逃してくれる、なんて思わない。
そっと立ち去ってはくれず、わざとじっくりねっとり……見るよね絶対。そんなプレイに目覚めさせられるのはゴメンだ。
「ん。じゃあ、隣座って……健全に」
不満そうな顔で、涼弥が俺の横に腰を下ろした。
「発表、ちょっとクラクラして聞いてなくさ。あと誰が当選した?」
そう尋ねたら。涼弥に、コイツほんとに大丈夫か?……って視線を向けられ、にへらと笑う。
眉をピクッてさせる涼弥がおかしくて、声を出して笑った。
「お前……やっぱりショックなんだろ。変だぞ」
「かもな。いいから、教えて」
「……副会長は加賀谷だ。書記が上沢で、会計が津田。庶務が藤村だ、C組の」
津田……当選してよかった。
ほかは、加賀谷と上沢と藤村……か。
「將悟」
「ん?」
「この結果、俺から見りゃ意外じゃないが……お前は? メンバー的に問題ないか?」
「まぁ、うまくやってける……と思う」
わからない津田は置いといて。ノンケがいないのは、いいのか悪いのか。偏ってる感あるけど。
あと、藤村のあのノリが続くとくたびれそうだけど。
「藤村に、メイズで話しかけられた」
俺の思考を読んだみたいに、涼弥がヤツを話題に出した。
「……何だって?」
ロクなこと言ってないだろ、きっと。
「早瀬の具合どうだ? 飽きたらくれ、だと」
「あー……アイツはいつもそういうノリだから。気にするな」
「中学ん時、ノンケのお前をふざけて襲って以来嫌われちゃってっつってたぞ。何もしてねぇってのは本当か?」
「うん。何もなし。それに……俺が1ミリも誘いにのらないのもお前に飽きないのも、藤村は知ってるはず」
「まぁ……お前がオーケーしない限り絶対手は出さねぇ、役員一緒にやるんだから仲良くしようって言われて……握手しちまったけどよ」
「よく、おとなしく応じたな」
「余裕がなかった」
手元の少し折れた相性度診断書に、涼弥が視線を落とす。
「あの中で……道分かれるたび、すげー迷ったんだ。たまにマンガ貼ってんのあっても壁しかねぇし。何も閃かねぇし」
だから遅かったのか。
けっこう分岐あったから。そのたびじっくり選んでたら、消耗して焦ってくるのは仕方ないよな。
「気弱ってたのと、善行積むってやつと……藤村が、手で探るといいって教えてくれた礼もかねてだ」
「何だソレ。手……?」
「ああ。利き手じゃないほうからパワーを取り込めるから、左手道に向けて相手の気キャッチすりゃ何か感じるって話だ。熱くなるとかゾクッとするとか」
「ソレ……どっからのソース?」
信じたのか?
騙されてるんじゃないの?
「藤村の前に並んでた女が、相手の男にそうやれって説明してたらしい」
「俺の……気?」
「なんとなくだが感じたぞ」
「お前……」
信憑性……とかじゃないんだよね。思い込みだとしてもさ。
そんだけ必死というか……。
てか、藤村もソレ頼りにしたのか?
わざわざ涼弥をからかう意味もないし?
誰かと来てたわけだし……相性チェックしに。
とにもかくにも。
「がんばったな」
「俺とお前の相性が悪いわけがねぇ」
「ん。同じ出口で100パーセントだ」
信じる。
相性チェックメイズの精度じゃなく。
涼弥の思いが発動した第六感のおかげだってな。
「お遊びにしちゃ、この判定はランダムじゃなく出来てる。出口が同じなら100。隣なら75、ひとつ離れてたら50。端と端なら25だそうだ」
「へーそうなのか」
「途中で女二人がしゃべってんの聞いた。そういや、鈴屋にも会ったぞ。すぐ行っちまったが」
「あー俺も斉木と会って……ちょっと一緒に歩いて話した」
斉木と中で一緒にいたの、やましくないから言っておく。
「何もねぇな?」
鋭くなった眼差しで尋ねられても、余裕だ。
「うん。斉木はマジで結都 にホレてるから」
「……ここでのあれ見たろ。それで鈴屋が斉木とつき合うっての……わからねぇ」
天文部の部室。
俺と涼弥が中を窺ってた窓は、すぐそこだ。
「本気でやるつもりじゃなかったとしてもだ。嫌いにならねぇもんなのか」
「結都の場合はそうなんだろ。うまくいってるってことはさ」
実際。斉木はああ見えて、一途でいい男だって思った……のは、言わずにおこう。
涼弥が真顔で俺を見つめる。
「お前に嫌われたくない」
「嫌わない。何度も言ったじゃん」
「……何してもか?」
「何するんだよ。二股でもかけるのか? 勝手に変態プレイか? 俺を誰かに売るとか?」
「そんな真似はしねぇが……」
ふざけて言った俺と違い、涼弥はやけにシリアスで。
「何でも許されるとも思っちゃいねぇからな」
「涼弥」
息をついた。
しんみりするとこじゃないじゃん?
相変わらず、不安に陥りやすい涼弥の気分を上げるのは……俺の役目だけど。
「何でもアリっては、言い切れない」
嘘じゃなく、本心を口にする。
「許せないことはある。犯罪者になってどっかに入れられて会えないとか」
「そんなバカはしねぇ」
「ムチャやって入院するとか」
「……わざとはしねぇよ」
「お前が傷つくことするのは許さない。身体はもちろん、心もな」
涼弥が眉を寄せる。
「でも、嫌いにはならない……つーか、なれない。お前が、極悪人になっても二度と会えなくなっても。俺を殺してもだ」
「將悟……」
眉間の皺を深めた涼弥が、俺に唇をぶつけてきた。
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