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53-3 浮気はしない

 前にいた女子数人に続いて体育館に入ると、ちょうど観客が一斉に笑ったところだった。  学祭のライブ会場である体育館は、暗幕を張らず明るいまま。ステージ前に5メートル強の空きスペースがあって、そこから後ろ3分の2くらいまでパイプイスが並んでて。  後方のドアから、その客席まで歩いてく。  ステージの真ん中でコントをやってるのは、確か2-Eの二人だ。  ツカミはバッチリらしく、大勢の客の前で喋る二人は堂々としてて見てて安心な感じ。  冷めたムードだと、見てるほうがなんか恥ずかしくなる時あるよね。 「ウケるお笑い出来るのってすごいな」 「ああ。俺にゃ真似出来ない」  頷いた涼弥が、空いた席に座ろうとする俺の肩を叩く。 「沙羅たちがいるぞ」  見ると、左側の前3列めらへんにいた。  海咲(みさき)ちゃん、深音(みお)、和沙と一緒だ。 「何か聞くことあるって言ってたろ」 「あ、うん。始まっちゃってるけど……大丈夫かな。ちょっと行ってくる。待ってて」  涼弥を置いて、沙羅たちのところへ。  横から近づく俺に、深音が気づいた。隣は和沙。で、海咲ちゃん、沙羅って横一列に座ってる。 「將悟(そうご)も来たんだ。この人たちおもしろいね」 「うん。みんなでお笑い見に来たのか? バンド?」  沙羅も俺に気づいて手振ったけど、すぐに海咲ちゃんと話しながら視線はステージだ。  誰目的で来たのか知るだけなら、深音に聞いても同じだよな。 「そうだ! 生徒会長、おめでとう!」 「……ありがとう。成り行きでさ」  めでたくないし、乗り気でもない……やるしかないんだけども。  あと、声小さめにしよう。 「がんばってね。あ……今、平気? 話せる?」 「え、うん。俺も聞きたいことある……」  深音に言いながら、和沙を見る。 「行って。大丈夫だから」  許可をもらった俺と深音は、客席を離れ壁際に移動した。 「將悟の聞きたいことって?」  深音に先を促され。 「沙羅に聞いてくれって佐野に頼まれたんだけどさ。海咲ちゃんが誰目当てでライブ見たいのかどうか」 「海咲、お笑い好きなの。同じクラスの子の彼氏が出るって聞いて、絶対見に行くねって約束したみたい。だから、その人が目当て……っていうのかな? 今やってる左側の人」 「そうなんだ」  友達の彼氏を見に来たんなら、佐野が気にする必要はないな。  よかった。  悲しいお知らせしなくて済む。 「ありがと……あ。海咲ちゃんには、佐野が知りたがってたって内緒にしといて」 「わかった」 「で、お前は? 話って何かあったのか?」 「私じゃなくて、沙羅のことなんだけど……」  深音の表情が微妙だ。 「彼氏の樹生くん、今お化け屋敷でゾンビでしょ? 最後まで?」 「うん。沙羅と海咲ちゃん、午後イチで来た。樹生がどうかした?」  そういや、樹生には会ってない。  でも……沙羅の様子見たかぎり、ケンカしてるふうじゃなかったよな。 「海咲はお笑いの人目的だけど、沙羅は……バンドで見たい人いるって……その人、3年生で……」  言いにくいことなのか、言ったらマズいことなのか。  歯切れの悪い深音の言葉の先を待つ。 「去年、沙羅たちとよくライブハウスに行ってたの、知ってる?」 「あー……夏頃から何回か、話聞いた。クリスマスとかも行ってたよな」 「そう。でね、そこでギター弾いてる人……沙羅が好きになって。それで……」  考えるように、深音が少し間を置いた。 「その人と何かあったみたい。將悟に話してるかわかんないけど……」  話してない。  沙羅がバンドマンとどうこうってのは初耳だ。  ただ……。  深音がぼかした『何かあった』が。つき合ってないけどセックスしたって意味なら、聞いてる。  沙羅の初体験の相手だ。  うちの学園の3年……話に合う。  で、その男を見に来たのか。  見たいって、純粋にライブを?  懐かしくて?  過去の男……見たくなる心境って? 「誰かまではわからないけど、少し聞いてる。樹生は知ってるのかな」 「みんなといる時会ったことあるから。それでね、昼前……沙羅と海咲がアイス買いに行ってる時、マップの前で樹生くんと会って……頼まれたの」 「何……?」 「ライブで、沙羅の様子が変だったら教えてほしいって」  深音が不安げな顔してる。 「変って、どんなの? ウットリ見つめてたら? ライブでノリノリで跳ねてたら?」 「ノリノリなのは変じゃないんじゃん? どんなバンドか知らないけどさ」 「終わって声かけられて仲良く話してたら?」 「うーん……そのくらいは……つーか。樹生は沙羅の浮気の心配してるわけじゃないかも。会ってまたつらくなるとか、そういう……」 「つらいなら、見に来ないでしょ」 「確かに……でも、樹生が浮気の心配って……」 「和沙も言ってた。自分がしたことされる心配、する資格ないから。何もしなくていい。沙羅は浮気なんかしない」 「まぁ、そうだな」  大筋は同意。 「お前は? もし、何かあやしかったら……樹生に教えるか?」  弱々しい笑みを浮かべる深音。 「もう、メールしちゃったの」 「え?」 「和沙が。『気になるなら自分の目で確かめに来て。その男の出番、ラストだから4時20分』って……樹生くん、来るかな?」 「どう……だろう。あっち、ヒマになってたらたぶん……」 「沙羅は、来てくれたら嬉しいよね。浮気の心配されたとしても」 「あー……そうかもな」  心配、させたがってたよね。  俺にはよく理解出来ない心理だけど。 「樹生くんに来てほしい。でも、来なくて……沙羅がその人と喋ったりしたら、教えたほうがいい?」  喋るくらい何でもない。  けど。  心配されたいならさせたほうがいいのか?  そもそも、樹生は心配するか? 「和沙に賛成。気になって、当番抜けてここ来るならそれでよし。来ないなら、それもよし。深音は何もしなくていいと思うよ」 「うん……そうする」  ホッとした様子の深音の瞳が、イタズラっぽく光る。 「將悟は浮気とか、しないでしょ?」 「しない。する気ないし、したら大変だ」 「お仕置きされちゃう?」  腐女子って……好きだよな、そのワード。 「たぶん……かなりひどく。お前も、気をつけろよ。和沙もそういうの厳しそう」 「わかる? お仕置きはいいけど……殺されちゃうかも」  わお……過激だね?  てか、お仕置きはいいんだ? 「しないから大丈夫」  目を見開いた俺を安堵させて笑う深音。 「よかった」  ふと、客席に目をやると、和沙がこっちを見てる。 「そろそろ行かないとマズいだろ」 「うん。將悟もライブ楽しんで」 「ん。じゃあな」  深音との話を終え、涼弥のところに戻った。 「悪い。放置して」  時間かかっちゃったから、そう言って隣に座ると。 「沙羅じゃねぇ、前の女と……」  涼弥に見据えられ。 「ほかの話もあってさ。ごめん」  悪いことは何もしてないんだけども。  謝ると。 「お仕置きだな」  ほんのり笑みを含んだ低い声で言われた。

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