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第3話
夏生は家につくと玄関を開け、俺に先にあがるよう促した。
「冬聖いる? 俺だよー、ゆづだよー」
もはや勝手知ったる他人のうち。慣れた調子でリビングのドアをあけると、夏生よりワントーン暗めの茶色がかった髪色の、切れ長でクールな目元の冬聖が、冬季限定アイテム『こたつ』でぬくぬくしていた。
「冬聖、ひさしぶり!」
俺はぶっちゃけ冬聖が好きだ。というか、夏生の弟達全員好きだ。
やつらが小学生の頃から成長を見てきたので、もう俺の弟と言っても過言ではないと思っている。
冬聖は受験生ゆえに、放課後は塾に行ってしまう。最近会える機会ががっくりと減った。
高一の秋穂も放課後は遅くまで剣道部の部活があり家にいる時間は減ってしまったが、俺と同じ高校に通っているのでたまに校内ですれ違う。末っ子の春太はまだ中二のため、家にいる確率が一番高い。
というわけで、今一番のレアキャラは冬聖なのだ。
「冬聖、今日も塾?」
「ん」
「俺今日お泊まりだから一緒にゲームしようぜ! ゲーム!」
一日くらい塾に行かなくたって、おりこうさんの冬聖なら合格するに決まってる。
「えー……」
久々に会えた喜びでややテンション上がり気味の俺とは逆に、冬聖はやや困惑したような声を漏らした。
「どうしよっかな……。俺、来年柚月たちと同じ高校行きたいから……。やっぱり塾休めないよ」
なにそれ! 健気か? 健気すぎか!?
ああ、弟がいたらこんな感じだろうか。俺は冬聖の『可愛い弟』キャラにノックアウトされそうになる。母ちゃん、もっかい頑張って冬聖みたいな弟(または妹)を産んでくれないだろうか。
しかしついこの間、冬聖と夏生がどつきあいのケンカしてたことを思い出す。誰にでも『可愛い弟』というわけではないようだ。
ということは、そうか、俺に特別なついてるだけか──久々に会えたうれしさで俺は軽くトリップしてしまった。
「それにずっとここにいると、夏生のお邪魔になるだろうし……」
ぼそりと冬聖が何かつぶやいていたが、うきうきの俺はそれを華麗にスルーしてしまった。
その後冬聖が塾に行ってしまい、俺はごろごろと寝転びこたつの温もりを味わうだけの人となった。やはり冬はこたつに限る。日本人はこたつなのだ。
夏生はというと、忙しなく夕飯の米を炊飯器にセットしたりしている。さすが『お兄ちゃん』だ。
俺が感心していると、ひと仕事終えた夏生が隣にきた。
「ゆづ、そろそろ切ろっか」
水仕事で冷たくなった夏生の手が、さらりと俺の髪をなでた。今日夏生の家に来た目的のひとつが、俺の髪をカットしてもらうことなのだ。
切ってくれるのは夏生だ。夏生に初めて俺の髪を切らせたのは、中学二年の夏休みだった。
きっかけは、夏生が将来美容師になりたいと言ったことだった。じゃあ俺の髪切ってもいいよ!、というような軽いノリだった。
夏生のカットは素人にしては上手だった。しかし夏生の両親はものすごい剣幕で怒った。
美容師の勉強をしたわけでもない中学生の子供が、見よう見まねでしてはいけないことなんだ、って。いつも朗らかなおばちゃんがその時は阿修羅のように見えて、叱られていない俺の方が泣きそうになった。めちゃくちゃ怖かったのだ。
その日のうちに夏生と両親が、そろって我が家に謝罪に来た。平身低頭の夏生の両親に向かい、俺の親は完全にうろたえていた。
何せ、うちの親はちっとも気にしていなかったのだから。その頃俺は、いつも母親におまかせコースか、よくて千円カットで散髪するくらいだった。夏生が切ってくれた髪型は、俺にとても似合ってたのだ。
でもそういうことじゃないんだっていうのは、俺にもなんとなくわかった。美容師を目指す人間が、遊び半分で美容師のハサミを持ってはいけないのだ。
夏生は高校に入学すると、時々美容院の手伝いをするようになった。プロの仕事を目で見て学んでいるのだろう。閉店後の店内で、父親の隣でマネキン相手にカットの練習をしている夏生を何度か見かけた。そして最近、夏生は再び俺の髪を切らせてほしいと言い出した。
「じゃあ切るね」
「はい」
俺の髪をカットする夏生の目は真剣だ。無駄なおしゃべりもなく、とても集中しているのがわかる。
そんな夏生を鏡越しに見ていると、学校の女子達が夏生を好きになるのもなんとなくわかってしまう。男の俺から見ても、そうとう格好いいのだから。
夏生の長い指が首に触れたりすると、ぞくぞくっと悪寒に似た何かが背筋を走る。それは嫌悪感とはまったくの真逆で、ちょっと変な気分になる。幼なじみ相手に妖しい気分になってる自分が恥ずかしい。
ていうか夏生、店にスタイリストとして立つようになったとき、こんなんじゃあまずいだろう。もっと楽しいおしゃべりとかして、お客さんをリラックスさせなきゃいけないんじゃないの?
「ん。終わったよ」
いつもと違う雰囲気の夏生に戸惑っている間に、カットは終了していた。
「じゃあお風呂わかしてあるから、先入って」
「はいよ」
カットの後は夏生んちで風呂に入るのがいつものパターンだ。泊まることも多いので、夏生の部屋には俺の着替えが常備されている。
「柚月、今年のプレゼント何がいい?」
床に散らばった俺の髪の毛をクリーナーで集めながら、夏生は今年のクリスマスの話をし始める。
「うーん……。ネックウォーマーの黒」
「了解」
中学一年生の頃から、クリスマスイブは毎年夏生とすごしている。イブに夏生んちに泊まり、その翌日も一緒に遊ぶのだ。
二十四日はチキンとケーキを買って、夏生の弟たちとパーティーする。そして深い意味はないのだが、夏生とだけ、プレゼントを交換をする。それは夏生からせがまれて始め、今ではすっかり毎年恒例行事となった。
食べて遊んで寝て。二十五日はクラスの彼女のいない男子と集まることもよくあるのだが、そのモテないメンツの中に毎年夏生が含まれているのが不思議だった。
夏生は彼女がいる年でも、俺や弟や男友達を優先する。結局それが原因で別れることになったりするようなのだ。
「なっちゃんは何が欲しいのよ?」
「柚月が選んでくれるなら、何でもうれしいな」
俺がたずねると、夏生は毎年同じこたえを返してくる。しかし、俺は夏生の欲しいものがイマイチよくわからない。
いや、じゅうぶんな資金さえあれば、夏生が雑誌で見ていたあのバッグや、あのパンツや、あのジャケットとか、いろいろと候補は容易に浮かぶのだけれど、高校生の小遣いの範囲で買える夏生が喜んでくれるものがよくわからないのだ。
こうなったらバイトでもするしかないかもしれない。
「……高いものは絶対にいらないからね!」
夏生は俺の頭の中を読んだみたいに、くぎをさしてきた。
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