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第4話
あたりもすっかり暗くなった夕方六時すぎ、部活を終えた末っ子の春太が帰ってきた。
「あ、柚月」
「はるぅ! おかえり!」
春太はでっかい夏生と違い、身長が百五十センチくらいしかない。バスケットボール部に在籍し、夏生と同じ母親譲りの茶色い髪を短く刈り込んでいる。顔は夏生と似たたれ目気味の甘々フェイスなので、高校生になればきっとモテるのだろう……。ちょっと悔しい。
「部活疲れただろう? おばちゃんがカレー作ってあるってさ」
将来有望なイケメン(仮)であろうとも、今は小さくて可愛い末っ子にしか見えない。やっぱり俺はあまあまな態度をとってしまう。
「疲れてねえわ! つか、カレーも朝から仕込んでたから知ってるし!」
春太はウザさを隠さず、不機嫌な態度を露わにする。
うわぁ、反抗期? これは反抗期なのか? なんか俺への当たり、めちゃんこ強くね?一応年上だぞ……。
「春太、柚月にそういう態度とるな」
俺が怯んでいると、ビシッと夏生がたしなめた。
「うっせえ! うぜー!」
ええぇ……。こいつ、いつからこんなキャラだっけ?
俺は春太の反抗期をまのあたりにして、すっかりフリーズした。
思い返せば、俺もこいつくらいの頃、親や兄姉達に反抗してばっかりだった。ブチ切れた兄ちゃんからグーパンくらったこともあったっけ。
「いいよ夏生。こいつには……、俺が買ってきたダッツは食わせねぇ!!」
俺は冷凍庫を開き、宣戦布告した。
「あ! うそ! ごめんごめん! まじでごめんなさい!」
高級おアイスひとつでつられるなんて、まだまだ子供だ。結局春太がつんつんしてたのは、ほんの最初の最初だけだった。
「ゆづぅ! もっかい! もっかいだけ対戦しようぜ!」
カレーをたらふく食った後、夏生が風呂にはいっているすきに、俺は春太とゲームで対戦した。あいかわらず俺に勝てない春太はたいへん悔しがり、何度も何度も再戦をねだってくる。こういうところは小学生の頃と変わらない。
「もう疲れたよ。おまえ、宿題でもして風呂入れや」
「えー! 明日休みじゃん!」
「おまえは明日も部活だろうが」
「なんだよ! ケチ!」
俺が末っ子をてきとうにあしらっていると、夏生がアイスのカップを両手に持って戻ってきた。
「あっちぃ! はる、風呂入れよ。おまえのクッキークリームは残してあるから、出たら食っていいよ」
入浴後のアイスというご褒美につられた春太は、そそくさと風呂へ行ってしまう。じゃれてついてきた子犬が突然そっぽを向いてしまったような、妙にむなしい気分になる。
「はい。柚月のチーズケーキ……なんちゃらだよ」
「あざ! ごちます!」
俺がおやつ代を出したので、軍資金に余裕が出た夏生はアイスをグレードアップさせた。俺は冬季限定フレーバーで、チーズケーキとラズベリーソースのやつ。ちなみに名前は長くて覚えられる気がしない、きっと永遠に。
夏生は昔から抹茶味だ。こいつはいつも抹茶ばかり。
一度、次々発売される新商品が気にならないのかたずねたことがあった。
「俺は好きなものには一途だから」
コロコロ彼女をかえまくっている男には不似合いのセリフを吐きやがった。
「ゆづ、あーん」
餌を待つヒナ鳥のように大きく口を開け、夏生が横に座ってくる。抹茶一筋だとかなんとか言いながらも、いつも俺のを一口欲しがるのだ。
男子ふたりであーんとかまじキッモ!かもしれないけど、以前一口どうぞとカップを差し出したら、スプーンひとすくいでカップの半分持っていかれたことがあった。それ以来、こうやって俺のスプーンから餌付けするスタイルでわけてやっている。
「ほら、あーん」
形のいい夏生の唇にスプーンが入っていくのを、俺はぼんやりとみつめた。あらためてじっくり見ると、夏生は妙にエロい顔をしている。
いや、セクシーとでもいうのだろうか。そりゃモテるわな納得納得、と俺は意識してその唇から視線をはずした。
「うっま! うまいね、チーズケーキ味!」
「そっかそっか、そりゃよかった。俺としては冬季限定黒蜜なんとかもすげぇ気になったんだけど」
「じゃあ次はそれな。また絶対、一口ちょうだい」
夏生はへらへら笑いながら、抹茶を一口差し出した。さっきまでの変な色気は霧散していて、俺はなんとなくほっとした。
差し出されたスプーンを口に含むと、夏生のへらへら顔がMAX絶好調になる。
「やっぱ……、彼女ともするの?」
俺は無意識にそうたずねていた。
「はい?」
「だから、一口あーんキャッキャッうふふ、みたいなこと」
「ない」
夏生がはっきり言い切ったことに、俺は内心驚いた。彼女ができたなら、是が非でもお願いしたいシチュエーションだろう。
「なんで?」
「じゃあ、ゆづはしたいの? ……彼女と」
『彼女と』と言われても、俺はまだ男女交際の経験がない。そんな悲しい俺に向かって、なんという鬼のような質問だ。想像するだけむなしくなる。
「そりゃあ……、してみたいかも」
俺は恥を忍んで、正直にこたえた。
「ふうん……。でもさ、今俺としてるから、それでよくない?」
「は?」
「疑似カレカノ」
「えぇー……」
「ちなみに彼女役はゆづ」
突拍子もないことを言い出した夏生に、俺は即座に目をむいた。
「はぁ!? やだよ! 彼女はおまえの方だわ!」
「いやいやいや! ゆづの方だって!」
二人でくだらないことで言い争っていると、いつの間にか春太が風呂から出てきていた。
「おめぇら……、まじでくだらねえな」
中二に本気のブリザード視線を向けられて、どっちが彼女か論争はうやむやになる。しかし俺が彼女の方だなんて、まじで納得いかないからな。
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