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第6話
2.
明日からついに待ちに待った冬休みとなる。休みに入ったらすぐクリスマスがやって来る。今年のクリスマスも、やはり夏生とすごす予定だ。
去年の今頃は、夏生には彼女がいた。彼女よりも俺や友達を優先する夏生に、いつも彼女はブチ切れていた。結局二人は、クリスマスを迎えることなく別れることとなったのだ。
今年はそんな心配はなく、夏生は俺たちと女っ気なしの冬休みを心おきなく過ごすことができる。夏生はとても楽しみにしているみたいだが、それって実際どうなのだろう。生まれてこのかた女っ気のない俺は首をかしげる。
そんな去年と同じ毎日を送る中、俺にひとつだけ変化があった。
「なっちゃん。俺、やっぱバイトすることになったわ」
「しゅうんちのコンビニ?」
「そう。しゅうんちのおじちゃんにお願いされて。平日夕方週一か二日と、日曜の朝から夕方」
『しゅう』こと本名『修平くん』は、中学の同級生だ。美容院から二軒先にあるコンビニを経営している。
突然学生バイトが一人辞めてしまい、手が足りない日だけでよいのでバイトしてみないかと、先日買い物に行った際、誘われた。
時々修平がバイトしている姿を見かけていたので、何となく、バイトしてみてもいいかもなと思い引き受けたのだ。
「そっかぁ。柚月がバイト始めたら、遊ぶ時間が減っちゃうね」
少ししんみりと夏生が言った。
「んなことねーよ?夏生が店を手伝う日曜日に合わせて俺もバイト入れたし、夏生んちに泊まることの多い金曜日と土曜日はシフト入れないかも、って了解してもらったし」
「えっ!ほんとに……。なんか、俺、愛されてんね……!」
「ははっ!そっすね!」
夏生の表情がみるみる明るくなると、俺もまあまあ嬉しくなる。なんだかんだで俺はいつも、夏生を優先してものごとを決めるくせがついてしまっていた。
「じゃあ日曜日の休憩時間は、ゆづに会いに弁当買いに通うよ。ゆづのコンビニ制服姿見るの楽しみ!」
実は今回俺がバイトを承諾したのは、夏生に遅れを取りたくないという思いもあった。
美容院が混む日曜日、夏生は親の店でアルバイトをしている。掃除、洗濯、時々電話対応と会計、そしてまた掃除の繰り返しだよ、と夏生は言った。
夏生の働きぶりが気になり、一度、店をのぞきに行ったことがある。
白い七分袖のVネックシャツに、黒いスキニーのパンツというシンプルな格好で、夏生はレジ対応をしていた。お客さんに笑顔で接している姿はやたら大人びて、高校生には見えなかった。
ちょっとからかってやれ、という気持ちがあった自分がすごく幼く思えた。夏生の働く姿に衝撃を受けた俺は、なんだか置いていかれたような気分になったのだった。
***
クリスマスイブ、商店街のスピーカーから流れてくるクリスマスソングがいやでもクリスマス気分を盛り上げる。並ぶ商店はどこもかしこもクリスマスの装飾が施されていて、雑貨屋の窓からツリーの飾りのサンタが顔をのぞかせ、小洒落たカフェにはクリスマス限定メニューの看板が出ている。クリスマスとは縁のなさそうな日本茶屋の店内までも、赤と緑で彩られていた。
昔から惣菜が美味いと評判の肉屋は、チキンレッグが売れまくりで大忙しだ。いつもはコロッケを買い食いするその肉屋に、今日は予約してあるチキンレッグを受け取りにいく。和風のオリジナル甘辛ダレが絡んだチキンは、クリスマスにしか買うことができない。
更に全国チェーンのフライドチキンも予約済だ。中学生と高校生の男子が五人も集まると、その食べる量もすごくなる。今日俺は、夏生の家で夏生の兄弟とクリスマスイブを過ごすのだ。
小学生の頃は俺と共に過ごしてくれていた兄姉は、数年前から家族よりも恋人を優先するようになった。しかも我が家は共働き夫婦なので、平日クリスマスは『ぼっちクリスマス』なのだ。
いやほんと、まじで夏生がいてくれてよかった。
夏生の弟たちもいてくれてよかった。
俺、みんなのおかげで今年も寂しくないよ……!
俺が心の底から夏生兄弟に感謝しているというのに、今年は裏切り者が現れた。
「は!?おまえ、彼女いるの!?」
「なんか悪い?」
今年も楽しく男五人で過ごす、女っ気ゼロのクリスマスを楽しみにしていたのに、なんと反抗期の末っ子が裏切りやがったのだ。
「今年は俺、『彼女』と映画行くし」
彼女……だと……? この……チビッコが!!
身長百五十センチちょいしかないくせに、彼女だと!?
「おまえ、彼女の方が背高いだろ……」
彼女いない歴イコール年齢の俺は、悔しすぎて嫌みを言うしかできない。
「はあ? 俺もう百五十八まで伸びたし。つかバリバリ成長期だし、まだ伸びるし。てか、柚月は百七十二センチで止まったんでしょ? 俺、多分そのうち抜いちゃうよ」
ちょっと悔しくて嫌みを言った俺に、春太は余裕しゃくしゃくで言い返してきた。
確かに家系的に春太はきっと俺よりでかくなる。しかし問題はそこではなく、俺より先に彼女持ちになったことが悔しいのだ。
「まあまあ、ゆづ。春太だって中学生だもん。彼女くらいできるよ」
春太と同じく、初カノは中学時代の夏生が、俺の傷をさらにえぐった。
「違うんだって!俺、今年も春太たちとクリスマスするの楽しみにしてたんだよ……!」
俺は大慌てで、ちっぽけなプライドを守るため言い訳した。
「ふっ……。悪いな、ゆづ」
そんな俺を見透かしたかのように、春太は半笑いでデートにでかけたのだった。
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