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第7話
ショックを受けている俺に、夏生が追い打ちをかけた。
「弟達のことなんだけど、今年は秋穂も冬聖も八時まで帰らないらしいんだよね」
「はあ? まさか……、あいつらも女……!?」
「いやいやいや。秋穂は今日も部活で、部の友達とケーキ食ってくるらしくて、冬聖はいつもの冬期講習」
ほっとしつつも、夏生の弟達がいないのはつまらない。俺は無意識に、むっとしかめ面になっていた。
「もう……、そんな顔しないでよ。秋穂も冬聖もチキン楽しみにしてたから、きっと急いで帰ってくるよ。春太なんか、中学生で遅くまでうろついてたら補導モノだし。春太の映画は六時の回って言ってたから、みんな、ちゃんと八時には帰ってくるよ」
「そうだな……」
「じゃあ、今年は二人で先に食べよ」
「うん」
みんなこうやって巣立っていくのだろうか。俺はなんだか親の気持ちになり、しみじみと感慨深く思った。
時計を見ると、まだ昼の一時を過ぎたばかりだ。
「なっちゃん」
「ん?」
「どっか連れてって?」
俺はじっとりした視線を夏生に向けた。夏生は一瞬ポカンとした後、すぐに満面の笑顔になる。
「柚月、今のすっごい可愛かった!」
夏生のにこにこを通り越して、デレデレと笑う。
「どっか行きたいなぁ~」
俺はさらにあざとくすねた表情でねだってみた。夏生はこういうわかりやすいおねだりに弱いのだ。将来変な女にだまされそうで心配になる。
「じゃあちょっと電車に乗って、お出かけしようか?」
俺達は数駅先にある駅ビルに行くことにした。ここらへんの学生が、ちょっと遊びに行くといえばだいたいがその駅ビルだ。
駅の改札を抜けた俺は、自らどこかへ出かけたいとねだったことをすぐに後悔することとなった。
「おい……、カップルばっかだぞ」
「だね」
「もう一度言うわ。カップルばっかりだ!」
クリスマスイブの街はカップル、カップル、カップルばかりで、三歩進めばカップルにぶち当たりそうなほど恋人達で溢れかえっていた。
「河野くん?」
げんなりしていると、背後から声がかかった。振り返ると、夏生の元カノが男と腕を組んで立っていた。
「やだぁ……。あいかわらず、今年も小川くんと一緒なんだ……」
元カノは眉をしかめて俺達を見ている。それもそのはず、この元カノと夏生が別れることとなった原因は俺なのだ。夏生が彼女より俺を優先するという、歴代彼女達ともう何度くり返したかわからない理由で別れた。
今日、夏生の元カノは元カノの今カレと──えらいややこしくなったが簡潔にいうと、『彼女』は『彼氏』とクリスマスデートらしい。
ラブラブですよ、といわんばかりに体を押し付けあい、彼女の手には明らかにするクリスマスプレゼントらしきショップの紙袋がぶら下がっている。
これが正しいイブの過ごし方か、と俺が敗北感に打ちひしがれている横で、夏生は「そうだよ。じゃあね」とあっさりしたものだった。
俺は彼女達から少し離れた場所まで歩を進め、「気まずくねえの?」と夏生にたずねた。
「何が?」
「いや……、元カノは今カレとラブラブデート中なのに、おまえは今年も俺なんかと暇つぶししてるとか……」
俺だったら相当ツラい。彼女がいたことがないから、全て想像だけれども。
「ふはっ……!何、それ。俺は女子と過ごすより、柚月といるほうが楽しいんだけどな」
そうだろうか。元カノからあんな『生ぬるい目』で見られたら、俺だったらツラすぎて死ねるかもしれない。
「それよりも俺が今日行こうとしてるショップのほうが、柚月にとってはよっぽど気まずいかもしれないんだけど」
「何それ……。何の店?」
夏生は駅ビルの一階に入っているジュエリーショップに、俺を連れて入った。
「ええ……、まじで……?」
なにもイブにこんな店に来なくても。俺らの他はカップル客ばかりだ。
「ここ、メンズも扱ってるし」
いや、そういうことではなくて。俺がツッコむより早く、女性のスタッフがにこやかに話しかけてきた。
「何かお探しですか?」
「メンズのネックレスをさがしてて」
夏生は臆することなく、お姉さんの店員に言った。
「でしたらこちらで……」
スタッフのお姉さんはネックレスが入ったショーケースに俺達を案内した。
「お二人も大学生ですか?」
「いや、高校生です。まだ高二なんです」
場違い感にキョドキョドしている俺と違い、夏生は余裕しゃくしゃくで楽しそうに会話する。こんな日に男二人でこんな店に来ていると言うのに、お姉さんはさすがプロだ。夏生の元カノが見せた『生ぬるい目』のかけらも見せない。
「すごく仲がよろしいんですね」
そりゃそうだ。イブにこんなとこ、来るくらいだし。
「コート、おそろい」
指摘されて、俺は今さらながらにハッとした。今日俺達はそろいで買った黒のモッズコートを身につけている。
このビルの四階に入っているショップのセールで三割引で買える日に、おそろいになるとか全く気にせず二人で購入したのだ。
「お……、おそろいっていうか……、たまたま二人とも気に入っただけで!あえてそろえたわけじゃないっすから!」
「そうなんですか?」
「あはは!柚月必死すぎ!確かにそろえたわけじゃないけど、俺達趣味似てるからね?」
「そうそう!趣味が似てるだけ、っていうか……。そういや、おまえ今日、中に何着てきた?」
全開になったコートのファスナーの間から白と紺のボーダーニットがのぞいている。その隣にいる俺も、まるで鏡にうつしたかのように、同じ白紺のニットを着ているのだった。
「あはは……!仲良しですね」
ついにお姉さんは笑いをこらえきれなくなったようだ。俺達はボトム以外、完全なるペアルック。いつの間にか他のスタッフも近づいてきていて、「双子コーデ、かわいいですよ~」と目尻を下げて笑っている。
かわいいてなんだよ、と思い、俺は苦笑いで夏生を見た。
「あ……、ありがとうございまっ……すっ……。ぶふっ……!あははっ……!」
一応礼儀正しく、ほめられた(?)ことに礼を言った夏生だったが、我慢できなくなったらしく吹き出した。あ、こいつツボに入ったな、と俺は瞬時に察した。
夏生がひとしきり笑い終えるのを待ち、俺はショーケースをのぞき込んだ。笑いが引くまで待ってやる俺って、なんて優しいのでしょう──。
「夏生、決まった?」
「うーん、どうしようかな……。そうだ!柚月だったら?」
「えっ?俺?」
「俺と柚月は好みが似てるし。もしも柚月だったらどれがいいと思う?」
「え……、そうだなあ……」
そもそも俺はアクセサリーなど身につけるという発想がない。小学生の頃、姉ちゃんが編んだミサンガを着けたことがあるくらいだ。それもミサンガが切れると願い事が叶うというからつけただけで。
「俺、わかんねえよ」
「それでも。自分がつけるならどれを選ぶ?」
夏生にうながされ、俺はショーケースを見つめた。
もし自分がつけるなら、あまりごついものやチャラチャラしたものはパスだ。華奢な感じで、チェーンも細めの、悪目立ちしないシンプルなものがいい。
「あ、これなんかいいかも」
華奢な細いチェーンに、小さなクロスがついたネックレスを俺は指した。
「あ、いいかも。ゴールドとシルバーがあるんだ」
「こちらでしたは、ただいまセール中で二割引のに対象になってるんですよ」
そうすすめられ、俺は今さらながらに値札を確認する。
二割引と言われても、税込みで一万円弱の品物だ。俺にはアクセサリーなどに一万円もかける価値観がない。そもそもアクセサリーなど買ったことがないのだが。
しかし夏生は、すっかりその商品を買うつもりになっている。
「ねえ、ゴールドとシルバーどっちが似合うと思う?」
スタッフがショーケースから出したネックレスを、夏生はゴールドとシルバーそれぞれ試着した。
「どっちが似合ってた?」
「ゴールドかな」
俺がそう言うと、夏生は即座にそれを購入することを決めた。会計の間、他の所を見ていていいと言われ、俺はぶらぶらとフロアをうろつくことにした。
フロアのセンターにはクリスマス向け商品が並べられた特設ブースがある。明日までに売り切りたいのだろう、割引の札が立っている。
しばらくそこで見ていると、夏生がこちらにやってきた。
「結構時間かかったんだな」
「うん。保証書とかアフターケアの説明があって」
そんなものか、と俺はよくわからないまま頷いた。
その後、本屋や服や雑貨を見てまわった。館内は暖房が効いていて、やたらと暑い。乾いた喉をうるおすため、一階のコーヒーショップでそれぞれ冷たいドリンクを注文した。
レジ横のケースに陳列されているスイーツたちが、もんのすごく俺を誘惑してくる。しかし今夜のことを考えると、ぐっと我慢するしかない。
いつ来ても混雑している店内は、今日はクリスマスとあって空席なんかあるはずがなかった。
透明なカップ片手に店をでると、「半分こ」と、夏生がアメリカンタイプのやたらでかいチョコチャンククッキーを半分に割って差し出した。
「食べたかったんでしょう?」
「なんでわかった?」
まさかエスパー?と俺は驚いて夏生を見上げた。
「あんなじっと見つめてたら誰でもわかるわ。これくらいなら、きっと夜に響かないと思うけど」
夏生は俺が食べたいのを我慢していた理由すらも、見透かしている。まさか神か?と感激しながら、俺はありがたく頂戴した。
「今日楽しかった」
甘味に口がほころんで、俺は乙女みたいなことを口にする。
「何、急に?どしたの?何かの死亡フラグ?」
「違うわ!なんていうか……。春太達がいなくてさみしかったけど、今年も夏生が一緒に遊んでくれて楽しいなってことだろ!」
そうなのだ。俺は結局、夏生がいればそれだけで楽しくてうれしいのだ。
「あはっ!超かわい~ね!ゆづちゃん!」
「うっせえ」
俺はそっぽを向いたが、夏生に丸見えの耳の縁はどんどんと熱くなっていく。
「もう、ツンデレかぁ!?……俺も、毎年柚月が一緒でうれしいよ」
夏生の声があんまりにも優しくて、俺はもうきいていられなくなった。
「もうっ……!帰るぞ!」
「待って、俺のツンデレちゃん!」
ツンデレちゃんて何だ!てか、声がでかいんだよ!
俺は首筋まで熱くして、そそくさと駅へと向かった。もちろんすぐ後ろを夏生がついてきているのは、振り返らずともわかっていた。
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