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構いたがりな藤沢さん
ち、近い……。
何が近いって、藤沢さんの体と顔と手と……すなわち全部だ。
初めて呑みに行った日から、藤沢さんはことあるごとに俺の所に来ては「可愛い可愛い」と頭を撫でる。
特に親しくなる要素もなかったし、よくある酔っ払って介抱してもらうとか、持ち帰られるとか、そんなヤマシイこともなかった。
何が引き金になったのかは知らないけど、ひたすら俺に近寄ってきてこの扱い。藤沢さんは容姿が良い上に存在感もあるから、嫌と言うほど視線を浴びてしまっている。本当に居た堪れないのだ。
それに構われるのが嬉しくて、ニヤって口の端が上がりそうになるのを抑えるのも大変なんだから。
「藤沢さん、止めて下さい。人目が気にならないんですか?」
「んん? それは二人っきりならいいってことか?」
「そうじゃなくって!」
「分かってる分かってる」
俺が棘のある口調で言ったところで本人はどこ吹く風。懲りずに俺の頭を撫でてきて、まるで子供を見るような優しい目を俺に向けてくる。勘違いしてしまいそうになるからやめて欲しい。
「止めて下さいって言ってるでしょ!」
撫でてくる手を邪険に振り払って、藤沢さんに背を向ける様に自分のデスクに着いた。この人を鬱陶しいと思ってる、って周りに示さないと。
「な、紘希」
なのに、どうしてこの人は。肩を揉むように手を俺の両肩に置き、耳元で俺の名前を呼ぶのだ。
首筋にゾクリとしたものが駆け上がる。鳥肌が立ってないだろうか。意識していることがバレてないだろうか。
呑みに行った時から始まったファーストネーム呼びも、戸惑うぐらい馴れ馴れしいのに嬉しくて。この感情をどうにかして欲しい。
「今日、飯行こ。俺の奢りな、元苦学生」
「…………」
「おし、決まり」
無言を肯定と受け取った藤沢さんは俺の頭にポンと手を置くと、ガシガシとひと撫でしてから去って行った。
悔しい。
近寄りたくないって言うのに、流されっぱなしじゃないか。
無視すれば良いのに、あの人に嫌われたくないから、本気で突っぱねることができない。それに、日に日に好きだって気持ちが募ってきて、どうしようもないんだ。
俺が母子家庭で、生活が苦しかったこと。奨学金や新生活のための借金で給料の大半が飛んでいく予定なこと。少し酔っ払って、そんなことを愚痴ってしまった時、藤沢さんはそれを盛大に褒めてくれた。苦しいながらもやってきた俺の思いを汲んでくれたんだ。そんな藤沢さんへの想いは強くなるばかりで……。
でも、どうせ俺がゲイだと知れば、手のひらを返したように、俺を褒めたその口で気持ち悪いと言って去っていくんだ。この人だって一緒。
だからもう構わないでほしい。
近寄らないでほしい。
そっとしておいてほしい。
……でも、少しぐらいは。
こうして、俺の中では今日も葛藤が続くのだ。
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