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貰われました

「ってことで、紘希ん家で宅飲みな」  終業と共に俺のところまでやってきて、藤沢さんはそう(のたま)った。一週間前の事件を全く反省していない口ぶりだ。 「……嫌です。そもそもなんでそうなるんですか」 「いや、婚約中の身としては、羽目は外せないだろ? 宅飲みなら、安心して酔えるしな」  すでに事故を起こしておきながら、どの口でそれを言うのかとツッコミたくなるけど、それが普通だろう。男の俺は安牌(あんぱい)というわけだ。 「どうぞご自宅で飲んで下さい」 「俺の家でしたら、紘希のこと帰してやれなくなるしなぁ」 「俺は行きませんからね! うちもダメです!」 「――ネクタイ」  急に藤沢さんが発したのはただの単語。  でも、それは俺の思考を停止させるのに絶大な効果を発揮するものだった。  絶対に触れたくなかった話題。今まで、ずっと忘れたフリをしてたのに。 「いつ着けてくるかと思ってたけど、全然使ってないだろ?」  血の気が引くというのはこういうことか。  藤沢さんは固まった俺の顔を覗き込んで、眉間にシワを寄せた。普段へらっとしてる人の真剣な表情は心臓に悪い。背中にヒヤリとしたものが走る。 「まさかとは思うけど、売った? それとも捨てた?」 「そ、そんなことしません! あります、家にありますから……!」 「使わないなら返してもらいたいんだけど?」 「そ……それは……」 「家にあるなら、取りに行くついでに紘希の家で飲むの、ちょうどいいだろ?」  全く以てちょうどよくない!  あのネクタイを渡すなんて絶対できない。同じものを買って返すのが一番妥当だ。というか、それしかない。 「クリーニング出してないんです! だから来週まで待ってください!」 「俺が出すからいい。それとも、本当は売ったから新しいの買って返そうとか思ってる?」 「……っ!」 「じゃなかったら、今日、確かめに行っても大丈夫だよな? 紘希」  満面の笑みで追い詰めてくる藤沢さんに完敗だった。  俺はドナドナよろしく連れていかれ、藤沢さんを自宅に招くことになってしまった。 「へぇ、結構きれいだな」  俺の部屋を見渡した藤沢さんの第一声だ。 「……物がないだけです」  あるのはベッドとローテーブル。服は全部クローゼットに入ってしまうほど少ない。  そわそわしている俺とは裏腹に、床に座ってくつろぎ始める藤沢さん。 「コップ出します。そこら辺、絶対触らないで下さいね!」 「ん? エロ本でも隠してんのか?」 「違いますっ!」 「わかったって、触らないから心配すんな」  あっさりと引き下がって、袋から缶ビールを取り出す藤沢さんを見て、俺は溜息をついた。  ネクタイは一瞬だけ見せて、俺がクリーニングに出すって強く言って乗り切ろう。明日新しいものを買いに行けば大丈夫だ。 「紘希ー、ぼさっとしてないで飲むぞー」 「はいっ」 「そんなビビることないだろ。ヤラシイことでも考えてたのか?」 「考えてません! からかうのもいい加減にしてください」  そんな会話をしながらも缶を空けていく。  簡単なツマミを作って出すと、藤沢さんは上機嫌にそれを食べては、俺を褒めた。褒められなれていない俺はこういうのに弱くて、照れてしまう。顔を背けて、熱くなった頬を酒の所為にして、パタパタと手で煽いだ。  ただ、一向にネクタイの話は出てこない。俺も忘れそうなくらいだ。  もしかすると、ネクタイは俺の家に来るための口実だったのかも?  と気を抜いたのが悪かったのだろうか。  何も考えずにトイレに行って戻ってくると、藤沢さんが赤い何かを指に絡めていた。 「……?」 「な、紘希。コレなに? この白いシミ」 「!!!!?」  藤沢さんの手の中に在るものを理解した瞬間、俺は頭から突っ込むぐらいの勢いで近づき、それを奪おうとした。でも、その手は空を切って……。 「――っと」 「か、返してください!」  俺は半泣き状態だ。 「紘希君は俺があげたこのネクタイでナニをしてたのかな?」 「ちがいます! これは!」 「ん? ナニに心当たりがある?」 「……ちが……っ……」  どうしようどうしようどうしようどうしよう。  何度も首を振るけど、もうバレてしまってる。  喉が締まって、鼻の奥がツンとなる。耐え切れずに嗚咽が漏れた。 「紘希」 「っ」  顎をくいっと持ち上げられて、合わせたくない目を無理矢理合わせられる。きっと俺の目は真っ赤で、情けない顔をしてるはず。  細められた藤沢さんの目からは感情が読み取れない。俺は目を反らすこともできず、しゃくりあげながら見上げることしかできなかった。  そして、おもむろに藤沢さんの整った唇が開いた。  ――ああ、キモチワルイって言われる。  そう思うと涙があふれ出て、頬を伝った。  しかし、俺の予想とは違い、藤沢さんの口から出てきたのは言葉ではなく舌で……。  ツツ、と頬を伝う涙を舐められた。 「俺のネクタイをおかずにするぐらい俺の事好きか?」 「……っ」 「好きか?」 「……す、好き……」  俺が弱弱しい声で返事をすると、藤沢さんの口がにんまりと弧を描いた。 「なぁ、紘希。毎日毎日あれだけ熱い視線向けられてみろよ。気付かないわけないだろ。そのくせ、素直じゃないとか……可愛すぎるだろが」 「え、」 「コレにシミなんて付いてないからなー。嫌がるからそういう理由かと思ってカマかけたら、まぁ面白いぐらいに引っかかるし。普通、ネクタイに白いシミっていったら、歯磨き粉か牛乳か。でもお前はヤマシイ事に使ってたからアレだと思ったんだろ?」 「うっ……」 「俺が分かりやすくアプローチしてやってんのに、スルーされるこっちの身にもなれよ。これは先週のお返しな」  先週のお返し? 「既成事実作ってやったのに、顔色一つ変えないとか、達観しやがって」 「え……」  既成事実って……、 「酔っ払って記憶ないって嘘だったんですか!?」 「だよ。少しは色目でも使ってくるかと思えば、サッパリだ。ま、既成事実も嘘だけどな」 「ど、どういうこと……?」 「寝てる相手とセックスしても、面白くないだろ?」  何がどうなっているか、混乱しすぎて理解できない。 「俺も紘希のこと好きだって言えばわかるか?」 「え、え? で、でも結婚するって……」 「あー、あれは……説明すんのも面倒だ。もう限界」  藤沢さんは俺の腕を掴んで立ち上がらせたかと思えば、俺をベッドに押し倒した。 「え、な、な、」  ネクタイを緩めながら、圧し掛かって来たのはもちろん藤沢さんで……。 「ま、待って!」 「悪いな、待てるほどお利口じゃないんだよ」  また口を開こうとすると、顎を掴まれて口を塞がれた。  何でって? 藤沢さんの口で! しかも舌が入って……! 「んーんー!!」  押し出そうとした舌を絡めとられて甘噛みされると、頭の芯がジンとして体から力が抜ける。歯列をねっとりとなぞられて、背筋にぞくぞくと快感が駆け上った。  こんなキス、したことない。そんなことをチラッと思った後は、頭の中が真っ白に染まり、気付いた時には裸に剥かれていた。藤沢さんも一糸まとわぬ姿で俺を愛撫している。 「……う、やめ……っ、んぁあ……」  藤沢さんの手が体を這い、もう片方の手の指が初めてを失ったと思っていた孔の中で暴れまわる。胸の突起も舌で転がされ押しつぶされて。余りの気持ちよさに、藤沢さんの頭を押しのけ摺り上がった。なのに、舌は追いかけてきて、また俺を翻弄する。  俺の中心は腹にぴったり張り付くぐらいに立ち上がって、下腹部を先走りで濡らしていた。  こんな姿見られて恥ずかしいのに、気持ちは冷めることなく、燃える様に熱くなる一方で。 「紘希、貰うぞ」  足を掴まれて、広げられる。空気に触れて、ローションか何かで濡れたソコがヒヤリとする。余計にそこに宛がわれた先端を熱く感じた。  何度か見たことのある映像とはやはり違う。体が強張るのが自分でも分かった。 「……待、って……」 「痛くしない。安心しろ」  藤沢さんは俺の額にゆっくりと口づける。それが瞼に降りてきて、頬を伝って唇に触れた。啄むようにキスをされれば、自然と強張りが解れてくる。 「大丈夫だから」  語り掛けるような声。こういうの本当にズルい。優しさを向けられるのが恥ずかしくて顔を逸らせば、耳元で「紘希」と囁かれ、逆上せた頭がクラリとする。  同時にぐぐと押し付けられ、猛りが孔を押し広げつつ入って来るのが分かった。何度も行き来をしながらゆっくりと俺の体内に埋め込まれていく。  身構えてはいたけど、一向に痛みは来ない。内臓を圧迫されるような異物感はあるけれど、辛くはなかった。  中にあるモノの熱さを感じて、自然と息が乱れてくる。 「痛いか?」 「は、……ぁ、大丈、夫……」 「そうか」  額に汗を滲ませ、ふうと溜息を吐く少し余裕のない藤沢さんが、いつもよりも何倍も格好よく見えた。 「ん? どした」 「……す……好き、って思って……」  チッと舌打ちが聞こえた気がした。 「あんまり可愛いこというと、抑え効かなくなるだろーが」 「ぁっ――」  奥まで入り込んだ熱がゆっくりと抜き去られたかと思えば、次は探るように内壁を掻き分けて入ってくる。 「ぁ……ぁっ、……ん、」  仄かな快感が広がり、体が満たされて行くように感じた。  ただ、腰を動かすたびに、藤沢さんの眉間には皺が寄っている。もっと動きたいのだろう。それを俺が初めてだからと加減してくれてるんだ。 「……その……もっと、動いて大丈夫、です……」 「ったく、お前は……」  前髪を掻き上げると、藤沢さんは俺を見下ろした。劣情を宿した雄の目で。  その目と目が合ったのがキッカケだった。 「あっ……や、ぁ――!」  性器が勢いよく引き抜かれたかと思えば、奥を穿つように様に腰を打ち付けられる。  「覚悟しとけよ」  激しく揺さぶられる中、藤沢さんは俺の耳元で意地悪く囁いた。  

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