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「ずっと二人で同じ部屋に住んでたんですよぉ」
数十対の目とカメラが向けられる中、他人のもののような舌で俺は語る。
「ボロッボロのとこに。でもお仕事いただけるようになったんで、やっと引っ越しまして、僕だけ」
「え? 青町は?」
「まだ同じとこに住んでます、六畳一間に」
ええー、と観覧客の声。一人だけ引っ越した俺への非難か、ボロアパートに住む青町への失望かは知らない。隣で青町は曖昧に笑っている。
「シャワーの温度が好きにできないんですよ。日によって熱湯しか出ない日と、氷水しか出ない日があって」
「氷水ではないやろ」
「いやマジで氷水なんすよ! 地獄ですよ、ワシゃゆで卵かって! 頭からズルーンと皮剥かれるのかって!」
司会者とのやりとりも軽妙に進む。今日も当たり前に睡眠不足だが、収録は概ね順調だ。あんまり覚えてないとこもあるけど、たぶん。
ふと司会者が青町に話を振った。さっそく女連れ込んだりしとるんやないの、ボロアパートに。
俺は横目で相方の反応を見る。何せこいつはアドリブがきかないし、下手なことを言おうものなら即座に止めなければならない。
青町がのんびり口を開くのをハラハラしながら見守る。
「そうですねえ、でも、同棲しとったときは……」
「同棲て!カップルちゃうねんから!」
話し出した矢先に放たれた青町の失言は、俺より先に司会者に拾われた。
湧き起こる爆笑。スタジオ内が渦巻いて、青町も笑っている。笑っていないのが俺だけだと気づくのには数秒かかった。
トンチキ野郎の言葉は爆弾発言ではなく、言い間違いとして処理された。
そりゃそうだ。
巧く拾ってもらえて、ウケてよかった。
そりゃそうか。
俺たちはコンビで、相方だ。
グズで迂闊な相方に対する苛立ちと、拍子抜けしたような気分が綯い交ぜになった状態で、俺は当たり障りのない表情をつくった。
話題が次へ移っていくのを聞きながら、脳の片隅の部分でぼんやりと考える。
あいつ、同棲って思ってたのか。
収録後、楽屋に戻った俺と青町は、ほとんど言葉を交わさないまま着替えを始めた。
今日は次の現場で終わりだ。スタジオ収録をもう一本乗り切れば帰れる。
どこか心と噛み合わないまま動く身体に鞭打って、移動の準備を進めていく。
売れてすぐの頃は、仕事があるというそれだけで嬉しくて、慌ただしさにすら満足があった。
生活の全てが変わって、飯を食う時間も睡眠時間も削られて、それでも平気だった。
数ヶ月が経った今、当時のような熱量を保てている気はしない。朝が遅くて帰りが早ければそれが一番嬉しい。
引っ越したばかりのアパートに帰ったって別段やることもないが、一刻も早く一人になりたかった。毎日酷使し続けておかしくなりそうな表情筋を休めて、何も考えず身体を横たえたかった。
さっさと着替えを終えた俺は、青町の様子をそれとなく伺う。奴はまだ衣装のシャツを脱いだところで、浅黒い肌の色が目に飛び込んできて、すぐに顔を背ける。青町が壁側を向いていたのが幸いだった。
「早くしろよ」とわざと大きめの声で急かすと「待ってよお」と情けない返事。眉尻を少し下げながら慌ててTシャツを被る姿が、見なくても脳内再生できた。
やがて用意のできた青町が荷物を手にするのを見て、俺も立ち上がる。あ、と青町が小さく声をあげた。
「レキ君、目薬忘れとるよ」
肩越しに振り向くと、確かにテーブルの上に水色の小さなボトルがあった。あ、と俺も声を漏らし、一歩戻って手を伸ばす。
同じタイミングで、青町も取ってくれようとしたらしい。ボトルの上で手と手が触れた。
今時ドラマでもなかなか見ない、ベタな展開だ。
仕事以外で青町に触れるのは久々だった。指先に当たる、少しかさついた肌の温度を認識した瞬間に、積み重ねた記憶がフラッシュバックする。
最後に触れたのはいつだ。キスをしたのは。もっと奥まで重ね合ったのは。
俺は青町の手の上に自分のそれを重ねたまま動けなくなってしまった。時間にしてほんの数秒だったように思うが、よくわからない。
控えめな、だが確かな意図をもって振り払われ、俺の右手は宙に浮いた。
「ごめん」と言ったのは俺じゃなくて青町だった。行き場を失った俺の手に視線を落としたあとで、顔を背ける。
酷く冷たい目をして、俺の指が触れたところを、ジーンズの尻で拭うような仕草さえ見せた。
「ごめんやけど、無理。触らんといて」
真っ白な楽屋の壁、青町の黒いTシャツと、一瞬俺の頭の中を支配した無音。
悪い、と一言口にすることさえできずに、俺は唇を噛みしめた。
目薬のボトルを掴むと、青町を待たず逃げるようにして楽屋の外に出、触れた手を拳にして握り締める。
ぬるい肌の感触がまだ残っている。
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