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キーケースを買いたいが買いに行く暇もなくて、裸でポケットに入れているだけの鍵を捻る。
とうに終電もなくなった時間、タクシーで帰宅して、玄関に鞄を放ったまま、まともな温度のお湯の出る風呂場へと直行する。
無心で頭からシャワーを浴びた。疲労もそれ以外のものも全て流してしまいたいと切実に思う。
このまま全裸で外に飛び出したら捕まって終了かな。そうしてしまいたいような衝動もあった。眠い。寝たい。
タオルで雑に身体を拭いて、髪の毛からはぼたぼた滴を垂らしながら、おぼろげな足取りでリビングへ向かった。立ったままテレビのリモコンを押す。
チャンネルをいくつか回すと、自分の顔がアップで映って手を止める。
少し前に収録したトーク番組だった。何を話したかはっきりとは覚えていない。
ただ画面の中の自分は仕事用ではあるが楽しそうな顔をしていて、その隣で青町がいつもの如くヘラヘラしていた。
ちょうどトンチキ発言が飛び出したようで、俺がその頭をはたく。
内容は耳に入ってこない。ただぼんやりと画面の中の青町を見つめた。
ポンコツもキャラになるんだからいい時代だよな。天然っぽくて可愛い、だとよ。くだらなすぎてウケる。
あいつ可愛げの欠片もねーセックスするんだぜ。ケモノみてーな目ぇして。ギラッギラの。
知らねーくせに。
俺しか知らねーんだ、あいつのあんな顔は。
あの日俺は「ただの相方に戻ろう」と、そう言った。
ほんの三ヶ月前だ。仕事が急増して、目紛しい日々に翻弄されて、青町とはしばらくキスもしていなかった。
青町が俺との関係を何だと思っているのか知らないが、一緒に住んで身体を重ねているこの現状は、「ただの相方」を超えているのは明白で。
こいつと売れるという夢が叶ったのだ。俺はそれを何よりも手放したくなかった。
だから「相方」以外の青町を手放すことにした。
こんな重い荷物を抱えて、この世界はやっていけない。
そんなことをつらつら語る俺に「わかった」と青町は答えた。
「俺はレキ君のそういうとこが好きやから。レキ君がそれでいいんなら、別れよ」
静かなその言葉は、まるで恋人同士の終わりのようだ、と思って。
ああ、そう思ってたんだなお前、って。
俺はそのとき初めて知った。好きって言葉も、初めて聞いた。
いつだって自分の決断を疑わずにやってきた。
青町とコンビを組んだのも、それをきっかけに事務所を移ったのも、下積み時代に親に勘当されたときも。
俺が信じられたのは自分だけで、そして味方は青町だけだった。
あの六畳一間に俺のすべてがあった。
俺たちはふたりだった、ずっと。
CMに切り替わったテレビの電源を切る。
明日も早い。寝てしまおう、と思う。
ベッドに入ってもどうせ寝付けないのは目に見えているが、とにかく何もしたくなかった。
鞄に携帯も入ったままだと気づいて、面倒極まりないが玄関まで取りに行く。さすがにアラームをかけずにベッドに潜る勇気はない。
廊下に点々と垂れる水滴。屈みこんで鞄に手を入れる。すぐに見つからず緩慢な動作で鞄の口を大きく開き、中を探る。
ない。
携帯がない。最終的に中身を全部床にぶちまけたが、見つからない。
風呂場に行き、脱ぎ捨てた服のポケットも全て確認する。もう一度玄関へ戻る。
冷たいフローリングにぺたりと座り込む。
青町に鳴らして貰おう、と思って。
青町がいないことを思い出す。
この部屋には青町がいないということを、思い出す。
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