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世界が急に歪んで、胸が潰れた。
ひゅっ、と喉から嫌な音が漏れる。
視界が斜めになる。目に映る全部マーブル模様に混ざる。
胃がせりあがってくる感覚があって、しかし嘔吐はせず。
呼吸が苦しい。身体はそのままで意識だけを前後に揺すられるような、目眩に似た不快感。指先が痺れてくる。
死ぬのかな、って漠然とした恐怖。肺が絞られるような息苦しさの中、視界を滲ませていた水がぼた、と床に落ちて、シャツの胸を引っ掻いたとき。
ピンポーン、と暢気な音が鳴った。
反射的にドアへ目をやるが、当然ながら向こうは見えない。動けずに呆然としていると再び同じ音が響き、小さくノックされ、そして声がした。
「レキ君、俺やけど」
控えめではあるが、届かせることを目的とした声のボリューム。耳に馴染んだはずなのに、柔らかな関西弁は懐かしく感じた。
ほとんど這うようにしてドアへ近づき、震える手で内鍵を回す。少しの間があって外からドアが開けられると、そこに青町が立っていた。
床にへたりこんだ俺を見て顔色を変える。
中へ入ってきてドアを閉めると、屈んで俺と目線の高さを合わせた。
レキ君、と呼ぶ声。
肩に手を置かれ、その体温に泣きそうになる。じゃなくて、泣いていた。心が追いつくより先に身体が勝手に、大粒の涙を溢れさせていた。
青町は片手に提げていたコンビニ袋の中身をひっくり返すと、空いた袋を俺の口元に当てがう。隣から包み込むように俺の肩を抱き、大きな手で頭を撫でた。
「大丈夫やからね、ゆっくり息して、ね」
青町の言葉だけを頼りに、従順に息を吸っては吐く。少しずつ息苦しさが薄らいでいくのと同時に、ぼやけていた視界が輪郭を取り戻す。
ドアのそばに落ちている、カップ麺と発泡酒の缶が見えた。青町は今もあの部屋であれを食うんだなあ、と思う。つーか発泡酒かよ。カップ麺もやっすいやつじゃねーか。
「携帯」
震え続ける俺の身体をさすりながら、青町はぽつぽつと話した。
「俺の鞄に入っててん。マネージャーに電話して、レキ君の新しい住所聞いてん、勝手にごめんな」
呼吸は徐々に楽になるが、涙は止まる気配がない。すぐそばで聞こえる声に、手を振り払われたときのような冷たさは微塵もなかった。
「でも、これがないとレキ君、寝られへんやろー思たからさあ」
優しい声。青町の声だ。恵みの雨のように降り注いでいる。涙が。止まらない。青町。
もう大丈夫かな、と呟きながら、青町が俺の口元からビニール袋を外した。自分の袖口で俺の頬を拭って、微笑む。
そうしてから急に、ばつが悪そうに目を逸らした。
俺はそれが許せなくて、衝動のまま、薄い唇に噛みつく。
首にしっかりと腕を回して、逃げを打とうとする身体を力尽くで引き寄せ。
舌を絡みつかせる。
必死だった。
青町の膝の上に乗り上げて、しがみつきながら何度も唇を押しつけているうち、いつの間にか壁際に追いつめられていた。
差し出す舌をきつく吸われる。また胸が苦しくなって、でも、さっきまでのとは全然違っていて。
青町の腕でできた檻の中、息を継ぐ隙に見上げた顔は蛍光灯の影になっている。
目だけが異様にぎらついた光を放っていて、身体の奥がぞくぞくした。俺しか知らない顔をして青町は囁く。
「悪い子ぉやわ、レキ君、ほんまに」
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