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第2話

《また会えるよ》  子供のように泣く虎太郎の涙をぬぐい、お兄さんは柔らかく笑う。その笑顔に涙が止まったと同時に、ドキドキと心臓が高鳴ったのを今でも覚えている。あれが、虎太郎にとって恋を自覚した瞬間だった。  車から手を振るお兄さんに向かって、虎太郎は必死に駆け出す。遠ざかる手を掴もうと伸ばす。ずっと、ずっと言えずにいた言葉を告げようとしたところで、世界は一変した。  虎太郎は、学校にいた。つい一ヶ月前まで着ていた制服を身にまとい、調理室でフライパンを握っていた。 《お前、ほんと料理うまいよな》  クラスメイトの一人が言う。 《まだまだだよ》  お兄さんの役に立とうとレシピ本を漁り、母の手伝いだと言い張りながら晩御飯の時だけ自分が料理を作る。洗濯、掃除、買い物、少しずつ、少しずつ、出来るようになった。  それでも、お兄さんと一緒に住むにはまだまだ足りない。 《こたくん》  いつのまにか真っ黒な世界に虎太郎は立っていた。 《こたくん》  ハッとして振り返る。そこには、お兄さんとあの男が立っていた。お兄さんの腕が、男の腕と絡み合っていてイヤな気持ちが湧き上がる。 《僕は、もうこたくんが思っているようなお兄さんじゃないんだ》 ––––ごめんね。  そう呟いたと同時に、お兄さんは男と共に離れていってしまう。 《待って!》  虎太郎は必死に手を伸ばし、足をはやめるが距離はいっこうに縮まらない。どんどん遠ざかっていくその姿は、彼と離れ離れになったあの中学の頃と重なってしまう。 《また、届かないのか……?》  それが悔しくて、悔しくて。虎太郎は諦めずに手を伸ばし続けた。  その手は、がしりと何かを掴む。届いた!そう思った瞬間に、勢いよく振りほどかれ、虎太郎の体は下へと叩き落とされた。  ドンっという鈍い音と痛みに目を開ける。  見知らぬ家具に、見知らぬ天井。 「起きたかよ、ガキ」  そして、目の前には先程、玄関で見た男。 「う、うわぁあぁぁあ、半裸男!!」 「うるせぇ!今は服きてんだろーが!」 「あ、たしかに」  チッ、と大きな舌打ちをすると男は、おもむろにカップラーメンを取り出した。電気ケトルでお湯を沸かしながら、カップ麺の中にかやくを入れていく。 「昔、よく遊んでた隣の家の子って三矢から聞いたが、なにしに来たんだお前」 「そっちこそ、お兄さんの……真央さんとどういう関係なんだよ。なんでここにいんだよ」 「……あいつと俺は大学からの友人。そしてここは俺の部屋」 「……………………おれのへや?」 「そう、ここは俺が借りてる部屋。あいつは居候。だから、俺がここにいるのは当たり前なんだ」  俺の部屋。居候。二つの文字が虎太郎の頭の中で往復する。頭の中で整理できないものの、ひとつだけこれから虎太郎がしなくてはいけないことはわかる。 「んで、お前はなんでここに来たんだ?」  同じ質問を繰り返す彼に、虎太郎は答えず。目の前でカップラーメンに箸をつけようとする彼の腕を掴んだ。 「それに答える前にとりあえず、キッチン貸してくれますか?」 「は?」

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