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第2話「お礼」
改めて俺はシロネコの彼に、深々と頭をさげる。
「この間は、ありがとうございました!」
心臓がへんなふうに高鳴っているけど、とりあえずそれは傍に置いておく。
大きめの声で勢いよく頭を下げたからか、シロネコの彼は少し驚いた顔をして慌てて言った。
「ちょ、そ、そんなやめて下さい。そんな大したことしてませんし……頭を上げてください」
シロネコの彼は困った顔をして、顔の前で手を振り恐縮する。
「いや、本当にあの時は助かりました!」
俺は、やっぱり良い人なんだなと思いながらもう一度、頭を下げる。
三日とはいえ探していた人が見つかり、嬉しかったのもあり勢い余ってさらに声も大きくなる。
さらに俺はなんとかお礼がしたくて、ここで逃してなるものかとジリジリと距離を詰める。
「あの!出来れば何かお礼をさせて下さい。なんでもいいので、何か!」
「え?あ、あの、本当に……」
彼がそう言った途中、道の向こうでププー!と警笛の音が。
驚いて振り返ると、自分が乗っていたトラックの後ろに車が来ているのが見える。
後続の車は迷惑そうにもう一度警笛を鳴らした。
「あ!しまった!」
探していたシロネコさんの彼の姿を見つけた時、嬉しくて何も考えずそのままトラックを止め、車を降りて声をかけてしまったのだ。
トラックは道の真ん中で放置されたまま止まっている。
ここは静かな住宅街の真ん中なのだが、少ないながら車は通る、喋っているうちに車が来てしまったようだ。
「す、すいません。あ、あのここでちょっと待ってもらってもいいですか。すぐ!すぐに戻りますので!」
俺は、慌ててそう言って、トラックに戻る。
後ろにいる車に「すいません!」と大きな声で言って、トラックに乗り込む。
急ぎつつ、またここで失敗してはいけないと、慎重にトラックを移動させ、シロネコさんのトラックと向かい合わせになる形で道の端に停めた。
ベージュと緑のカラーリングに、ネコのマークが付いたシロネコヤマトのトラックと、銀色の車体に青の波のような波紋のような模様が描かれた、香川運輸のトラックが仲良く並ぶ。
俺はエンジンを止め、今度こそしっかり周りを確認すると車を降り。改めてシロネコさんの彼のところにまた駆け寄る。
探していた人が見つかり嬉しくなって興奮してしまったが、落ち着いて考えてみたら彼には情けないところばかり見られているなと思い、恥ずかしくなってきた。
自分でも顔が赤くなってくるのがわかる。
「あ、あの。本当すいません……」
申し訳なくなって、うなだれる。呆れられてしまっただろうかと、顔色をうかがう。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
シロネコの彼は気にした様子もなく、和かにそう言った。
その笑顔だけで周りが華やいだ気がした。俺は思わずポカンと口を開けて見惚れてしまう。
「そういえば、あの後トラックは大丈夫だったんですか?」
シロネコの彼は少し首を傾げて、後ろにある俺のトラックに目を移しながらそう聞いた。
「え!あ、だ、大丈夫です。……本当に恥ずかしい話なんですが、どうやらいつの間にか車内灯がつきっぱなしになっていて。それを気が付かないまま、仕事してて……」
説明しながらさらに恥ずかしくなってくる、トラックが止まったのは本当に初歩的なミスだったのだ。
俺は説明を続ける。
「……で、暑くてガンガンにクーラー付けていたのも良くなかったみたいで。それが原因でバッテリーが上がってしまって……あとで上司には叱られてしまいましたが。でもお陰でなんとか、あの日の荷物は全て配達できました」
俺はそう言いながら、あの日の事を思い出して落ち込んでくる。同僚にもかなり迷惑をかけてしまったから。
「ああ、なるほど。今の季節は気をつけないとね。でも、なんとかなったみたいで良かった……少し気になっていたんです」
シロネコの彼は、そう言うと少しホッとした顔をした。
俺は、改めてお礼を言う。
「本当にありがとうございました、あなたに声かけてもらえなかったらずっとパニックになったまま、何もできずに手遅れになっていました。 だからさっきも言いましたけど、是非何かお礼をさせて下さい」
俺がそう言うとシロネコの彼は「いや、そんなのいいですよ」と言ってまた遠慮する。
それでも俺は食い下がって「こそをなんとか」とまた頭を下げた。
するとシロネコの彼は、ちょっと困った顔をしながらこう言った。
「……じゃあ、暑いですし。何か冷たい飲み物でいいので奢ってくれませんか」
彼はそう言って、自動販売機を指差した。
そこは公園でその隅に自販機がある。ちなみにその公園は、偶然にもトラックが立ち往生した時に停めた公園だ。
「え?そんなんでいいんですか?」
「ええ、俺いつもこれくらいに休憩するんです。あ、よかったら一緒にどうですか?あ、でも忙しいか」
「いや!大丈夫です!すぐ買ってきます!」
俺はそう言って、すぐに自動販売機に走った。
しかし、勢いよく自動販売機まで走ったはいいものの、いざ選ぶという段になって彼が何が飲みたいのか聞くのを忘れた事に気がついて、固まってしまう。
仕方なく、トボトボと彼の元に戻って聞く。
「……あのすいません、何飲まれますか?」
また顔が真っ赤になってきた、慌てるにもほどがある。
「あ……ああ!なんでもいいんですけど……えーっとじゃあ、スポーツドリンクみたいなので」
シロネコの彼は少しポカンとした後そう言った。少し苦笑気味だ。
呆れられたのかもしれない。
俺はそれを聞いてまた自販機に戻り、彼の分と自分の分。それから後でまた飲んでもらえるように同じものをもう一本買った。
三本ドリンクを抱える、ひんやりして気持ちいい。急いで彼の元に戻る。
「どうぞ」
「あ、ありがと」
手渡すと彼はまた少し微笑んだ、俺はそれを見ただけで恥ずかしかった気持ちがどうでも良くなって。思わず顔が笑ってしまう。
すると、それを見たシロネコの彼がいきなり吹き出した。
「え?なんですか?なんか俺、しました?」
驚いてそう聞くと彼は「ご、ごめん…そうじゃないんだけど」とまたクスクス笑いながら言った。
「さっきから表情がコロコロ変わって、ワンコみたいだなって思っちゃって……面白くて……」
「ワ、ワンコですか」
「なんか、可愛いなって……あ、ごめん大の男に言うことじゃないよな」
シロネコの彼は涙をにじませながらこちらを見る。
くしゃりと頬を緩める顔は柔らかく朗らかで。面白いと言われて困惑していた俺も、なんだか嬉しくなってくる。
「い、いやそんなこと言われたの初めてで……でも別に嫌とかはないです」
俺は慌ててそう言った。笑ってくれたお陰でむしろ二人の雰囲気は和やかになったし。
立ったままだとあれだからと、公園のベンチに座って二人で休憩することに。
公園は暑さのせいか今日も閑散としている、ベンチに座って冷たいジュースを飲む。
「あ、そうだ、名前ってなんて呼んだらいいですか?……なんかシロネコさんとか勝手に呼んじゃったんですけど」
「ああ。まあ、呼び方はなんでもいいけど。俺の名前は康臣。大和康臣 って言います。そっちは?」
「俺は、清っていいます。佐川清」
——そんなことがあって、俺たちはこの事がきっかけでたまに話すようになった。
仕事中にすれ違えばクラクションを鳴らしあったり、ジュースを奢ったり奢られたり、たまにお昼時や休憩の時間にも公園で話す。
康臣とはとても気が合った。
年齢は康臣の方が二歳上、しかしそれで先輩面して威張るわけでもなく同じ目線で話してくれて、俺たちはすぐにお互いを下の名前で呼び合うようになった。
聞くと、康臣はこの仕事は二年目だそうだ。俺より先輩で経験も豊富、だから俺が困っていた時も慌てず対処できたのだ。
「同年代だろうなって思ってはいたけど、違う会社だし話しかけるのはどうかなって思ってたんだ。でも、会話してみたら面白いし。……あの時、声をかけてよかったよ」
休憩中、話している中で康臣はそう言ってくれた。今日も運よく会えたので公園のベンチでしゃべる。
嬉しそうな笑顔に、俺は不謹慎にもあの時失敗して良かったと思ってしまった。
康臣は俺より背も低くて細身だがこの仕事をしているせいか、しなやかな筋肉がついていて男らしい体格をしている。
髪もきちんと整えられ、制服はいつもボタンもきっちり止めてシワもなく着込でいて暑さを感じさせない。
常に適当に気崩していて、髪も手入れが面倒だからと短く切っている俺とは大違いだ。
清潔でキチンとしていていかにも真面目そうな外見で、お客さんからも頼りにされている。
それに実際、中身も真面目なのだ。
実は気が合うと言ったが俺と康臣は性格は真反対だった。
なんでも康臣は休日などは地図を片手に近道を探したり、道路の状況を調べたり下調べをしているらしい。
俺とは本当に大違いだ。
先輩としても頼りになる。仕事上の裏技とか、面倒臭いお客さんのあしらいかたとかも会社が違うのに気さくに教えてくれた。
いつだったか、配達に行くといつも不機嫌なお客さんがいたことを愚痴った時も。
「ああ、俺もあのお客さんの所はたまに行くよ。あの人は在宅で仕事してるらしいんだけど夜遅くまで仕事していて、昼過ぎにならないと起きれないらしい。だから午前中に行くと機嫌が悪くなるんだよ」
そう教えてくれた、そうしてさらに「だから俺は出来るだけ午後か最後の方に配達してる、びっくりするぐらい態度が違って面白いよ」と付け加える。
「なるほど……そういうこともあるんだ。俺もそれしてみる」
「時間指定がなかったらそっちの方がいいよ、ちょっと遅くても怒ったりしない人だし」
そう言ってニコッと笑う。こんな風に康臣は真面目だけど適度に力を抜く方法も教えてくれるし、教え方も上手いのだ。
相変わらず外は暑いが風もあってそこまで辛くない。それよりも仕事中に気の合う友達と話せるというのがいい息抜きになって俺には嬉しかった。
なによりも康臣といると心地がいい、優しいだけではなく常にさり気なく気遣ってくれているのがわかる。
ずっと喋っていたいとさえ思う。
しかし、そんな時間はあっという間にすぎてしまう。
今日も仕事は山のようにトラックに積まれていて早く運べと訴えている。
残念だが仕事に戻らないといけない。
「じゃあ、また」
「うん、また」
食事が終わると、そう言って俺たちはトラックに戻った。
康臣といることが、なんでこんなに楽しいのか、自分でも少し不思議だ。
仕事中も偶然にでもすれ違えないかいつも探すようになった。
今日は運がよかった、忙しかったりタイミングが悪いと会えない日もあるから。
最近は慣れてきたのかなんとなく会えるタイミングがわかってきた。
集荷には必ず行く会社や住所がある、そこで康臣の配送ルートと被るところがあるから、問題やアクシデントがない限り会える。
集荷などは決まったルートが出来上がっているから大抵会えたりするのだ。
そして、会えればちょっと話しができる。
会えた日はその後の仕事もなんとなく楽しいし、会えなかった日はなんとなく元気が出ない。
それでも辛かった仕事が、今までと比べ物にならないとくらい楽しくなったのは確かだ。
会社は違うけど同じ地域で働く同士、仲間意識もあったし、なによりいい友達が出来て俺は嬉しかった。
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