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第9話「康臣の気持ち」

俺の心配をよそに、その後も清との体の関係は続いた—— 最初にそうだったからか、するのは俺の家というのがお決まりになった。 今日も仕事中に清に会った。 清は本当にいつも通り、友達のように話しかけてくる。屈託なさすぎて戸惑うくらいだ。 そして別れ際。 「康臣、今日飲みにいかないか?」 「うん、いいよ」 俺たちはそんな会話をして別れる。これが俺の家に来る合図だ。 この後、仕事が終わったあと待ち合わせる。 いつもと同じ飲み屋に飲みに行って。ある程度腹を満たし家に戻ると、会話もそこそこにベッドに連れ込まれるのだ。 クーラーをつけていても関係がないぐらい汗だくになって、疲れるまでセックスしたら、一緒にシャワーを浴びて眠る。 それ以外は、本当に何もなかった時と同じ。 関係が終わったと絶望してした自分が馬鹿みたいだった。 休憩中や仕事中も会えば話す、友達と変わらない会話だ。 ただ、時々あの会話があるだけ。 ——隣で眠る清を眺める。二人とも裸だ。 清は一通り終わって満足そうな顔で寝ている。 「清……」 こっそり呟く。 何がなんだかわからないうちに、ことが進んでしまったからか。嬉しさもあるのだが、困惑もあって素直に喜びきれない。 都合が良すぎるのだ、ノンケでしかも好みの男とこんな関係になれるなんて。 「本当、信じられない……」 ——俺には忘れられないトラウマがある。 高校の頃、仲がいい友達がいた。親友で初めて恋をした人でもあった。 一緒にいるだけで楽しくて、よく喋っていたし学校内でも学校外でもよく遊んだ。 その頃には俺はゲイだって自覚があって、普通じゃないってわかっていた。でも、その親友のことは本当に好きだったし、思春期だったからその友達と恋人のような関係になりたい、付き合えたら……なんて想像していた。 淡い願いだったが、それはすぐに否定されてしまう。 クラスメイトからからかい半分に『お前ら、仲良いよなホモかよ』と言われた。クラスメイトの言葉に悪気はなかった、ただの冗談だ。それを聞いた親友は『うわ、やめろよ気持ち悪い』と笑って言い返した。 俺も合わせるように笑っていたけれど、それで我にかえった。やっぱり自分は普通じゃないんだ自分は少数派なんだと突きつけられた。 そして親友とは友達以上にはなれないと、そこでやっと理解できた。 その時のことは忘れられない。家で馬鹿みたいに泣いた。 その友達とはその後、なんとなく疎遠になった。たまに連絡はとるけどそれだけ。 こんなエピソードはどこにでもあるありふれた話だ。きっとトラウマとしてはまだましなほうなんだろう。 ゲイの仲間の間でも、たまにノンケと付き合った話を聞く。でも大抵は長く続かない。 時間が経つと飽きられて捨てられたとか、結局異性と結婚してしまって終わった、なんてオチがつく。 そうじゃないパターンもあるけど稀だ。 俺は清と恋人になれるとか高望みはしているわけでもない。 でもこの関係が続いて慣れてくると、今度は欲が出てきた。 「清は……俺のことどう思ってる?」 清は優しい。本気で嫌がることはしないし、ゴムも一度言ってからはちゃんとしてくれる。触れる手は優しくて、キスも気持ちいい。 優しくて心地いいから余計に怖くなるのだ。 しかし、清との関係は宙ぶらりんなままだ。セックスはするけど、付き合おうとか言われたわけではない。甘い言葉もないし、次の約束をするわけでもない。 だからといって俺から好きだなんて絶対に言えない。 重いと思われたら嫌だし、面倒くさいやつだと思われるのも嫌だ。 もぞもぞと清の胸に顔を埋める、男らしくてたくましい。 寝ぼけているのか清が、腕を回してぎゅっと抱きしめる。ずっとこうしていたい。 「清……すき……」 聞こえないくらい小さな声で呟き、目をつぶった。 この関係はお酒の流れで始まったものだ、ただの勢いで始まったと言っていい。 だからこそ、いつ終わってもおかしくない。 でも、そんなことになったら立ち直れる気がしない。 できれば傷が浅いうちに少しずつでも距離を置いた方がいいのではないかとすら思う。 でも、誘われると断れない。あの笑顔を見るたびに、好きになっていっていく。 いつか終わるのだから、今のうちに離れた方がいいのかもしれない。それなのに、どんどん深みにはまっていって、抜けようと思うのに贖えないのだ。 口一杯に甘いお菓子を詰め込まれて、飲み込まないなんて無理だ。 そんなわけで俺は不安を胸に抱えながらも、この関係をただ続けることしかできなかった。

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