16 / 18
第16話「決断と結論」
「泣きすぎた。頭、痛い……」
ベッドで寝転んだ状態で天井を見上げながらそう言った。それでも涙で視界が歪む。
清にもう会いたくないと言って数日が経った。
あれから、何度泣いたかわからない。
言った日は特に酷かった、トラックでボロボロ泣いてしまい。
配達しているお客さんの前ではなんとか堪えたけど、目が真っ赤だったからか不審な目で見られた。
その後は、なんとか仕事を終えることは出来たが、一人になると途端に涙が出きて泣いてばかりだった。女々しくて嫌なのに、気持ちが平静を保てない。
そもそも、清が電話をしているのを聞いてしまってから、ずっとこうだった。
あの日は目が覚めたら清がいなくて、外に探しに出た。でもまだ荷物があったから近くにいるのだろうと思ったからだ。
マンションの階段を降りている途中に、話ている声が聞こえた。
しかし、声をかけようとしたところで、偶然会話の内容を聞いてしまった。
聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
清には付き合おうと言われたわけじゃない、俺自身セフレでもいいと思っていた。
でも、改めて清の口から『今、付き合っている人はいない』と言う言葉を突きつけられた衝撃は思った以上だった。
その後『お見合い』と言う言葉とそれに『行く』と言った清の言葉で。もうその場に立っているのも限界だった。
慌てて部屋に戻ってもしばらくぼんやりしていた。
清が戻ってきたけど、嘘をついて帰ってもらった。まともに会話できる気がしなかったから。もちろんその日はずっと泣き通しだった。
その後も、出来るだけ会わないように避けるようにした。
会ったらきっと辛くて普通ではいられない、会えばきっと好きだって気持ちが溢れて辛くなる。だから、何もなかったふりをしようと思った。要は逃げたのだ。
でも、仕事中に清に会ってしまってキスされて、思わず胸にしまっておいた気持ちをぶつけてしまった。
清は困った顔で何も言わない。
そして追いかけてもこなかった——
その後も関係を切るように、頻繁にあった連絡もまったくない。仕事中も見かける事すらなくなってしまった。
それでもう、なにもかもが終わったのだ。
腫れぼったいまぶたをこする、こすりすぎてヒリヒリしてきた。
でも清の事を思い出すたびに涙が出てきて結局また目をこする羽目になる。
涙がこぼれないように、またぼんやりと天井を見上げた。
何もする気が起きない。清が電話をしているのを聞いてしまった後もそうだったが、最近は特に酷い。
何も食べる気になれなくて、家に帰ってもぼんやり座っているだけ。夜も眠れなくて、疲れが取れないうちに仕事に行く羽目になる。
そのせいか仕事でミスが多くなった。
今日は休みで、こんなことではダメだと、部屋の掃除をしていたのだが……
「疲れた……」
この部屋は清との思い出が多すぎる。あんな事があった、こんなことがあったなと思い出して、手が止まって進まないのだ。そして思い出すたびに涙が出てきて作業は中断される。
最後に清が置いていったTシャツが出てきて、完全に手が止まった。
Tシャツには清のにおいが少し残っていて我慢しようとしたのに、また涙が出た。
結局それを抱きしめしばらくベッドに寝転がって泣いていた、そして今にいたる。
時間がたてば、少しずつ楽になるかと思っていた。
でも辛い気持ちは楽になるどころか、どんどん酷くなって一人になるたびに清の事を思い出す。会いたい、会いたい、会いたい。その気持ちが積もり積もって、押しつぶされそうになる。
あんな事言うんじゃなかったと後悔の気持ちが湧き上がる、気がつかないふりをしていたら今でもあの腕に抱かれていたかもしれないのに。今更そんなことを考えてしまう。
でも、電話の会話を思い出すとやっぱりダメだと思う。清の言葉に悪意はなかった。
清にとっては普通の会話だったんだろう。
そもそも俺も、最初から承知していたことだ。
清はノンケで俺とは生きてきた常識が違う。こんな関係は一時的なことで、いつか終りが来るとわかっていた、それが来ただけ。
しかし、そうやって納得しようとするのに、頭の中で我儘な俺が子供みたいに嫌だ嫌だと喚く。
「清……」
なんで、こんなに好きになってしまったんだろう。
ガサツなところとかあるし、子供みたいに単純で大雑把なのに。
無邪気に笑う姿とか、真剣に仕事してる姿が頭の中で蘇る。
素直で明るくてまっすぐなあの性格は、太陽みたいで。だから会うたびに好きになった。
だから余計に辛い。
それでも、あのたくましい腕に抱きしめられ、飢えた野獣のような目で求められているときは幸せな時間だった。
縋り付いてでももう一度お願いしたい。けれどきっと今より酷い精神状態になって終わことがわかるからそんなお願いはできるわけもなかった。
いっそのことまだ知り合う前に戻れればいいのにとさえ思う。
こっそり姿を見つけて、満足していた頃に戻りたい。清が困っている時、声なんてかけなければよかった。知らなければ、こんなに辛くなることもなかったのに。
進むことも、戻ることもできない。
この数日はこんな感じで、ずっとぐるぐる思考が回ってのたうち回っていた。
ぼーっとそんな事を考えていたら、適当に付けていたテレビから賃貸会社のCMが流れてきて、いっそのこと引越しでもしてしまおうかとも思いつく。
仕事場から遠くなければ、どこでもいい。
「よし……」
なんとか気合いを入れて起き上がり、スマホで住宅情報サイトを開く。
すると、検索履歴が開き、今まで調べた情報が大量に出てきた。
「こんなの、調べたっけ……?」
そう言った後、思い出した。
清の電話の会話を聞いてしまう前。
そんな予定もないのに、もし清と同棲するならどんな部屋がいいかなって妄想して、こっそり調べていたものだった。
俺のベッドは一応セミダブルで大きめなのだが、清は体が大きめだから狭かった。
でも大きなベッドなら、色々楽しめるよなと思った。でもキングサイズだと部屋が狭くなる、じゃあいっそのこと引っ越すかと思いつき。どうせなら、清と一緒に住みたいなと、思いここのサイトを検索したのが最初だった。
この時は見ていくうちに想像が膨らみ、楽しかったのを覚えている。
「っ……馬鹿みたいだ……」
思わずスマホを床に投げ出し、またベッドに倒れこむ。
気分を変えるつもりが、結局元に戻ってしまった。
性懲りも無くまた涙が出てきた、枕に顔を埋め声を押し殺す。
しばらく泣いていたが、流石に疲れたのか。気がついたら俺は眠っていた——
目が覚めたのは夕方近くだった、少し寝たからか体は少し楽になったような気がするが、頭は重だるくてまぶたも腫れぼったい。
結局一日なにも変わらず終わってしまった、自分のダメさ加減が嫌になってきた。
だんだんヤケクソな気持ちになってくる。
「どうせなら……」
俺はベッドから起き上がり、出かける準備をする。
最近行ってなかった、ゲイの集まるバーに行こうと思った。強めのお酒を飲んで、誰か適当に抱いてくれる人を探そう。
清と出会う前に戻るだけだ。
寝不足で肌が荒れていて目も腫れている、こんなボロボロの顔で相手してくれる人が見つかるかわからないけど、少しは気晴らしになるだろう。
シャワーを浴びて顔は何とかましになった、バーに行く時用の服を着る。
これを着るのは久しぶりだ、最後に着たのは清と街で偶然会った時だ。あの時、初めて清としたんだった。
また、清のことを思い出してしまい、ジワリと目頭が熱くなってくる。
グッと堪えて、スマホや財布を持つと玄関に向かう。
その時、チャイムが鳴った。
「うん?何だろう……はーい」
随分中途半端な時間だ、何だろうと思ってドアに向かう。
「お届けものです」
ドアスコープを見ると、外には香川運輸の配送員が立っていた。
しかし俺は困惑する、荷物を頼んだ覚えがなかったからだ。
実家から何か送ってきたのだろうか。
「今、開けます」
そう言って鍵を開け、チェーンを外す。
ドアを開けると。ガシッと大きな手が、ドアを掴んだ。
「え?」
「康臣……」
「っ!」
配送員は清だった。この家は清の配送地域からは外れている、しかもキャップをかぶっていて俯いていたからわからなかったのだ。俺は驚いて後ずさった、清はそのまま玄関に入ってきてしまう。
「ごめん、もしかしたら普通に行っても、会ってもらえないかもしれないと思って。この格好で来たんだ……話したいことがあって……」
清はいつも以上に真面目な顔でそう言った。俺はその迫力に、俺はまた後ずさる。
「な、なに?」
戸惑いつつもそう言うと、清は帽子を取り口を開いた。
「謝りたいと思って……俺が鈍くて無神経な事をした、康臣には酷いことをしてしまったと思ってる。……本当にごめん」
その言葉を聞いて、頭を殴られたような気持ちになる。こんな言葉、清の口から聞きたくなかった。今さら謝られたって何も変わらない、むしろ振られたことをこんな形で決定づけるなんて酷い。
泣きそうになって思わず俯く。
「っ……い……いい……いいから。許すから、だから……もう帰って……」
声が震えて上手く喋れない。落ち着いていた頭の中がグシャグシャになってくる。
それでも、久し振りに会えて喜んでいる自分もいて、本当に嫌になってきた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、話はそれだけじゃない」
「え?……なに?」
押し出してドアを閉めようとすると、清は慌てたようにそう言った。俺は早くこの状況から逃げたかったけど清はまた強引に部屋に入ってくる。
「好きなんだ!」
「え?……」
状況についていけない。くて困惑する。
「康臣に言われたこと、考えた……」
清はそう言って、真剣な顔をして言葉を続けた。
「考え上でやっぱり俺は康臣のこと好きだと思った、好きだから恋人になってくれ。正直この気持ちが友情なのか恋なのか俺、馬鹿だからはっきりわかんないけど。一緒にいられるなら恋人になりたい」
「清……な、何言ってんだ。本当に俺が前言ってたこと聞たのか?わかってんのか。俺男だよ……隠して生きていかないといけないんだよ……」
言ってくれた言葉は嬉しい、でも直ぐには信じられなかった。
それに清はこの世界の本当の大変さを知らない、勢いで入って来てもきっと後悔する。清にはそんな苦労を清に負わせたくない。
「赤くなってる……」
突然、清がそう言って手を伸ばし、俺の目尻を指で撫でた。
「っ……」
「もしかして、泣いてた?」
「ち、違……」
指摘され恥かしくて、思いっきり嘘をつく。
でも清はそれを遮るように言った。
「康臣がさっき言ことも考えた。そっちの世界のことは俺には知らないし、よくわからない。でも大変なんだろうってことは分かる。辛いだろうし、もしかしたら、この先後悔することもあるかもしれないって思う。正直絶対後悔しないなんて確約できない。でも……」
清はそう言って少し顔を曇らせる、そしていい淀んだ後、真っ直ぐに俺を見つめて言葉を続ける。
「……でも、それって俺が一緒にいなくても、康臣は一人でもそんな目にあうってことだろ?それで、またそんな風に一人で泣くのかって思ったら、俺は嫌だって思った」
「清……」
「だったら俺も一緒にいる。二人ならまだましだろ。……まあ、俺がまたやらかすかもだけど……」
清はそう言ってちょっと眉毛を下げて苦笑する。そうして「すぐには信じてもらえないかもしれないけど、俺は諦めないから」とつづけた。
その言葉を聞いて胸がいっぱいになる。そんな風に考えてくれるなんて思っていなかった。嬉しくて言葉が出ない。
「……だからまたなんかあったら言って欲しい、俺が康臣を傷つけるようなこと言ったら」
「でも……」
「あ、そうだ。見合いは断ったよ。男が好きになったから無理って言った」
「……は、はぁ!?」
清の言葉を聞いて一気に血の気が引く。
何を言っているのか一瞬わからなかった、俺ですら親にはカムアウトしてないのに。
「まあ、流石に驚いてたけど、俺の親だから時間がたてばどうにかなると思う……たぶん」
「な、何考えてんだ!馬鹿!今すぐ電話して訂正しろよ」
俺は慌てて駆け寄り、そう言った。
清の人生まで巻き込むつもりなかったのに。
「ごめん、訂正はしない……俺は康臣と一緒にいたい、いくら考えてもその答えしか出なかった。だから——」
清は太陽みたいな笑顔になって続けた。
「好きです、付き合ってください」
「清……」
体温が一気に上がって視界が歪んだ。唇が震えて言葉を紡げない。
「じゃあ、OKだったら受け取りにサイン下さい」
「え?」
一瞬何を言っているのかわからなくてポカンとする。
そうすると、清は両手を広げ「キス(サイン)お願いします」と悪戯っぽく笑って言った。
泣きそうになっていたのに、思わず吹き出す。
「っ馬鹿……」
俺はそう言って飛びつくようにキスをした。
ともだちにシェアしよう!