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第5話

「へえ~! そうなんだ! マジ、助かりました!」  由幸の後ろめたい気持ちなどつゆ知らず、王子はとても感謝してくれた。そしてもし今後、事前に特典がつくようなことがあればぜひ教えて欲しいと請われ、王子と由幸の関係は『顔見知りの常連客と親切な書店員』という形におさまったのだった。  そんなことがあった翌週、夕方の休憩時間に由幸は久々に駅前のファストフード店で軽食を摂ることにした。  昨夜、なんとなしに見ていた深夜番組でファストフード特集を見てしまい、どうしても食べたくなってしまったのだ。食べてしまえばこんなもんだったよな、と思うのはわかりきっているけれど、もう脳がファストフード脳になっている。  書店支給の黒エプロンを脱ぎ、白シャツに黒パンツだけというシンプルな格好になった。社の決まりで店に出る際には全員、無地の白いシャツに黒または紺色のパンツと定められているのだ。  胸ポケットに『休憩中』と印字されたバッジをつけ、由幸はいそいそと一階の出口へ向かった。  縦に長い二階建てのファストフード店は道路に面する壁が全面ガラス張りだ。  夕方のこの時間、客はちらほらと入っており駅前が見渡せるカウンター席ではサラリーマンがノートパソコンを開いている姿が見えた。 「いらっしゃいませ!」  自動ドアをくぐり抜けると、ファストフード店の店員が無料の笑顔で由幸に挨拶した。  ああ、この匂い。ポテトの匂いがものすごく食欲を刺激する。食べ進めるうちに、やたらとしょっぱく感じ始め絶対飽きてしまうのはわかっていてもやはりMサイズのポテトがついたセットにしよう、と由幸は決意しレジへ進んだ。  カウンターで店員に注文を告げ、後ろに並ぶ客の邪魔にならないようレジ脇へ寄った。そこからはポテトを揚げている様子が丸見えになっていて──、由幸の視線はポテトを揚げる店員に釘付けになった。  あれは、もしかして、いや、絶対──、あそこでポテトを揚げているのは王子ではないか?由幸はその横顔を凝視した。  ファストフード店の制服姿といういつもと違う格好をしているが、やはりそれは王子だった。ザッ、ザッ、と小気味よい音をたて揚げたてのポテトを赤い紙容器に詰めている。  そして彼が次の注文を確認するために背後を振り返る瞬間、由幸と王子の視線がぶつかった。 「あ」  王子は由幸を見ると、ぱあっと満面の笑顔になった。その瞬間、なぜか由幸の胸がキュンと跳ねた。  ──ん?  予想もしていなかった胸の鼓動に、由幸は脳内で首を傾げた。キュンって、まるで少女マンガみたいではないか。  イケメン高校生の爽やか笑顔の破壊力に呆然としつつ由幸が小さく会釈をすると、王子も同じように返し、再びポテトへと向き合った。  注文の品が揃うまで由幸はぼんやりとその姿を見つめた。ポテトを一生懸命に揚げている彼は、まさに王子であった。王子が庶民の企業に職場体験に訪れているような、そんなふうに由幸には見える。  冷静に考えてみればただの高校生バイトの姿なのだけれど、なんとなく彼の周りだけきらめいて見えた。  ハンバーガーを囓りながら、由幸の頭の中は王子のことでいっぱいだった。  高校生だしバイトくらいするよな。やっぱりバイト代はBL購入費に消えるのだろうか。一冊七百円前後もするのだから、小遣いだけじゃあ足りないよな。  無意識に王子のことばかりを考え続け、ふと自分が一顧客である彼のプライバシーを侵害しているような気分になり考えるのをやめた。 「こんにちは」  数日後、いつもと同じく午後五時頃、王子がコミック売り場に姿を現した。 「こんにちは」  棚の在庫チェックをしていた由幸は突然の声かけに一瞬驚きはしたが、彼以外にも挨拶や軽い会話程度は交わす常連客は存在するので、気を取り直し王子に向き合った。  王子は手にしていたスマートフォンを操作し「この本は入荷しますか」と尋ねた。スマートフォンの画面には、やはりというか由幸が予想した通り、男の子同士が微笑み合っている表紙があった。 「発売日が明日か。ならパソコンで入荷数がわかるけど調べようか?」 「はい!お願いします」

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