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第6話

 由幸は王子と連れだってレジ横のパソコンへと向かい、明日の入荷数を検索した。 「三冊、入荷予定になってますね」  入荷数は少なかった。 「新人でデビュー作だからかなあ……」  その数の少なさに王子は首を傾げた。新人でも期待値が大きければもう少し多く入荷するのだけれど、それを王子に告げるのはなんとなく躊躇われた。彼の好きなものをけなすような行為に思われたのだ。  無言でマウスを操作していると、王子がぐっと由幸にくっついて画面をのぞき込んできた。ふわ、と一瞬、シャンプーの清潔な香りが鼻腔をくすぐる。  さすが王子、いい匂いがするものだ、と由幸は変な感心をした。 「あの、取り置きってできますか?」  息がかかりそうなほどの至近距離で王子がこちらを向いた。ドキッと心臓が跳ねる。  ──ドキッて何だよ……。  自分でもそんな反応をしてしまうとは思っていなかったが前回のファストフード店の件もあり、イケメンすげえ、と思い直した。王子はこんな間近で見ても、毛穴ひとつ開いておらず肌はつるつるのすべすべ、キュッと眉尻が凜々しく上がっていて、綺麗な奥二重に長い睫毛が瞳に影を落としている。  まさに美男子、イケメン、学校ではさぞや女の子にもてているに違いないのだろう。 「お取り置きですね」  由幸は内心の動揺を悟られないように営業用のスマイルで対応した。パソコン脇に置いてあるメモ用紙と鉛筆を手に取り、「お名前は」と尋ねる。  ついに王子の氏名が判明する時がやってきた。今まで勝手に『王子』と脳内で呼び続けてきた彼の名前はいったい──。 「やちよ、かなで、です」  王子は由幸の手から鉛筆を受け取り、さらさらと『八千代奏』とメモ用紙に書いた。  やはり名前は『王子』ではないんだなあ、と由幸は当たり前のことなのに、なんとなく肩すかしをくらった気分になった。王子、王子、とこっそり勝手に己の中だけで呼び続けていたせいか、妙に小さな違和感があった。 「じゃあ取り置きしておきますね。コミック売り場のレジでお名前言ってもらえればすぐにお渡し出来るようになってますので」  由幸はメモにコミックのタイトル、発売日、取り置き冊数を書く。王子──、いや、奏はじっとその手元を見つめて口を開いた。 「向井さんは明日、出勤ですか?」  『向井さん』と教えていないはずの名前が王子の口からするりと出てきて、由幸はちょっと驚いた。しかしエプロンにはばっちり『向井』と印字された名札をつけているし、稀に客に名前を覚えられていることもある。 「うん、明日も出勤だよ」  明日も今日と全く同じシフトの予定だ。 「そっか。じゃあまた明日、来ますね」  奏は爽やかに笑ってコミック売り場から去って行った。

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