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第9話
「あ、あの……、スミマセン……」
ばつが悪そうに頭を下げるその耳たぶが真っ赤になっている。由幸は思わず口元を右手で押さえた。
「ププッ……、くくくっ……!」
こらえきれない笑いが指の間から漏れる。もう笑わずにはいられなかった。
「あはっ! あははっ!」
さっきのどっかいっちゃってる奏もすごかったけど、一瞬にして現実に引き戻された時の奏の顔!
「あはっ……! いいよ、いいよ~。なんていうか……、すんごく好きなんだねえ」
びっくりしたけど、なんだかいいもの見られたような気分で由幸は笑った。
「はあ……。まあ、そこそこ、好きっす……」
「いやいやいや、そこそこじゃないじゃん……! 大好きじゃん」
この期におよんでまだひた隠しにしようとする奏がなんとも可愛らしい。
「はあ、まあ……向井さんに隠してもしゃーないっすもんね。好きっす。めっちゃ、好きっす」
奏は開き直り、へらりと由幸に向けて笑った。その笑顔は王子でもなんでもなくて、やっぱり普通の高校生に見える。なんて面白い子なんだろう。
笑いすぎて渇いた喉をお茶で潤し、由幸は奏に向き直った。
「八千代くんはなんでBL読むようになったの?」
正直、普通の男子高校生がここまでBLにハマることが不思議で仕方ない。もしかして奏はそっちの世界に興味があるのだろうか、と以前からこっそり思っていた。
「えっと、中学の時の元カノが」
「えっ!? 彼女!」
つい、食い気味に驚いてしまった。
「はっ! も、もしかして向井さん、俺のことホモとか思ってた!?」
「あ、と……。や、う~ん……。ほら、そこはねえ、あんま深く考えないようにはしてた、かな……?」
歯切れの悪い返しに、奏は唇をとがらせてすねた表情になる。
「俺! これでもふつーに男女交際の経験ありっすから! それとこれとは別じゃん!」
「ごめん、ごめん。で……、中学の彼女が何だっけ?」
ぷりぷりと怒った仕草をする奏の隣で、由幸は必死に笑いをかみ殺した。
「だから-、中学の時の彼女のうちにあったんです、BLが。それで暇つぶしに読んでみたらハマった、みたいな」
「へえ」
「そうなんです。彼女とは高校が別になって自然消滅しちゃって。その時、俺、あいつともう会えないってことはあのBLの続き読めないじゃん! どうしよ! って、それのほうがまじショック、みたいな。ちょっと酷いかもだけど、本気で続き気になっちゃって」
「そうなんだー」
彼女からしたら、まさか二人の関係よりBLの続きのほうが重大だなんて微妙すぎるだろう、と由幸は奏の元カノにちょっと同情した。
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