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第10話

「で、そのシリーズ、自分でそろえてみたんです。したらなんか作家買いしたくなって。その作者の既刊全部そろえたら、今度は自分が一番萌えるカップリングのがもっと読みたくなっちゃって」  カップリング。聞き慣れない単語に、由幸は首を傾げた。 「ねえ、カップリングって?」 「へ?」 「カップリングって何? カップルみたいなこと?」  さらっと聞き流すこともできたけど、よくわからないことはちゃんと確認しておかないとどんどん置いてけぼりをくらいそうな、そんな勢いを奏に感じる。  キョトンとこちらを見つめる瞳は、案の定、由幸が『カップリング』の意味を知らないことが不思議だと言わんばかりだ。 「カップリングっていうのは……。例えば、俺と向井さんがつきあってるとするじゃないですか」 「え? 俺と八千代くんが? なんで?」  突拍子もない返しに由幸は驚いた。なんで男同士の自分達が?  奏からは呆れたような視線が投げかけられている。 「だってBLですから!」  あ、はいはい、なるほど。由幸は大人しく頷いた。 「ちなみに、攻めは俺です」 「ん? せめ? 責め? 攻め? セメ……」  いろんな『せめ』が頭の中をぐるぐると回る。理解が追いつかない由幸へ、奏は声のボリュームを落として耳打ちした。 「攻めと受けです。攻めは突っ込むほう、受けは突っ込まれるほう……」 「はあっ!? 俺っ、突っ込まれるの!?」  あまりの衝撃に由幸は大声を出してしまった。ついでにお尻の筋肉もキュッと縮こまる。BLは詳しくなくても、男同士がどこを使うかはちゃんと知っている。  カウンターの中の店員がちらりとこちらを見た。慌てて由幸も声の大きさを下げた。 「なんで? なんで俺がそっちなわけ……!」 「だって俺、年齢差ありなら絶対に年下攻め派ですもん。年下攻めってのは、攻めのほうが年下なんすけど。てか、ふつーに例え話っすから」 「あ、そっか……」  ほっと胸を撫で下ろしたものの、奏はじっと由幸の顔を見つめているのに気づき、どきりと胸が鼓動した。 「な、なに?」 「や、例え話なんすけど、今日、向井さん、俺に『おいしそう』とか『食べたい』って言ったじゃないですか」 「へ?」  記憶を遡ってみるものの、奏にそんなことを言った記憶はない。 「だから、俺が臭いか聞いたとき」 「ああ……」  バイト終わり、ポテトの匂いを微かに漂わせていた奏に、確かにそのようなことを言ったことを、由幸はやっと思い出した。 「それが?」 「うん。その時、向井さんは絶対に魔性の受けだなと確信しました」 「はいっ?」  魔性の受けとはなんぞや?由幸は亀のように首を突き出し、奏の顔をのぞき込んだ。 「あれって年上受けの誘い文句そのままですよ。可愛い年下のわんこ攻めをベッドに誘う時のやつ。なんていうか『童貞を殺すセリフ』って感じ……。向井さん、無意識かもしんないけど、うっかりああいうセリフ言わないほうがいいっすよ」  開いた口が塞がらないとはこのことか。いたって真面目に語る奏に、こいつ大丈夫かと由幸は真面目に心配した。  何がどうなったらあれが誘い文句になるのだろう。BL、恐るべし……。

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