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第12話
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従業員専用の扉を開けバックヤードに入ると、アルバイトの藤田と上野が補充分のコミックにシュリンクかけの作業を行っていた。
「上ちん、昨日の合コンどうだった?」
「あ-、特に何もなし。ていうか私、男子見るとどうしても脳がカップリング考えちゃってそういう目でしか見れないし」
カップリングという単語に、由幸の耳がぴくりと反応する。アルバイトの上野なみは、自ら腐女子と公言していた。
上野は可愛らしいナチュラルメイクに男受けする清楚系の服装がよく似合う女子大生だ。今日も色味は白に紺とシンプルながら、丸襟パフスリーブの透け感がある半袖シャツに、幅広のリボンベルトでウエストマークしたゆるいシルエットのテーパードパンツを履いている。
見た目だけでは全然わからないが、当人いわく脳内男同士のあれこれでピンク色とのことだった。
「お疲れさま」
ブックトラックに置かれたコミックに視線を移すと、BLコミックの補充分が入荷してきたようだった。帯に『ヤンキー×マジメくん』とポップな文字が躍っている。
ははーん、これが奏の言っていたカップリングか……。
由幸はそれを手に取るとまじまじと見つめた。
「あれ? 向井さん、目覚めちゃいました?」
上野がにやにや笑いながら、由幸の顔をのぞき込んできた。
「いやっ! ううん、別に……」
コミックを戻すと、上野は「なあんだあ」と残念そうに下唇を突き出した。
「じろじろ見てるから、てっきり私、向井さんが腐男子の道に目覚めたのかと思っちゃいましたよー」
「いやいやいや……、まさか」
「ですよね。あの高校生くんじゃあるまいし、ねえ?」
藤田が呆れて上野を肘でつついた。
「高校生くん……。あの子のこと知ってるの?」
「えー。知ってるとかじゃなくて、やっぱ視界には入りますよね。目立ちますもん。男子がBLコーナーにいると」
「それにイケメンですよね! もう、爽やか高校生腐男子とか萌え死ぬ……」
「萌え死ぬのもいいけど、上野さん、BL棚のチェックお願いしてもいいかな」
由幸はあまり女性向けコミックが得意ではない。青年、または少年漫画誌ならば次にこの作品が来そうと予測できるが、女性向け、特にBLコミックに関しては今もよくわからなかった。
もちろん映画化やドラマ化、アニメ化の作品は平台展開する。月に一回やってくる出版社の営業が教えてくれる情報や、送られてくるFAXでどの作品を補充しておくべきかは判断できる。
しかしBLコミックだけはどの作品を常に棚に並べておくべきか本当に悩む。毎月新刊が入ってくるということは、その作品のスペースを空けるために売れない作品を返品しなければいけない。
ある日、注文書とにらめっこしつつ売れ筋のランクが低いコミックを棚から抜いていた由幸に、上野がちょっと待ったをかけてきたことがあった。
「それ、今度ドラマCD化しますよ」
「え?」
「すごく人気の声優さんが初めてBL声優するって、ちょっと話題になってるんですよね」
さすがゴリゴリの腐女子と自負するだけあって、上野はそういった情報にも目ざとかった。それ以来BL棚のチェックは上野にお願いすることにしている。
自分に上野ほどの知識があれば、きっと奏の話に上手く対応してあげられるのに。ただ聞くことしかできないことが、なぜだかとても残念に思えた。
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