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第18話

 そういえばあの二人が席に案内されてから、奏はピタリと口を閉ざした。派手な見た目の二人組にちょっと萎縮してしまったのだろうかと思っていたが、まさかチャラ男で脳内腐妄想を展開させていたとは。 「今日はほんっとにありがとうございました! いいもの見れたし、肉もいっぱい食べさせてもらえたし。俺、あんな肉ばっか何枚も注文するの初めて。もしかして向井さん今日給料日でした?」  奏の瞳に街の灯りが煌めいている。ものすごく素直に感謝されて、由幸もとても嬉しくなった。 「給料日っていうか、今日はちょっと特別な日だったんだ」 「特別って、何の日ですか?」  広場の時計は午後九時を回っている。二十三年前のちょうどこの日このくらいの時間。 「今日は俺の誕生日」  成人してからは親ももう息子の誕生日ごときで騒がなくなった。一緒に祝う彼女もいないし、ステキなパーティーの写真をインスタにあげる趣味もない。それでも仕事から直帰していつもの一人男飯を食う気にはなれず、一度はやってみたかったステーキ屋で肉だけ食べまくりに奏を誘ってみたのだった。 「向井さん、いくつなんですか?」 「二十三になりました」 「大人っすね」 「うん、大人だね」  でも奏といると気持ちだけは高校生に引き戻される。高校の同じクラスにこんな面白い変わり者がいたとしたら。奏とは親友になれたかもしれない。 「向井さん、今日誘ってくれて本当にありがとうございました」 「いえいえ。こちらこそつきあってくれて、ほんとありがと」  じゃあまたね、と別れのセリフを告げようと思った瞬間、奏が由幸の手首を掴んで引き寄せた。 「ハッピーバースデー、ヨシユキ……」  由幸の耳元で奏はそっと囁いた。 「プッ……、クククッ……! あはっ! あはっ! あはははは!!」  こらえきれず由幸は腹を抱えて爆笑した。 「あはっ! あはっ! なにっ!? なにそれっ! 今、筆記体だったよね!? 筆記体でハッピーバースデーって言ったよね!」  駅から出てくる人達が、駅前で大爆笑する由幸をちらちらと振り返る。人の目も気になるが、それ以上に可笑しすぎて腹筋が崩壊しそうだ。 「はい。筆記体です。特にバースデーのスの部分には気をつかってみました」  ス、ス、と奏は下唇を噛んで何度も発音した。 「やっ、やめて~~! スースー言わないで……!」  まさかのダメ押しに由幸はその場にうずくまってしまう。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。 「いやあ~、そんなに喜んでくれるとは思わなかったな-」  奏はしてやったり顔でニヤニヤと由幸を見下ろしていた。 「もうっ……、まじどこのイケメンかと思ったよ」  目尻に溜まった涙を拭い顔を上げると、奏が両手を差し出していて、その手を迷わず掴んだ。 「漫画で見ました。漫画の中のイケメンです」 「え、それってやっぱ」 「そっす。BLの漫画のイケメンです。それもかなり古いタイプの」 「だよねっ」  まさに由幸のイメージとする、一昔、二昔前のBLだ。やたら長身面長で、肩幅の広いソフトスーツを着たイケメンだ。  奏がぐっと腕を引き由幸を立たせた。思ったよりも力強いその腕に驚く。  やんわり笑って由幸を見下ろす奏は、やはり王子さまのようだった。

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