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第19話

 4.  時々、なんで自分は本屋なんかで働いているんだろうと思う時がある。  いつものように雑誌の束を開ける。今朝はいつもの主婦パートさん達がそろって休みを取っていた。たまには主婦仲間でランチに行くというので、いつもは午後から来てくれている学生バイトに朝から入ってもらうようにシフトを調整したのだ。  雑誌の束を開け店頭に出すのと平行して、定期購読分を選り分けておかなければならない。  国営放送のテキスト誌や隔週で発売される『週刊〇〇をつくる』、他にも趣味の雑誌や漫画雑誌、毎号必ず欲しいというお客様のために定期購読というサービスがあるのだ。  由幸の店舗では近隣の美容院や病院に雑誌の配達も行っている。配達はアルバイトが徒歩で行うため、歩いて行ける範囲内の店や病院に限られている。  定期購読分と配達分の雑誌をブックトラックによけておくようにアルバイトに指示し、由幸はコミックの平台に向かった。  今日は少年コミックの発売日。少年漫画は単価が安く幅広い世代に読まれているため、一タイトルの入荷数がやたらと多い。台車に山のように積まれたコミックの束をバックヤードに運び、立ち読み防止のフィルムを掛け終わった頃にはもう開店時刻をとっくに過ぎてしまっていた。  大慌てで平台を展開させレジの様子を見に行くと、何やら不穏な雰囲気が漂っている。 「どうしたの?」  まだ客の少ない店内。レジ脇ではイレギュラーで早番をお願いしたバイトの男の子が悲壮な顔をしていた。 「あっ! 向井さん。それが……、定期分の『サンボンネットスー』、売っちゃったらしいんですよ」  早番も遅番もこなすフリーターの女の子が、どうしましょう、と眉を下げた。  季刊『サンボンネットスー』はパッチワークの雑誌で年に四回発売される。アップリケで作られた、日よけ帽で顔を隠したエプロン姿の女の子。そのキャラクターをパッチワーク界ではサンボンネットスーというらしい。  そのサンボンネットスーだけを丸々一冊特集したその雑誌は、スー好きな読者に支持されてはいるらしかったが、由幸の店舗ではほとんど全く売れていない。雑誌は売れ数に応じて入荷数が決められる。この店舗の入荷数は定期分の一冊だ。 「え、なんで」 「それがブックトラックに乗せて店頭に出しっ放しにしてたらしくて、それをお客様が買っちゃったみたいなんです」  いつもの主婦パートさん達ならばそんなミスは絶対にしない。定期分はさっさとレジの客注棚に差されるし、万が一、一冊しか入荷のない定期購読誌を客が購入しようとすればすぐに抜き忘れに気づくはずだった。 「どうしますか」  どうしますかと言われても、定期購読している客に詫び、出版社に注文をかける以外他にない。  定期購読客の一覧ファイルからサンボンネットスーの顧客のページを開いた。  サンボンネットスーを定期購読しているのは後藤という六十代くらいの女性だ。この店舗がオープンした頃からずっとここで定期購読を続けてくれている。  しかしこの後藤様、毎回発売月には来店しない。本来なら定期購読誌は発売月の間に受け取りに来てもらえなければ、書店が勝手に返品すという約束で受け付けている。  雑誌には返品期間があり、それを過ぎると出版社に返品許可を取らなければならない。その作業は従業員みんなが嫌がる仕事のひとつだ。期間中に返品できなかった負い目からか、出版社のコールセンターの人間の応対がどうにも横柄に感じられる時がある。  しかし後藤様は取り置き期間内には訪れなくても、十年以上、定期購読誌を購入している。ちゃんとした書店側と客の信頼関係があり、後藤さんならまあいいか、という暗黙の了解があった。  ファイルを見ると今回の号を入れ、三冊も定期分がたまっていた。三ヶ月に一度の発売だから、九ヶ月は来店していないことになる。  過去の記録を見ても、平気で一年分まとめて買って行ったりしているようだしそんなに焦らなくてもいいか、と由幸は内心安堵した。そういえば、何ヶ月も購入実績がなかったため、雑誌の入荷自体がストップしてしまったこともあった。その時由幸はまだアルバイトで、社員が定期購読の申し込みをし直していたことを思い出した。  それでも今回のことは確実にこちらの不手際。連絡だけは入れておかなければならない。

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