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第25話

 うっすらと奏の唇に笑みが浮かぶ。期待に輝く目は、由幸にそのコミックを読んでみろと語りかけているようだ。 「えっと、じゃあちょっと読んでみていい?」  奏はこくりと頷いた。  今夜も部屋に泊まる予定の奏に入浴をすすめ、由幸はベッドに寝転んだ。 「ええと……、ビッ……チ……」  帯の煽りを読んで軽く引く。その単語から連想されるのは、彼氏盗られた金髪碧眼女性が「この泥棒猫!」と叫ぶ姿。通常馴染みのないこの言葉だか、BLコーナーではちょくちょくお目にかかる。もしかしてBL業界では褒め言葉のひとつなのだろうか。  『最高にエロい! 最高にビッチ! 最高に一途!』帯からピンクの文字がでかでかと語りかけてくる。  エロとビッチはわかるとして、なぜ一途が同列に扱われているのだろうか。謎だ。  由幸は気を取り直してページをめくった。  気がつくとシャワーを浴び終えた奏がベッドの隅に腰を下ろしていた。 「パジャマ、それでよかったかな」  クスリと由幸はほくそえんだ。  実家の母親から送られてきたそれは、結婚式の引出物としていただいたものらしいがとにかく捨てるに捨てられず、由幸の元へと回ってきたのだった。 「てか、バスローブとか」  奏は落ち着かない様子で裾を引っ張っている。やっぱ変だよな、と由幸は笑いをこらえた。 「普通、家にないでしょ、バスローブ。しかも紺色とか若社長じゃあるまいし」 「いいじゃん、似合うよ。スーパー攻めっぽい」  スーパー攻めと言われたとたん、奏はにへらとまんざらでもなさそうに頬を緩ませた。 「これでワイングラスでも持ってたら完璧っすね」 「あるよ。ワイングラス」  由幸は祖父のワイングラスにコーラをなみなみ注いで出してやった。 「うわあ……。俺、イケメンやり手若社長みたい」 「ぷっ……」  すっかりなりきってしまった奏の隣に由幸も腰掛けた。ゆらゆらと奏はワイングラスを揺らしている。 「ねえ、それよりこれなんだけどさあ」  由幸はさっきまで読んでいた本を奏に見せた。 「あ、どうでした?」 「どうもこうも肌色多すぎ」  めくるページ、めくるページ、やたら絡みのシーンが目に飛び込む。連載一回につき、必ず一度はやっている。  由幸が生まれて初めて読んだBLは、アンアンハアハアの連続だった。 「だってビッチ受けなんで仕方ないじゃないですか。でもめっちゃピュアだったでしょ?」 「どこがー? なんで好きな子がちゃんといるのに、他の子ともやっちゃうの?」 「だからあ! 受けは好きな彼に好きって言えない寂しさを、他人と体を繋げることで紛らわしてるんですって! 攻めに嫌われてるって勘違いして恋を諦めちゃって……。めっちゃ切ないじゃないですか! でもほら、最終的には攻めとハッピーエンドになって。ほらここ。本当に好きな人に愛されて、泣いてんじゃん。好きな人とするのってこんなに幸せなことなんだ、って……。」 「えー……。じゃあ最初っからちゃんと告白すればよかったんじゃん? したらこんな拗れることなかったわけだし。しかもなんでそこで好きでもない相手としちゃうわけ?試しに好きなやつに、しよ、って言えばいいでしょ。こんな他の男を誘うのは平気でやってるわけだしさあ」  理不尽のオンパレード。由幸は全然納得がいかなかった。好きだから触れられない、みたいなことを書いているが、さすが女性向けコミック。言ってることがちんぷんかんぷんだ。奏はどうしてこんなにも感情移入して読めるのだろう。

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