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第30話
「なんですか……」
「俺、お仲間紹介できるかもしれない!」
アルバイトの上野なみ。彼女は明日バイトの休みを取っている。バイト仲間の藤田に『イベントにでかける』と言っていた。そのイベントは、奏が今読んでいた作品の同人誌即売会だと漏れ聞こえてきたのを思い出した。
「ちょっと待ってね~」
由幸は鼻歌まじりに上野へメッセージを送った。すぐに返事が送られてくる。
「八千代くん、明日ひま?」
「明日はバイト休みですけど?」
じゃあさ、と奏の顔を見た瞬間、チクンと小さな棘が胸に刺さった。
奏と上野、同じ腐仲間同士、きっと気が合うに違いない。そうすればこんなふうに奏が由幸と過ごす時間は減っていくかもしれない。二人が並べは美男美女、お似合いだ。それが恋に発展する可能性はゼロではなくて──。
一瞬のうちに由幸は、奏と上野で脳内カップリングを展開させていた。チクリ、チクリと小さな棘はいくつも由幸の胸の中で増え続けている。
まさか、嫉妬?
奏をとられるような気になって、上野に対して嫉妬を感じているのだろうか。
「向井さん?」
急に黙りこくった由幸に、奏は不思議そうな顔をしている。
「あ、ごめんごめん。明日さあ、うちのバイトの女の子がその漫画の同人誌買いに行くらしいから、よかったら、その」
「あっ、行きます」
「そう……」
こんなふうに食い気味に返事をされると、やっぱりなと少しへこむ。やっぱり自分では奏を満足させることができないのでは、と。
「明日のイベントっていったら俺の推しカプのオンリーイベなんですよ。うわあ……。ついに俺もイベントデビューか……。尊敬する絵師さんにお手紙書いちゃおうかな」
奏はそわそわと荷物をまとめだした。
「帰るの?」
「はいっ。可愛い便せんとか買いに行きたいし、もしかしたら俺も薄い本欲しくなっちゃうかもしれないんで小銭作っとかなきゃいけないし……。高いっていってもやっぱ実物目の前にしたら欲しくなると思うんですよね。やばい。二次の沼にはまっちゃったらどうしよ……」
なぜだろう。なぜ、こんなにも虚しく感じるのだろう。
さっさと荷物をまとめると奏は風のように去って行ってしまった。
「なんだよ……、それ」
呟いて、あまりにも幼い嫉妬心にぞっとする。まるで仲の良い友達をひとり占めする子供みたいじゃないか。
奏がいなくなった後は、全く休日を楽しむ気にはなれなかった。昼は奏にパスタを作ってやろうと思っていたが、ひとりでそれを作る気力がなくて侘しくカップラーメンを啜る。
気がつくと夕方になっていてテレビでは再放送のサスペンスドラマが放映されていた。それをぼんやりとただ見つめる。話の筋なんかぜんぜん頭に入ってこない。テーブルには昼に食べたラーメンのカップがそのままで、何ともやるせない気分になる。
「あーあ」
もやもやを絞り出すように声を上げた。
いいじゃないか、奏が誰と仲良くなろうと。今まではこれがいつもの休日の過ごし方だったじゃないか。
自分にいくら言い聞かせても心に薄汚い澱が溜まっていく。嫉妬、後悔。
この感情に名前をつけるのが怖い。
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