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第31話
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翌日の日曜日は朝からの出勤だった。日曜日の書店は客の数に反比例してやることが少ない。雑誌も書籍も入荷はなく、ただひたすら在庫チェックと補充に時間をあてた。
できるだけ奏のことを考えまいと無心で棚とにらめっこする。それでも、今頃奏は上野とでかけているのだな、とついつい思い出してしまい、そのたびに胸がキュッと締め付けられるのだった。
長い一日をやり過ごし、やっと仕事を上がれる時刻になった。家に帰っても結局同じことを悶々と考えてしまうだろう。休憩時間にスマートフォンを確認したが、きっと楽しい一日を過ごしているのだろう、奏からは何の連絡もなかった。
「あーあ」
ため息を声にするのが癖になり始めている。ため息をつくと幸せがひとつ逃げていく、なんて迷信じみたことを親が言っていたが、その通りだなと絶賛実感中だ。
定時になり従業員専用扉へ向かおうとした由幸の耳に、キュッキュッキュッ、っとすっかり聞き覚えてしまった足音が飛び込んできた。
「八千代くん」
いつもの黒いリュックを背負い私服姿の奏はまっすぐに由幸の元へと向かってきた。
「向井さん!」
ああ、彼の笑顔はなぜこんなにも心の靄を吹き飛ばしてくれるのだろう。
会えただけで、嬉しいという喜びが由幸の内側を満たした。
「向井さん、一緒に飯行きませんか」
「上野さんは?」
「俺、先に帰ってきちゃったんで。なんか向井さんに会いたくて」
へへへ、と奏は鼻の頭をかいた。懐が寂しいという奏の金銭事情を考慮して駅前の牛丼屋に入った。席につくなり奏は背負ったリュックを隣の椅子におろした。
「あー、めっちゃ重かった」
うんざりした口調と裏腹に目尻はずっと垂れっぱなしだ。
「どうだった?イベント」
「あー、上野さん。あの人、サークルさんにすげえ顔広くって。いつもネットで神作品拝ませていただいてた人達に紹介してもらいました。俺、こういう日のために原付の免許取ってあったんです。十八禁の薄い本って身分証明書見せないとだめだから。いつか買うこともあるのかなって」
「十八禁なの!?」
「だいたいの壁サーは十八禁ですよ。本当はそんなに買うつもりなかったんですけど、再録本を新刊で出してるとこいっぱいあって、結局一万円は余裕で使っちゃって」
一万円もあれば四百五十円のコミックが二十冊は買える。しかし上野にいたっては万札数枚分も買っていたというから驚きだ。
「じゃあ、その……仲良くなった?」
由幸は奏の顔を視界から外し尋ねた。
「あー、そっすね。仲良く、はなったのかなあ? でも俺、根本的にあの人とは意見が合いそうにないです」
「え?」
意見が合わない? 由幸は、奏の交友リスト一番の座を上野に奪われるのだろうと確信していた。あんなにも同じ趣味の友達を欲しそうにしていたのに、しかも腐女子と腐男子、同じBLを愛する者同士、意見が合わないなんてことがあるのだろうか。
「あの人達、腐男子受け萌えらしいんです。上野さんが、俺と向井さんが仲良いってみんなに言ったら、急に向井さん×俺でカップリングされて。俺は向井さんとだったら、俺×向井さんだと思うんです。そういうとこが根本的に合わないっていうか、めっちゃ疲れました。やっぱ会場の中、女の人ばっかだったし、男同士のほうが楽しいです」
「そっか」
酷くほっとした。これからも奏とこんなふうに過ごすことができるのかもしれない。こんなふうに食事を共に摂り、奏の腐語りを聞いてくだらないことで笑う。
その権利がまた自分に与えられたのだ。大げさだけどものすごく安堵した。
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